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第16話

 帰り道、たくさんの人の目から逃れるように貫の手を握ったまま走った楠葉は、下手に巫女術を使うことも考えられず、タクシーを呼んで帰るという手段を取った。複数の目から逃れる事だけを考えることしかできなかったため、タクシーに乗ることで余計に貫と密着することとなり、貫のにやにやとした笑みを間近で見る羽目となったが、ぎゅっと目をつむることで耐え抜いた。それでも「楽しかったなー」「また行こうぜ」とひそひそと耳元で囁く憎たらしい声に、帰ったら覚えておきなさい、と心を怒りで燃やすものの、これ以上の余計なトラブルが起きないよう防ぎたくて、篠宮家に着くまで貫の手だけは握り続けていた。

 そうして無事に篠宮家に帰り着いた楠葉だが、家の門を通りながらふと思った。


 どんな顔をして、チリとララに会えばいいのだろうか。


 チリとララが「デート楽しかったなの?」「巫女、どうだったなの?」と聞かれる様子を想像した楠葉は、絶対にまともに答えられそうにない、と自分で分かっていた。そして、そうやって恥ずかしがって、口ごもる自分の姿を面白そうにニヤニヤする貫の姿も簡単に想像できた。これでは自分ばかり色々とやられっぱなしで悔しい楠葉は、どう答えようかと頭でぐるぐる考えながら部屋の扉を開けたが、チリとララの姿を見た瞬間。

 それまで考えていたことが一瞬で吹き飛んでしまうほど楠葉は驚いた。


「おかえりなの」

「なの……」


 夫婦部屋の中心にあるテーブルの上に、手のひらサイズぐらいに小さくなったチリとララが寝そべって弱弱しくそう声を上げたのだ。


「え、え!?だ、大丈夫!?」


 予想外すぎる事態に楠葉は慌てふためき、テーブルの上で倒れているチリとララを両手で掬い上げた。

 2人はぐったりとしており、「疲れたなの……」「なの……」と消え入りそうな声を上げていた。放っておいたら、このまま消えていなくなってしまいそうなほど軽い2人に、楠葉は青ざめ、貫に助けを求めるように視線を投げた。

 貫は、腕を組んでじぃっと双子を見つめながら「あーなるほど」と納得したように頷いた。


「こりゃ前の楠葉と同じ状態だな。なんだかんだ、こいつらは石像から出てきたばかりの妖怪で力を使い慣れてねぇんだろ。限界をわからずにやりすぎたって所だ。まぁ死ぬことはねぇけど、オレの手にかかれば指でプチっとつぶせるぐれぇには弱ってるってところだな」


 そう言って、にやにやしながら親指と人差し指をくっつけてプチっと潰す表現をする貫。その姿はそれまで楠葉といた金髪碧眼ではなく、元の貫の姿となっていることに気づいた楠葉は、いつの間に戻ったのだろうと瞬きをした。そこで楠葉は、そう言えば篠宮家にすんなり入れたことを思い出した。もし外国人が突然門を通ろうとしたら、篠宮家にいる使用人が必ず止めたに違いない。ということは、篠宮家に入る直前に変化を解いたのだろう。そう言えば楠葉もすんなりと家に入っていたので、そこで初めて楠葉も自分の姿を見下ろすと、休日のオフ用で数少ない服であるタートルネックの温かいシャツと裏起毛がついているジーパンを履いている姿になっていることに気づいた。

 しかし、自分の姿など今はどうでもいいことだ。

 楠葉はすぐに弱っている双子へと視線を戻した。


「チリ、ララ、今日は本当にありがとう。お疲れ様」


 楠葉が掌で寝そべっているチリとララに声をかけると「巫女のお役に立ててよかったなの……」「なの……」と2人は消え入りそうな声で言うものの、その表情は穏やかで嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「あ、そうだ!2人にお土産買ってきたのよ。甘いもの、好きでしょ?」


 楠葉は2人をそっとテーブルの上に置くと、貫と市場を練り歩いている時に見つけた金平糖を差し出した。

 チリには水色をベースとしたものを。

 ララには桃色をベースとしたものを。

 どちらも金箔が織り交ぜられた、星屑のような金平糖。

 そのキラキラとした菓子に、チリとララは小さい身体で小瓶を受け取ると、顔を輝かせた。小瓶と同じサイズであるため、抱えるのが大変そうであったが、ぎゅっと抱きしめるように小瓶を抱えて中身を不思議そうに、そして嬉しそうに目を輝かせて眺める姿は非常に可愛らしく、思わず楠葉の頬が緩んだ。


「キラキラがいっぱい入っているなの!」


 チリが言うと、横でララもコクコクと頷き「ララとおなじいろなの。おほしさまがそらからおちてきたみたいなの」と珍しく饒舌に喋り、楠葉の方を見上げた。


「今食べる?」

「「なの!!!」」


 楠葉の問いに、元気よく同時に返事をする2人。

 水色と桃色の小さな尻尾がちぎれそうなほどブンブン激しく横に振られているのも可愛さをさらに増長させており、ずっと見ていたい気持ちでいっぱいになりながら、楠葉は2人の小瓶を開けて一粒取り出してあげた。

 金平糖は小さくなった2人の顔と同じくらいの大きさで、果たして食べられるのだろうかと少し不安を抱いた楠葉だが、そこはやはり妖怪というもの。2人は人間にはできない技を見せた。口をかぱっと大きく開いた姿は顔が全て口かと錯覚するような大きさとなり、2人はそのまま顔と同じくらいの大きさの金平糖を一口で口内に入れた。その行動は見る人が見れば不気味さを覚えるものであるが、色々と見慣れてきた楠葉にとっては、口いっぱいに頬張り、頬が膨れ上がって顔さえもなんだか大きくなっている2人の姿にほんわかと温かい気持ちになっていた。


 サクサク

 コリコリ


 金平糖を噛みしめる音がしばらく続き、チリとララの表情が幸せに満たされたのが手に取るようにわかる表情で綻んだ。


「おいひいなの」

「なの」

「サクサクするなの」

「なの」


 チリとララが金平糖の甘さだけでなく、サクサクとした食感も気に入った様子で味わっていた。膨らんだほっぺを抑えながら口を閉じ、幸せそうに咀嚼する姿は、美味しい時に人間が表現する“ほっぺたが落ちそう”を見事に体現しており、楠葉はこみ上げてくる笑いがこらえられなかった。


「フフ」

「ふはっ」


 ふと、隣からも笑い声が聞こえ、楠葉は視線を向ける。

 貫が目を弧に描き、頬を緩ませてチリとララの様子を眺めていた。

 優しく、温かく、そして、美しい穏やかな笑み。

 あまりの美麗さに楠葉の鼓動は高鳴るよりも、あまりの衝撃にぎゅっと縮み、一瞬音が止まるような錯覚を覚えさせていた。


 触れたい

 その頬に


 そう思ってしまう自分に楠葉がとまどっていると、不意に貫の視線が楠葉へと向けられた。


「ん?」


 首を傾け、機嫌良さそうに笑む貫。

 楠葉は慌てて視線を逸らして「お、お土産が気に入ってもらえたみたいでよかったわ」と自分の行動や心中を悟られないよう、チリとララの小さな頭を撫でてなんとか誤魔化した。


「そうだな。まぁでも、この調子だと今日は休ませた方がいいだろ。それに、オレとお前も休んだ方がいい。刀については明日聞けばいいだろ」

「確かにそうね。出来れば早く知りたいけど、休むことも大事だもの。あ、そうだ。チリ、先に手に入れたものを見せておくわね。実は……て、あら」


 貫の言葉に思い出したようにカバンを探り、チリに見せようと小刀を取り出した楠葉はテーブルの上を見て目を丸くした。

 ほんの一瞬目を離しただけであるのに、金平糖を咀嚼し終えたチリとララはテーブルの上で幸せいっぱいと言わんばかりの満たされた表情で眠りについていたのだ。あっという間に寝てしまった2人に思わず貫の方を見ると、貫も一瞬の出来事で驚いたようで、互いに瞬きをしながら見つめ合った。

 そして同時に、フッ、と噴出した。


「ま、今日は寝るか」

「そうね」


 楠葉は貫の提案に頷き、テーブルの上で穏やかな寝息を立てるチリとララの身体にぴったり合う手拭いを布団代わりにかけてあげ、貫と共に寝巻に着替えて布団に入った。


「ん」


 寝転ぶと、貫が腕を楠葉の方に伸ばしていた。

 楠葉は戸惑うが、疲れていたのもあったのと、急に甘えたいようなそんな気持ちになったので、その腕に吸い寄せられるように頭をのせた。すると、引き寄せられ、そのまま抱き枕のようにぎゅっと抱きしめられた。


「おやすみ」

「……おやすみ」


 貫の胸元が目の前にあるが、鼓動は聞こえない。

 妖怪の鼓動は人間とは違うのだろうか。

 もし貫の顔が自分の胸元にあれば、きっと早鐘を打つ鼓動を簡単に悟られていただろう。


(貫は、何を思って私を抱き寄せてるのかな)


 そう思いながらも、普段とは違う忙しさに追われた一日だったこともあり、疲れ切っていた楠葉は貫の温もりを感じながら重くなる瞼を閉じた。

 その手は、無意識に、貫の胸元にある布を握りしめていた。



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