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第8話

『今私がここに居るということは、私と同じ力と容姿を持った巫女が苦埜に襲われているか、もしくは、攫われたということでしょう。そして、攫われているのならば、きっと私が閉じ込められていた狐の籠に閉じ込められているのでしょうね』

「狐の籠……?」


 葛が紡いだ言葉に楠葉は問いかけるも、葛はそれに対して何も反応を示すことなく言葉を淡々と続けた。


『色々分からないことだらけで驚いていることだろうけど、ひとまず先に今の状況を説明するのが先決でしょうから私の話をしっかり聞きなさい。今私の前に居るあなたは誰なのかはわからないけれど、この簪を受け取っているということはチリとララに認められた巫女の筈。だからあなたのことは巫女と呼ぶわね。そして私は……いえ、すぐにわかるから自己紹介は飛ばすわ。簪にこめた私の力はそれほど持たないから。私の込めた力の効力が終わると共に、簪は崩れ消え去ってしまう。簪自体が私であるから』


 その台詞に楠葉は思わず自分の後頭部に触れた。

 するとそこには簪はなく、いつものように髪を結んでいるゴムだけしかなかった。


(簪自体が、葛?でもこの簪ってチリとララがくれたものよね?てことは、2人のお母様ってこと?じゃあ葛が2人の……?)


 楠葉は困惑するが、それでも構わず葛は言葉を続ける。


『私の目的は苦埜から巫女を守ること。つまりあなたが苦埜という妖怪に危害を加えられそうになったことが発動条件となっているの。だから今あなたは私の結界の中にいる状態よ。そして、苦埜に見つかったからには全てのことを知る権利を持ったということでもあるわ。何も知らないと、抵抗できる術を持っていても何もできないからね』

「全てを知る権利……?あの、そんなに一気に言われるとわからないのですが」

『説明すると長くなってしまうから私の記憶を見てもらうわよ。何もわからないままより、どうして苦埜がここまで巫女に執着するのか理由を知る必要があると思うから。そして、苦埜に対抗するためにも、ね。あなたがどれだけ力があるかはわからないけれど、チリとララに認められているならほぼ私と同じようなことを出来るはずよ』

「あなたの記憶を私に見せてくれるのですか?」

『そしてこれは心に留めて置いてほしい。あなたはきっと一人ではないはず。私が残したものは簪だけではないから。周りに今何もなくとも、離れていてもあなたを思ってくれる者がいることを忘れてはいけない。だからどうか心を強く保って。苦埜の狂気に負けないで』

「あの――」


 何度か質問をしていた楠葉はここで言葉を切り、気づいた。

 葛は実際に目の前にいるわけではなく、録画機能のようなもので葛の残した言葉がただ簪から再生されているのだと。そう気づいてからは、楠葉は黙り込み、じっと葛の言葉に耳を傾けることに集中した。


『よく聞き、よく見なさい。今からあなたに、私がどうやってあいつから逃れたかを見せるわ。逃げるのは自分の力でなんとかするしかないの。攫われたということならば、チリとララも傍にいないということでしょうからね。巫女。あなた自身でどうにかするのよ。だから、どうかあなたが私の過去を見ることで、狐の籠から脱出する糸口を見つけられるようにと願っているわ。そして、忘れないで。巫女、あなたの指にある金色の糸を。運命を』

「え」


 葛に言われて、思わず楠葉は自分の手を見た。

 絡まっているだけでどこにも伸びていない。

 けれど、確かに金色に輝き指に巻かれている、運命の糸を。

 葛はそこに居ないはずなのに、どうして糸があることを当然のように口にするのか。

 疑問に思うが、葛は楠葉が言葉を飲み込む時間を与えてくれなかった。


『突然現れて驚いただろうけど、間違いなく金色は運命の色。だから、どうか、巫女。あなたの人生で見つけた唯一無二の運命の人と、共に生きて、本当の愛を両手に掴んで離さないで。運命の幸せを掴めることなんて、誰にもできる事ではないから』


 葛を見ると、苦埜が見せた過去の葛が一度も見せたことのなかった美しい笑みを浮かべていた。

 そういえば、彼女の布から見えていた肌は皮と骨のみのような状態だったのに、今の彼女の姿は幸せに満ち溢れ、肌も血色がよくふっくらとした健康的な様子に見えた。


『さ、いってらっしゃい。私の可愛い巫女。私の全てを見せてあげる』


 葛の手が伸び、楠葉の頬に触れる。

 実際は、葛は簪に残された録画のようなものだから、触れることはできない。

 でも、楠葉は頬に確かに温かさを感じた。

 今にも涙がこぼれ落ちそうなほど、切なく、でもどこか幸せを感じる温かさを。


『私のように、幸せになって。そのために残したのだから』


 葛の言葉が木霊し、楠葉の視界は真っ白な空間へ放り出された。

 苦埜に過去を見せられた時とは違い、とても心地よく包み込んでくれる白は、優しく楠葉を過去の世界へ導いた。


 そうして、白い光が落ち着いていき。

 視界が開けたその瞬間。


 苦埜が見せた、葛が訪れた神社に楠葉は立っていた。

 そして、一陣の風が吹くと共に桜の花びらが舞い上がり。

 満開の桜を咲かせた大木が目に入る。

 そして、その木の根元で。

 並んで座る男女が楠葉の視界に入った。



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