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第14話


(とにかく言葉は通じない。それは間違いない。だから、何もわからないふりをすればいい。そう、そうしよう)


 楠葉は全く言葉がわからないといったフリを徹底し、終始首を傾げ続け、眉を顰め続けた。向こうもヤケになって必死にジェスチャーをしていたが、楠葉は『何もわからない、ごめんなさい』という気持ちを目いっぱい込めてぺこりと謝罪の意を示すように軽く会釈し、再び前を向くことにした。これで、言葉も自分の意図もどう頑張っても伝わらないことがわかって、楠葉に近づこうとする気も失せるだろう。


(ていうか、貫はどこにいったのよ。私が困っているのをどこかで面白がって見てるんじゃないでしょうね)


 楠葉の脳裏に、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべる貫の表情が浮かぶ。

 笑ってないで助けてくれたらいいのに、とため息を零した時だった。

 楠葉は、突如手首を力強く掴まれた。


「いたっ」


 それは貫とは違い、容赦のない男の力だった。

 思わず楠葉が驚いて振り向くと、金髪男性2人がにんまりと嫌な笑みを浮かべていた。


「とりあえずこっち来てよ」


 そう言って、強引に楠葉の手を引っ張ろうとする。

 まさかここまで強引な手段をとる人がいるとは思わず、楠葉は反応が遅れてしまい手を振り払おうとするがもう1人も楠葉の手を掴んだため、楠葉の両手は2人の男に捕らえられる形となった。


「ちょっと、やめて……!」


 声を上げるが、楠葉の言葉は他の人には届かない。

 助けを求めても、その言葉は伝わらない。


 言語が分からない術がかけられているから。


 貫と密着していた時とは違い、恐ろしいほど冷たくなっていく体に、楠葉は焦りを覚えていた。


(お願い、離して。やだ、怖い)


 こういった状況に耐性のない楠葉は、このままでは自分の身が危険と感じ、視界が滲んでいくのを感じながら「嫌!」と叫んだその時。

 楠葉の手が解放された。

 振りほどこうと必死だったのと、言い知れない恐怖で目を閉じてしまっていた楠葉はその反動でよろけてしまったが、すぐに知っている温もりが楠葉を受け止めてくれた。


「オレの女に触ってんじゃねーよクソが」


 低く、唸るような。

 獰猛な獣のような声。

 その響きだけで男性たちは怯み、楠葉が顔を上げた時には黒と赤の入り混じった糸もかき消えていた。


「ほれ、これが欲しかったんだろ」


 いつの間に買ってきたのだろうか。

 貫は楠葉が買おうとしていた八つ橋アイスを楠葉に差し出してきた。

 怒涛の展開にどう反応すればよいかわからず、言葉を発せぬまま楠葉はひとまず受け取りながらこくこくと頷いた。


「あ?なんだ、嬉しそうじゃねぇな。なになに?これじゃあオレからの愛が伝わらねぇって?たっく仕方ねぇ女だな、オレの女は」


 貫はそう一気にまくし立てると、楠葉の目の前でアイスを大きな口でかぶりつく。

 一体何をしたいのかよくわからず、呆然と楠葉がその様子を眺めていると、貫の口端が悪戯気に持ち上がった。

 そして、油断している楠葉の唇に、貫の唇が重ねられる。


「ん……!?」


 あまりにも突然のことに楠葉は一歩引こうとするが、強引に顎を掴まれたことにより反射的に開いてしまった口に甘くとろける液体とも個体とも言えないなめらかな舌触りのものが無理矢理口内に押し込まれた。

 先ほどかぶりついたアイスを口移ししてきたのだと理解したが、楠葉の頭は混乱でいっぱいだった。

 味は、思っていた通り美味しい。

 けれど、この状況で味わう余裕などあるわけがない。


 なんせ、周りにいる全ての人の視線が自分たちに突き刺さっているのだから。


(嘘でしょ!?こんな公然の目の前で……!何考えてんのよこのバカ狸は!)


 必死に貫の胸元を押す楠葉だが、力で貫に敵うはず等なく。

 今度は腰を抱くように体ごと引き寄せられ、そのまま舌をねじ込まれてディープキスへと移行した。

 道端でたまに外国人がしているというのを聞いたことがあるが、それはテレビの中での世界だと思っていた楠葉は混乱と羞恥心で眩暈を起こしそうになっていた。


「わぁ」

「チューしてるー」

「外国人は大胆だなぁ」

「キャーッ、やば!」


 ざわざわとした喧騒を聞きながら。

 楠葉は、貫が唇を離した瞬間、彼の手を引っ張りその場から逃走した。

 アイスを味わう余裕などなく、ただただ、火照る体と羞恥心に、ひたすら熱さを感じる楠葉の頭は真っ白で。

 とにかく早くこの場から離れたい一心でただただ走った。

 その間、耳に飛び込んできたのは。


「アッハッハッハ!最高の反応!」


 人間たちの反応と、楠葉の反応に大喜びする狸妖怪の愉快そうな笑い声だった。


(ほんっとーに、こいつは最低だ!!!!)


 家に帰ったらあらゆる言霊を使ってやろうと、楠葉は頭の中で貫のことを呪いまくった。


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