楠葉の足に負担をかけないためか、凸凹の多い地面や段差のあるところでは楠葉の体を少し浮かせるように片手で抱き上げるものだから、楠葉は今までになかった密着度とスマートな貫の振る舞いにどう反応すればよいかわからず常に脳が沸騰しそうであった。そうこうしている間に出来立てのみたらし団子を売っている店にたどり着いた貫は、素早く楠葉を下ろすと5本セットを頼んでいた。流石に本数が多いのではないかと思ったが、貫は相当食べたかったらしく、少し道の脇へと移動すると立ったまま湯気の立つ団子を頬張り始めた。
「あつっ、んまっ」
4つの団子がささり、タレが容器にとろっと落ち続けるその団子を躊躇なく上部分の2個を一気に頬張り、はふ、と口を動かす貫。多めに頬張ったことで頬が膨らんでいる横顔は可愛らしいと感じてしまい、変化しているはずなのに、いつもの貫の姿が一瞬見えてしまった楠葉は思わずクスリと笑った。
「もう……しょうがないわね。ちょっとだけだからね、楽しむのは」
仕方がないとばかりに言いつつも、楠葉の胸も貫のテンションと同じくらい躍っていた。
篠宮家で唯一力を持つ者として生まれてしまったがばかりに、神社から殆ど動くことのなかった楠葉。衣食住は周りが変わりにやってくれるし、必要なものは周りの者が買って来たり、参拝者やお祓いに感謝を示した人が外の土産物を持ってきてくれるため、様々な食べ物や貴重品について学ぶことに不自由はなかった。だから、別に神社の外に出なくてもいいか、と思っていた楠葉だったのだが、いざ出てみると、にぎやかな道路には、車、自転車、人力車、老人だけが乗る荷車が行き交い、土産物にはこれまで貰ったものと同じものもあるのに、どこかキラキラと輝く宝石店のような輝く品々に見え、飾られているものはもうすぐ年を越すからとお正月に向けての飾りが色とりどり飾られてあり、縁がいいとされるものがそれぞれの店に違うものが飾られ、それを眺めるだけでも楠葉は気持ちを高揚させていた。
甘い匂い。
爽やかな匂い。
誰かの香水の匂い。
お香の匂い。
香ばしい匂い。
様々な匂いが混じっているのに、何もかもが新鮮で、嫌な気が一つもしない。
行き交う人々の談笑さえも心地がいいとさえ感じるほど外の世界を自分の目で見ることの刺激は非常に強く、まるで全く違う世界にいるような感覚に楠葉が目をパチパチさせていると、「ほら、お前も熱いうちに食えって」と貫がみたらし団子を差し出してきた。
気づけばすでに4本食べ終わっていて、残りの1本となっていた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
正直、楠葉も甘い物が好きで少し味が気になっていたので、差し出されたものをそのまま口に含む。
「んっ」
みたらしのタレはとろりと口の中で溶けるも非常に濃厚で、団子と一緒に噛む食びに口の中でとろけていく。ただ、あまりのねっとりとしたタレは団子によく絡むように作られているためか唇にも張り付く。貴重品やお守りが入った肩掛けの黒いバッグを持っていた楠葉は、確かそこにハンカチがあったはず、と口元を拭うためにバッグを探っていると「おい、こっち向け」と貫に言われ、もぐもぐしながら「ん?」と楠葉が大人しく顔を向けると。
はむ
タレのついた唇を貫が塞ぎ、そのままぺろりと舐めた。
「ん、んめ。これで拭う手間は省けたな。んじゃ、次はあそこのクレープ食おうぜ。八つ橋クレープって書いてあるやつ」
そう言って、ウキウキとまた別の店を指す貫の言葉は楠葉の耳に入ってこない。
今、何された?
キスされた?
唇を舐められた?
人がこんなにたくさんいるとこで?
思わず口を片手で覆いカァっと首まで火照らせる楠葉に気づいた貫は、にぃんまりと笑うと「そんなにオレにときめいてっとまた幻惑かけっぞ」と悪戯気に言った。
「そ、そうはさせないわ!」
顔は赤いままで体も熱いままだが、幻惑だけはかけられるわけにはいかない。
必死に言う楠葉に「さぁ、その強気はどこまでもつか見ものだな」と貫はからからと笑い、また楠葉の腰を抱いて足に負担をかけないよう歩き出す。
自分で歩けるのだが、貫の力強い手に身体を浮かされるたびに、楠葉の心臓は早鐘を打ち、密着した部分が熱くて仕方がない。自分ばかりが心に余裕が持てないこの状況に楠葉は悔しいと思うと同時に、デートともいえるこの状況に胸を高鳴らせてしまう自分がいることも自覚し、たまに吹いてくる冷たい風を暫く頬に浴びていたいと思うほど、自分の熱を冷ましたいと感じていた。
何か反撃は出来ないかと、思わず貫を見上げた楠葉の目は、ばっちりと碧眼の目と合った。
(ああ、また火照ってしまう)
そう思った楠葉だが。
「にしてもこれは絶景だな」
と、ぽつりと零す貫。
その視線の先は、楠葉の鎖骨あたりで。
「……っ!この、スケベ!」
楠葉は言霊を発せない代わりに、掌を貫の顔にベチン!とたたきつけた。