貫が変態発言をしてくれたおかげで、楠葉の心は落ち着きを取り戻していた。
かわりに、掌のあとが赤く顔にはりついた貫は不服そうな顔をしていたが、目当ての八つ橋クレープにかじりつくとその機嫌は直っていた。
「こんなに食べたら晩御飯いらないんじゃない?」
「何言ってんだ。オレらはこれから色々やんなきゃなんねぇからむしろ後で倒れねぇように今食うんだよ」
楠葉の問いかけに貫は最もらしい意見をのたまうが、その8割以上は自分の欲求を満たすためだろうことを楠葉は察していた。とはいえ、楠葉自身もこの状況を楽しめる限り楽しみたいという気持ちはあったため、貫の企みにそのままのっかり、普段家では食べれない出店や市場の食べ物を存分に食べ、売られているものをじっくり眺めたりしていた。
その際、まるで星が落ちてきたかと思うような金箔が中に埋め込まれた色とりどりの美しい金平糖が目に入った楠葉は、チリには水色をベースとしたものを。ララには桃色をベースとしたものをお土産として購入した。可愛らしい掌サイズの瓶に入った金平糖は見ていても楽しいが、試食として置かれていたものを口に運んだところ、歯での感触も楽しく味も程よい甘さで普段食べる飴の中でも一番美味しいと感じるお菓子だった。
「これもいいがオレは断然団子だな」
金平糖を同じように試食していた貫はそう言って、楠葉が2人にお土産を買っている横で自分が食べる用として八つ橋やまんじゅう、草団子や色んな色や味の入ったカラフルな団子などを大量に買っていた。
「それ、持って帰れるの?」
あまりの量の多さに、完全に両手がふさがってしまっている貫に思わず楠葉が尋ねると、貫は人通りの少ない通りへさっと入って「まぁ見てろ」と笑い、見ている人がいないことを確認して「おれの荷物は、こうすんだよ」と言って袋を一瞬背中に回し、前に出す。その一瞬で、たくさんの土産物が入った袋は2枚の大きな葉っぱへと変わっていた。それを上に放り投げれば、ぽんっと音を立てて消える、葉っぱたち。
「原理がどうなってるかわからないけど、物凄く便利な術ね」
「オレの欲求を満たすためのことは一通りできるからな」
貫の術の便利さに楠葉は感心するも、そろそろ日が傾いてきていることに気づいた。
「貫、そろそろ」
「ああ。確かあっちがチリの言っていた『ねねの道』だ」
京都には、散策スポットとして有名なねねの道というのがある。
そこは石畳の道となっており、和風の建物や季節によって色彩を買える木々や花々が両脇にあり、観光通りとして人力車が何度も行き交っていた。案内所まであるその道を真っ直ぐ真っ直ぐ進んでいくと、散策ポイントとして有名であるはずの道の終点は、段々と人気がなくなっていく。誰も乗っていない人力車が置かれているだけの静けさに満ちた場所は、出店などの多かった道とは違ってただひたすらに静寂に満ちていて、生き物の気配を何も感じなかった。
「人の気配のねぇ場所でやれって言われてたみてぇだが、何をすんだ?多分このあたりだろ。車が近い場所つってたから、これが車じゃねぇか?」
そう言って、貫はぽつんと置かれた人力車を指す。
楠葉は一度左右を見回し、誰もいないことを確認した。
人力車というものだけでも観光物として人だかりが出来そうであるが、どうやらここは隠れスポットなのか、はたまた知られていない場所なのか、ねねの道を歩く際はあれほどいた人間が1人もいなかった。
「うん、ここでいいみたい。えっとね、やることは、確か」
楠葉はチリに教えて貰ったことを思い出しながら両手を前に出す。
そして、ぎゅっと握りこぶしを作ってから、パッと手を開き、両手の中指、薬指だけ下げて、その下に親指をくっつける。
手遊びなどで用いられる、手でつくる、狐。
それを人力車に向け、スゥ……と息を吸って、言葉を紡ぐ。
コンコンコン
頭をこっつんこ、ぴったんこ
ゆっくり離して、耳の先をぴったんこ
ぴったんこになったら止めて
キツネマド
狐にした手を言葉に合わせて頭をくっつけ、言葉通りの動作を行う。
「オレの知ってる狐の窓とはちょっと違うな」
「私も聞いたことあるのとはちょっと違うけど、チリ流の何かがあるのね、きっと」
貫の言葉に楠葉も頷く。ネットなどで調べると簡単に出てくる有名な狐の窓は、手で作った狐の頭をくっつける際、片方の狐はねじる。けれどチリに教えてもらった狐の窓はねじらず、そのまま仲良くこつんと頭をくっつけるものだった。
すると。
楠葉が作ったキツネマドの中に、青と桃色の絵の具が混ぜられたような渦が生まれた。
それが生まれたらすぐに呟くよう言われていた言霊を楠葉は紡ぐ。
「かごめかごめ、出ておいで」
「あなたの正面は、ご主人様」
楠葉がチリに教えられた言葉をそのまま紡いだ瞬間。
渦の中からポンっと、ビックリ箱から飛び出るような勢いで細長い何かが飛び出し、頭上を舞う。
驚きで楠葉が手を離すと同時にキツネマドも消え、頭上でくるくると回転する細長いものだけが残っていた。
楠葉は回転しながら落ちてくるそれを慌てて両手を器にして地面に落ちる前に受け止めた。
それは、茶色い木の棒に見えたが、真ん中に切り目があり、軽かった。
なんとなく切り目をつまみ、両側に楠葉が引っ張ると。
木の中から出てきたのは、キラリと光る綺麗な銀色の刃。
キツネマドから出てきたのは、手のひらサイズの小刀だったのだ。