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第6話~貫の視点4~

「狸乱暴なの。もっと丁寧に持つなの」

「痛いなの」

「うるっせぇ!急がなきゃいけねぇのをわかってるんだったら多少の痛みぐらい我慢しろ!お前らが助けたい楠葉のためにもちょっとぐれぇ我慢しやがれ!」


 怒鳴りながらもオレはこの苛立ちを双子にぶつけても意味はないことがわかっていた。

 ずっと両脇に抱えている状態で駆けていたが、一旦2人を両肩に担ぎ直しオレはさらに足を急がせた。

 神社に向かっている間チリの話を聞いていたが、オレが殺された瞬間に楠葉は黒と紫の入り混じった何かに包まれて消えたらしい。

 オレを殺した男と共に。

 だから咄嗟に追いかけたくても追えず、楠葉から落ちてしまったチリとララは途方に暮れた末に、オレを起こそうとしたらしいが雪をぶっかけても妖力を注いでもオレは起きなかった。だから2人は一度自分たちの小さな体を元に戻すべく楠葉から貰ったお土産の金平糖を食べまくることで妖力を戻し、2人で力を合わせて出来るだけ大きい岩を選び運んでオレの頭にたたきつけた、というのが大体の経緯らしい。

 起こし方が明らかに色々と間違っているが、お互い妖怪だ。

 それくらい荒々しくしないと起きないと考えてしまうのは仕方がない。

 問題は、それにかかった時間だ。

 エトという妖怪が襲い掛かってきたのは夜だった。

 だが、今はもう日が昇っている。下手すれば、日にちが経っている可能性は高い。今頃楠葉の家ではオレたちが消えていて大騒ぎになっているだろうが、知ったこっちゃねぇ。死ぬ間際にオレが妖怪化していたおかげでオレの死体は誰にも見つかっていなかったとのことだから、篠宮家の連中にとっちゃぁいきなり夫婦2人が消えた、という認識だろうが、今はそんな奴らの相手をしている暇なんてねぇ。

 だからこそ、今、この姿を見られたらややこしい。

 見られないためにもオレと双子は妖怪化することで人間たちの目から消え、人間どもの間を堂々と通る。

 オレが走り抜けた後に突風が巻き起こっちまうのは残念ながら気にしてられねぇ。巻き込まれた奴は運が悪かったと思ってもらうことにすればいい。


(そういや起きた時にあの兎野郎がいなかったな。アイツもつれていかれたか?クソ、何もわからねぇってのは本当に腹が立つ)


 苛立ちながらも、強化されたオレの足は速い。

 程なくして神社に着いた。

 日の昇り具合からして昼前ぐらいの時間なのだろう。参拝者の人間がちらほらいるが、幸いなことに今日は活発にお祓いがある日ではないらしい。いつもお祓いの為に待つ人が社の前に行列を成しているが、今日は並んでいる人もいない。そういえば、干支の話があったからと休業を増やしたとか楠葉が言っていたようが気がする。


(いつもオレに迷惑ばかりかけてやがるが、事前準備に関してはあいつはいつもしっかりしてるよな)


 共に朝食をとる時、前髪を無造作に跳ねさせたまま眠そうに食事をしていても、いざ巫女装束に着替えるとその顔立ちは凛とし、何でも出来そうな雰囲気を醸し出す。神楽鈴を振る姿はどこかの伝統儀式の舞のようでもあり、見ていて飽きない。


「狸ストップなの」

「とりい、なの」


 チリとララの声にオレは足を止めた。

 てっきり社の巫女像に行くのかと思っていたが、チリとララが求める場所は鳥居だったようだ。


(そういや、鳥居に行くと言っていたな。確かに中とは言っていなかった)


「鳥居に何があんだ」


 言いながらオレは2人をおろした。


「チリとララの力の源なの」

「うまれたばしょ、なの」


 そう言って、2人は鳥居の前で二手に分かれた。

 どうやら自分たちが長年狐像として座っていた石の所に用があるらしい。

 オレは黒い鳥居を見るたびにこんなところに閉じ込めやがって、と胸糞悪くなるが、この双子にとって長年居た場所はオレとは違った意味があるようだ。

 ひとまず見守っていると、2人が「「せーの」」と声を掛け合い、オレの術で狐像が立っている土台の石にぺとっと掌をくっつけた。

 すると、土台から糸があふれ出た。

 チリには水色の、ララには桃色の糸たちが、2人を優しく包み上げ繭を作り上げる。

 見たことのない光景にオレは2人がそのまま閉じ込められるのではないかと一瞬動揺したが、繭はゆっくりとしぼんでいき、チチとララの体内に溶け込むように消えていった。


 その時、一瞬、本当に一瞬だが。

 2人の背がオレぐらいに伸びて、大人の妖怪の姿をした。


 だが、一つ瞬きをすればいつものチビたちだった。

 何度か瞬きをして2人の姿を改めて見たが、オレの勘違いか幻だったのか、チリとララはいつものように幼子の姿をしていた。


(さっきのはなんだ?未来の姿が?やっぱりこいつらは謎が多すぎる……でも今はそんなこと考えてる場合じゃねぇよな)


 双子のことは最初から気にくわなかった。

 だが、楠葉のことに対して絶対的な信頼を置いていること。

 そして、オレに対して全く敵対心が見られない所から、オレはこいつらを探ることを止めた。

 特に今は、そんなことをしても時間の無駄でしかないとオレが一番よくわかっているからだ。


「これでチリとララはいつでも動けるなの」

「ちからいっぱい、なの」


 チリとララが振り向き、言った。

 いつもと変わらない姿であるのに、妙に大人びた雰囲気を纏う双子にオレは今こいつらと戦っても簡単には勝てない、と一瞬思ってしまった。


(何考えてんだオレ。んなわけあるか。妖怪で最強なのはオレだ。それに今は急いで――)


「苦埜、の居場所、探さなきゃいけないなの」

「なの」


 まるでオレの心を読んだかのように、チリが続きの言葉を言った。

 何故あいつの名前をチリが知っているのかを気にするべきだったのだろうが、この時のオレはそこまで気が回らなかった。


「ああ。楠葉の場所が分かれば簡単だが、金色の糸はこういう時に限って役に立たねぇからな」


 言いながら、オレは自分の指に視線を落とす。

 楠葉の身に万が一何かあった場合は、オレの指に絡まる金色の糸が消えるはずだ。

 だが、今もオレの指には金色の糸がしっかりと結びついている。

 ただ、その糸は何処にも伸びておらず、まるで強引に何度も何度も千切られているかのように、糸は伸びようとしては消えるを頻繁に繰り返していた。

 恐らく、あの苦埜という妖怪のせいだろう。

 昔、オレと対峙した九尾、苦埜。

 あの時と姿があまりにも違ったが、名前だけは忘れもしない。


「楠葉の場所はお前らでもわからないのか?」

「チリたちはあくまでも守り神なの。実際に繋がっているのは狸なの。だから狸がわからないなら、チリ達もわからないなの」

「ララ、なんどもさがしたなの。でも、わからないなの。みこのけはい、ないなの」


 2人の返答にオレは舌打ちをする。

 とりあえずオレたち3人は苦埜に対峙する力を持ってはいても、今どこにいるかわからなければ力があってもどうしようもない。

 何か策はないか、と頭を痛めていると不意に白いものが視界を横切った。


「あ、兎なの」

「なの」


 チリとララの声にオレも同じ場所を見ると、あの兎妖怪がいた。


「すみません。仲間を呼んでおりました」

「てめ、どこに行ったかと思ったら!のこのこと現れやがって、何しに――」


 来やがった、とオレは兎野郎を攻めようとしたが、兎野郎の後ろにぞろぞろと現れる妖怪たちに気づいて思わず言葉が止まってしまった。鼠、牛、虎、辰、蛇、馬、羊、猿、鳥、犬、猪。その軍団は、まさしく干支族の妖怪たちなのだろう。ただ一匹ではなく、それぞれの動物で数匹いるものもいたので数や大きさなどが違うためにずらりと並ぶ姿は圧巻で、流石のチリとララもこれには驚いたようで珍しくオレの傍に走ってきて後ろに慌てて隠れ、着物の裾にしがみついていた。


「お前、これはどういうことだ」

「わたくしめの仲間です」

「なんで呼んだ」

「あなたがたのお力になるためであります。元をたどれば巫女様が攫われてしまったのはわたくしめの落ち度。例えわたくしが操られていたとは言えど、あの方が最強になられてしまってはわたくしたちの命も危ぶまれるのは目に見えています。故に、どうかお力を貸す許可をわたくしめにお与えいただければと思います」


(……ああ、楠葉、お前が今の状況を見たらなんて言うんだろうな)


 この妖怪の軍隊は何!?何が起こっているの!?と驚愕してオレの腕にしがみつく姿が容易に想像できて思わず頬が緩んだ。


(これが全部、お前を助けるために動いてるんだぜ?楠葉。お前はそれだけ、必要とされる存在なんだ。オレと違ってな)


 オレは迷わなかった。


「なら頼む。力を貸してくれ。苦埜の居場所を突き止めてほしい」

「巫女様を救うためならば」


 兎野郎がオレの言葉に答えて恭しく頭を下げると、後ろに居た妖怪たちも軽く会釈をして散り散りに空や地へ離れ始めた。

 その姿を目で追いながら、オレは両拳をぐっと握りしめた。


(他の奴らに頼るなんて、最強の狸妖怪、浦西貫様の威厳も落ちたもんだぜ)



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