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第8話


 翌日。

 神社の外に出た2人は、京都のにぎやかな観光地に来ていた。

 2人で並んで歩きながら、外出という滅多にないイベントとも言える現在の状況に少し心躍らせた楠葉であったが、それもひと時の間だけであった。

 楠葉は下ろした髪が肩辺りでくるっとお洒落なウェーブを描いているのを指先でいじりながら、自分の服装を改めて見やり、零した。


「あのさ、変装が金髪で外国人風なのはなんで?」

「面白いから」


 上機嫌に答えたのは、金髪に青い瞳のイケメンだった。

 年末という寒い時期のため、グレーの温かそうなコートで身を包んでいるものの、足元は日本人というよりは米国人に近いカジュアルなジーンズに靴。色合い的には地味だが、180㎝の高身長で刈上げの金髪に若々しく凛々しい顔つきの碧眼を持つ美男子に、横切る人は誰もが一度は振り返る。きっとどこかの芸能人かアイドルかと勘違いしている人もいることだろう。

 一方で楠葉も、普段の黒髪は貫と同じく金色となっており、ゆるいウェーブを描きながら肩にかかっている。目は大きく変えると赤色が目立つ可能性があるということで茶色い瞳となっており、服装は胸元の開いた青色のV型のシャツに、お腹までは届かない白い羊毛の上着、そして黒色のぴたっとしたズボンという、貫とは違い寒そうなスタイルだった。しかしその姿は露出が高い外国人と馴染んでいて違和感はなかった。お腹のあたりがかなり冷えそうではあるが、幸い、貫の術により楠葉がそれほど寒くはないように何か暖かい空気のようなものを纏わせてくれていたので、それに関しては貫に感謝していた。


「あの、やっぱりさ、胸元、隠したいんだけど、もっとなんかないの?」

「普段見れねぇもん見たいオレの欲求満たすためだから要望は受け付けねぇ」

「あんたねぇ……」


 普段巫女装束のため、露出の高い服とは縁もゆかりもない楠葉にとってはあまりにも刺激の強い格好であるのと、貫が隣にいることもあり必然的に自分にも突き刺さる視線が非常に痛い。というかシンプルに恥ずかしい、というのが楠葉の本心だ。そのため、なんとか胸元の羞恥だけはなんとかならないものかと貫に声をかけたのだが、まさかの貫の欲求が詰め込まれた服装なのだと判明し、思わず楠葉の握り拳が震えた。


「他にいい服装が思いつくなら提案にのってやろう」

「普通がいい。てか、そもそも変装って目立たないようにするもんじゃないの?普通の日本人の格好させてよ」


 言いながら、普通の日本人の格好とは、と楠葉はふと疑問に思う。

 曾祖母が亡くなってからは巫女装束をほぼ1日中着ていて寝巻も季節に合わせた簡素な和装の寝巻。そんな和服中心の生活をしてきた楠葉にとって、そばを通りかかる色とりどりジャンルとりどりの服を着る日本人の一般的な格好は、最早異次元であった。


「で、思いついたか?」


 行き交う人々を凝視しながら言葉を止めている楠葉に、貫がにやにやと問いかける。

 まるで、その心が読めていると言わんばかりに。

 流石にこのまま黙ったままというのは悔しいので何か言い返したい楠葉であったが、残念なことに『一般的な服』が全く思い浮かばなかったので結局言い返せず「と、とりあえず目立たない格好はないの?」と苦し紛れに何とかそう言うことしかできなかった。


「ああ、それだが、自分とは違う言語を喋る人間は例え綺麗なもんでも近づきがてぇもんだ。むしろ美しいからこそ避ける」

「え、でも私たち普通に日本語で喋ってるでしょ?」


 貫の言葉に楠葉はキョトンとする。

 自分は外国語というのは義務教育で学んだ部分以外一切知らないし喋れない。

 聞き取りさえもできない純日本人である自分にとって、日本語以外の言語など知らない。それにもし地域の訛り方で喋っているとしても、楠葉の喋りは京都に住んでいながら主に標準語に近い話し方だ。おそらく無意識な京都訛りというものは出ているだろうが、貫の関西弁だって聞きなれた日本語にしか聞こえない。

 故に、貫の言う『違う言語』の意味が分からず困惑していると、貫の口角が得意げに上がった。


「オレらにはそう聞こえるが、周りは何処の国の言葉か誰もわからねぇもんになってんだよ。英語でもドイツ語でもねぇ、マイナーな言語に変化させてるからオレも周りにどう聞こえてんのかは知らねぇけどよ。ただ、こうしとけば、オレらが妖怪やら術やら周りにとってわけわかんねぇことやら重要なこと喋ってもそうそう会話内容はばれねぇから、その方がいいだろ?オレの変化術が姿形だけだとは思わねぇこった。こちとら唯一無二の狸妖怪様なんだからな」


 ふふん、と得意げに鼻を高くする金髪碧眼の貫。

 まさかそんなところまで配慮していたとは露ほども知らなかった楠葉はひたすらに驚愕するしかなかった。


「思ってたよりちゃんと考えてて驚いたか?どうだ、お前の運命の旦那様は優秀だろ」


 そう言って、金の指輪がついた薬指と金色の糸が絡みついている手を見せる貫。

 改めて、その糸が自分の指と指輪に同じ色でしっかりと結ばれていることを意識した楠葉は、突如ボッと頬が火照るのを感じていた。そのため、思わずふいっと視線を逸らしてしまった。


「と、とりあえずチリが行っていたところに速くいきましょう」

「でも時間は逢魔が時のがいいって話じゃねぇか。まだ数時間は時間があるぜ。折角の外出だし楽しもうぜ」

「だけど早めに帰ってあげないとチリとララが……」

「あ!良い匂いすると思ったらあれか!なんじゃありゃ!湯気のたつ団子があるぞ!」


 楠葉の声を聞かず、貫は出来立てのみたらし団子を売っている出店を見つけて大興奮して駆け出した。


「ちょ、ちょっと!」


 楠葉は、はぐれてはいけないと思い咄嗟に手を握るが、そのまま握り返され逆にぐんっと引っ張られる。


「わ、わ!」


 慣れていないヒールのため、コンクリートの凸凹にかかとがひっかかり楠葉がこけそうになると、一瞬体が浮いた。

 貫が楠葉の腰に手を回しひょいっと引き寄せるように軽々と抱き上げ、そのまま自分と密着させる。

 その瞬間を見ていたらしい女性が黄色い声をあげるのを聞きながら楠葉が顔を上げると、にっこりと優しい笑みを浮かべる美男子がいて、不覚にも楠葉の心臓は跳ね上がった。


「おめぇもどうせ外にはあんま出たことねぇんだろ?折角の機会なんだから思いっきり楽しもうぜ」


 そう言うが早いか、腰に手を回され、しっかりと体を密着させた状態で器用に歩く貫。



(ああ、ずるい)



 こんな風に言われて、NOとは言えない。

 今この瞬間、楠葉の心境が一緒に楽しもうという気持ちでいっぱいになってしまっているのは、貫の幻惑にきっと半分かかってしまっているのだろう、と妖怪の力を全く身に感じていないのをわかっていながら、楠葉はそう思い込むことにした。



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