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第15話~チリの視点、ララと共に2~

「ご予約の榊様ですね、こちらへどうぞ」


(似たようなセリフをもう何度言ったかわからないなの)


 チリは心の中でそう思いながら、貫の黒い袴姿でお祓いの予約をしていた人間たちを順番に案内していく。


「何だか今日の旦那様、とても静かね」

「いつもぶっきらぼうだけど、笑うと素敵」

「今日は機嫌がいいのかしら。どうしよう、素敵すぎて目が離せないわ」


 巫女服を纏ったお手伝いの人間たちがそう囁くのを耳で捉えながら、チリは自分の行動が可笑しいのだろうかと少し不安になったが、あまり動くと貫の変化も、わざわざ変えた声や言葉も解けてしまう。

 何よりチリは、ララから離れるわけにはいかなかった。

 例え貫が普段お祓いの案内役をしないと知っていても、チリはララの手助けをいつでも出来るように、お祓いの入り口に立ち案内をするという手段をとるのが最善だった。

 残念ながらチリは、貫の美貌と微笑みの威力が人間にとってどれだけの破壊力があるかをわかっていなかった為、自分が貫の姿で微笑みながら静かに案内する姿は、鑑賞対象ともなりえるほどの美しすぎる美男子化としていることに気づいていなかったのだ。

 だからこそ、目立たないように行動しているつもりでも、必然的に目立ってしまっていたのだ。


(ずっと立っていて足が痛いなの。でも我慢なの。もうすぐ逢魔が時なの。巫女たちが帰ってくるなの)


 チリは心中で自分にそう言い聞かせながら、社の中でお祓いをしているララの様子を格子窓の隙間からのぞいた。社の入り口は入ると待合室になっており、お祓い場となっている巫女像のある部屋は長椅子がいくつか並び、待合室の格子窓から中の様子が少し覗けるような仕様となっている。そのおかげで、余計な能力を使わずともララの様子が見えることをチリは有難がり、案内が終わると大幣を振るララの様子を格子窓の隙間から見つめていた。


「お待たせいたしました。そちらのお椅子へおかけください」


 ララは楠葉の姿でそう言うと、にこやかに微笑みながら大幣を振る。

 すると、案内した人間に纏わりついていた黒い糸がフワリと空中に溶けて消え去っていった。


(流石ララなの。力はまだ余裕がありそうなの。チリが案内をしている分あまり話さずに済んでいるのがよかったなの。この調子なら今日を乗り切れそうなの)


 そう思い安心しながら、お祓いが終わるのを見届けたチリは最後の人間を案内した。


「ご予約の栗原様でお間違いないですね、こちらへどうぞ」


 チリはそう言って男女2名のカップルを案内した。

 それまでは子どもを抱いた家族、老人をつれた家族、親戚の集まりらしき年齢様々な団体など、殆どが血の通った家族がお祓いに来ていたことをチリはわかっていた。なので、最後のお客が血のつながりのない男女であることに首を傾げそうになったが、楠葉から『色んな人が来るから、どんな人が来ても表情を崩さないよう気を付けてね』と注意を受けていたので、今までの人間と同じように対応した。

 ただ、女の方がチリの横を通り過ぎる時。

 チリは、招かれざる匂いを嗅ぎ取った。


(今のは妖怪の匂いなの。でも一瞬過ぎてわかりにくかったなの。それにここは巫女が結界を張っている神社の中なの。人間に化けていてもチリとララ以外は変化が解けてしまうはずなの。もしかしたら、妖怪とすれ違っただけの人間かもしれないなの)


 チリは自身にそう言い聞かせるものの、その心中はもやっとした不安感に包まれていた。

 最後のお客、ということもあり疲労も溜まっていたチリは(ひとまずこれが終われば帰れるなの。何もなければ巫女に報告すればいいなの)と思いながら2人が入っていくのを見届けた。


「お待たせいたしました。そちらのお椅子へおかけください」


 そう言ってララが大幣を構えて、お祓いを始める。

 人間に頭を下げてもらい、その頭上で大幣を振る。

 そうして、まとわりついた黒い糸を大幣の布に絡めて楠葉から込められた力を大幣にこめて、消す。

 そろそろ力も枯渇し始めている頃なのだろう、ララの動きは午前中に比べてゆっくりとした動作で、額には疲労が垣間見える汗をじっとりとかいていた。

 そこでふと、ララの動きが止まった。

 目を丸く見開いたララは、大幣を握り直しキッと厳しい表情を浮かべた。


(いつもと違うことをしてるなの。チリには気づけなかったものをララが気づいたなの。もしかしてさっきの気配が関係あるなの?)


 チリはララの脳内に語りかけようとしたが、そんな暇も与えぬほど素早く女性の前に立ったララは、言った。


「カバンの中身、出して」


 敬語を使うべきなのだが、言葉が拙いララにはこれが精いっぱいのセリフだったようだ。

 女性は、先ほどまで柔らかく微笑んでいた巫女が急に冷たく厳しい口調で言い放ったことに大いに戸惑っている様子があり、逆に警戒心を抱いたようで、守るように自分のカバンをぎゅっと抱きかかえていた。その様子を見たチリはすぐさま中に入り、ララと女性の間に入りこんだ。


「どうやらカバンの中身に何かを感じ取ったようです。お荷物を見させていただいてもよろしいでしょうか?」


 チリ自身も限界であったが、人間がよく使う敬語を駆使して、何とか笑みを浮かべながら柔らかい口調で声をかけた。貫の姿が効果的であったのか、チリの言葉に女性は頬を赤らめると「は、はい……」とぽーっとチリの顔を見惚れながらカバンを差し出してくれた。

 受け取ったチリがカバンを開けると、すぐにララは横から手を突っ込み、何かを取り出したかと思うと素早く上へ放り投げた。

 それを大幣で打つようにタイミングよく横へ薙ぎ払う。

 流れるような動作はあまりにも素早く、チリも目で追うのがやっとであったが、一瞬見えた。


(黒い塊が出てきて消えたなの)


 そしてその黒い塊は、チリが感じた妖怪に近いものだった。


「悪いものが入っていました。もう大丈夫です」


 ララが静かに告げながらカバンを返すと、女性は不思議そうに受け取った。

 そこで、ハッとした表情を浮かべると頭を抑え「あ、あ!さっきまであんなにしんどかったのに、頭痛がなくなった!すごい、本当によく効くのね、ここのお祓い!」と嬉しそうに言った。

 それにチリとララがにこりと微笑みを返すと、女性は立ち上がり「ありがとうございました」と頭を下げ、状況を今一つかめず混乱気味の男性の手を引いた。


「本当に大丈夫なのか?」

「うん、平気。あ、折角だしお守り買って帰ろうよ」

「大丈夫ならよかった。そうだな、俺の分も買って帰ろう」

「えへへ、お揃いにしようね」


 和やかな会話を交わしながら、手を繋いで社を出ていくカップルの背中を見送ったチリとララは、フー、と長い息を吐いた。

 けれどまだ終わりではない。篠宮家にたどり着くまでは変化が解けないようまた気を引き締めなければならない。

 チリが改めて気合を入れ直していると、ララがぽつりと零した。


「凄く、嫌な気配がしたなの」


 今のお祓いで力を使い切ったらしいララは、額に脂汗を浮かべながら膝をついた。どうやら楠葉からもらった力を全て使ってしまったのだろう。黒い髪が、ララの桃色帯びた色へと変わり始めていた。それを見てチリは慌てて自分の中にある力をララに注ぎ、せめて家に帰るまでの体力が回復できるように補助をし、肩を引き寄せ抱き起した。


「お疲れ様なの。よく頑張ったなの。ひとまず休むなの」


 チリは原因を探りたい気持ちでいっぱいであったが、ララがすぐさま消したことで気配を探れなかった。

 そしてこのことを巫女に伝えたかったが、すでに限界であったにも関わらずララに力を分け与えた為、チリも限界を感じていた。

 そのため2人は。

 帰宅した貫と楠葉のお土産があまりにも素敵だったことで、報告を忘れてしまうことになるのだった。




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