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第12話

「武器、てとこか。これはいよいよ、敵に備える準備って感じがしてきたな」


 手にした小刀の刃をまじまじと眺めた後、鞘に納めてその滑らかな木の感触を確かめた楠葉は、持っていたカバンにしまった。


「まさかここまで物理的な武器とは思わなかったわ……」

「百足妖怪を見たお前なら、そういう武器が必要だと流石に思うだろ」

「まぁ、そうだけど。そもそも、よ。私になんでそういう敵ってのが来る状態になっているのか意味わからないのよね」


 百足妖怪の時に疑問に思っていたことを楠葉はため息をつきながら口にした。

 これまでお祓い以外で黒い糸は見たことがなく、多少黒い糸のような妖怪に巻き付かれている人を見たことはあっても、百足妖怪のように物理的に襲い掛かってくるような妖怪は今まで楠葉の前にどころか、神社に現れたことすらなかったのだ。

 そう、貫が現れるまでは。

 今まで色んな衝撃の出来事がありすぎてついつい受け入れてしまっていた楠葉であったが、ここにきて漸く根本的な疑問が浮かび、「やっぱり貫が神社によくいるようになって、その妖力につられているとかあるのかな?」と頭に浮かんだことをそのまま貫にぶつけた。そもそも、貫が現れてから楠葉の環境は変わっていったのだ。貫が何かしら関係しているとしか思えない楠葉は、ここにきて改めて警戒心をもって貫を睨みつけた。

 そんな楠葉に、やれやれとばかりに肩を竦めて貫は答えた。


「そもそも、オレのようにお前を食いたい妖怪は五万といる」

「私の力が欲しいから、てことでしょ?でも貫が鳥居から出てくるまでは来なかったわよ」

「オレが原因と思っているようだが、それはお門違いだ。原因はこれだ」


 そう言って、貫は自分の指に絡まっている金色の糸を見せるように手を持ち上げた。


「運命の金色の糸が原因ってこと?なんで?」


 本当に理解が追い付いていない楠葉が首を傾げると、貫は少し迷うように視線を泳がせたが、一つため息を零すと「これは妖怪にとって空気のようなもんだって話をしたのは覚えているか?」と尋ねてきた。

 言われてみれば、楠葉が糸を操っていた時にそのようなことを貫が目を見開きながら言っていたことを思い出した楠葉は「あ、そういえば、言ってたわね」とポンと手をたたいた。


「人間でも、空気が重く感じたり、雨が降ったら湿っぽく感じたり、寒ければ冷たく感じたり、肌で空気の重みや感触を感じることをできるだろ?」

「確かに。改めて言われると、別に意識しなくても場所によって空気が違うのは誰でもわかるわね」

「そうだ。それは妖怪にとってこの糸も同じなんだ。例えば、金色の糸で結ばれた同士の力が強ければ、その糸の光と放つ気配は変わる」

「えっと……つまり、もしかして」

「簡単に言えば、オレという唯一無二の狸妖怪と、この世の唯一無二の巫女が結ばれたことで、この金色の糸の存在が様々な妖怪には強く感じ取れるようになちまったってことだ」

「嘘。まさか、これが原因だったなんて……」


 初めて知る事実に楠葉は困惑するが、その説明は今までの様々な変化を結び付けるのに十分な説得力を帯びていた。

 普通の人間と結ばれていたらこんなことは起こらなかったのだろうが、貫と楠葉が結ばれてしまったことで起こった事態なのだと改めて自覚する。勿論貫が現れたのが原因ではあるが、貫が現れなければ運命の糸も一生楠葉の元に現れなかったのかと思うと楠葉は貫のせいとも言えないので非常に複雑な気持ちにさいなまれた。


「――て、じゃあ、私たちが外に出るって滅茶苦茶危険なんじゃ!?」


 ハッと思い当たった楠葉が顔を上げると、貫は『今更それを言うか』とばかりに顔をしかめた。


「今頃かよ。そうだ、危険だ。だが今はオレの変化術によって気配を薄くしているし誤魔化している。それに、チリとララに置いてきている分があるからむしろどこにいるのか判断できないっていう状況だろうな」


 貫が呆れたように再び肩を竦めるのを見て、楠葉は自分の胸がちくりと痛むのを感じた。

 さっきまではまるでデートのようだと楽しんでいたが、実際は命を天秤にかけた外出で、貫は楠葉にも神社にも危険が及ばないようあらゆるところに気を配っていたのだ。その気配りに、全く知らない内に甘えていたという現実と自分の無知と無能さに、楠葉は巫女として情けない、と下唇を噛んだ。


「私の知らないところで、本当に色々やってくれていたのね。……ありがとう」


 お礼を言いながら、楠葉は目の端に熱いものがこみ上げるのを感じた。


(ああ、本当に、情けない)


「ひとまず大事な用事は終えたし、後は帰るだけだよね。私、ちょっとお手洗い行きたいから、行きましょ」

「あ?おぅ……」


 楠葉が貫に顔を見せないようにくるっと背を向け歩き出すのを貫は戸惑うような声を上げた、帰るという選択は賛成だったようで素直にその背を追いかけた。

 その間、楠葉はこぼれそうになる涙と、悔しがっている情けない表情を見られないよう下唇を噛むことで必死に我慢し「それじゃあそこで待ってて」と貫の方を見ることもなく見つけた女子トイレに駆け込んだ。

 そうして鏡を見た楠葉は、目の端を赤くして悔しくてたまらないという表情の自分と見つめ合って、乾いた笑いを零した。


「戦うためにここに来たんじゃない。なのに、貫の行動に浮かれちゃって……馬鹿ね」


 貫の仕草にいちいち心を動かされてしまうのは、きっと楠葉自身が男慣れをしていないせいだ。

 そう何度も自分に言い聞かせ、楠葉は鏡に映る自分の頬にそっと触れる。


「勘違い、しちゃだめよ。所詮は、妖怪だというのを忘れないで」


 人間と妖怪。

 交わることなどありえない存在同士。

 それなのに何故金色の糸が結ばれることになったのかがわからないが、その究明は後回しだ。

 後からどうなるかはわからなくとも、貫は間違いなく楠葉を守ろうとしてくれているのは間違いないのは肌で感じていた。いや、もう目に見える状態で守っている。守られている。そして、それを当たり前のように受け入れてしまっている自分がいる。

 だからこそ、楠葉も守られるばかりだけじゃなく、背中を合わせて立ち向かえる強さを身につけなければならない。

 きっと、この金色の糸も全ての問題が片付いた後に、消える可能性だってあるのだから。

 そう思うとどうしても胸の奥がちくりと痛む楠葉であったが、首を大きく横に振ることでその邪念を振り払い、頬をパンパンと数度叩いて気持ちを切り替えた。


「よし。とにかく、早くチリとララの元に帰ってあげなきゃね!」


 お土産も渡してあげないと、と気持ちを新たにした楠葉はトイレから出た。

 すると、あれほど静かだったトイレ周りが妙に騒がしかった。

 一体何の騒ぎなのかと楠葉が視線をやると。


「お兄さんめっちゃかっこいー!」

「あの、日本語わかりますか?」

「写真撮ってください!」


 頬を赤らめてはしゃぐ若い女性たちに囲まれる中心で、金髪碧眼の美男子、貫が微笑んでいた。




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