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第10話

 ということは、タンタと名乗るあの恰幅のいい男は楠葉のご先祖様ということになる。


(でも、葛の名前が違う。タンタの妻は楠子様だから私が篠宮の名前を持っているのよ?なら、葛とご先祖様は結ばれないはず。……一体、楠子様はどこにいるの?どこで現れるの?)


 楠葉が混乱しながらそんな疑問を抱いていると、葛が再び口を開いた。


「私の名は……葛」

「くず?苗字は?」

「ない、わ。葛。そうとしか、呼ばれたことがないの」

「ク、クズぅ?そんなけったいな名前があるかいな!お前の親御さんはなんちゅう名前をつけとるんや!いくらなんでも人としてありえへんど!」

「親は、いないわ」

「ほな誰がそう呼んどるんや!」

「……私と一緒に居る人が、ずっとそう呼んでる」

「なんやとぉ!?お前さんのような別嬪さんをクズ呼ばわりしとるんか!」


 タンタの気迫に葛が戸惑いながら答えると、タンタは突如憤りながら立ち上がった。

 肩は怒りで震え、先ほどまで穏やかだったタンタの瞳は血走っていた。

 その様子に葛は怯えと困惑の表情を浮かべていた。


「あの、私、失礼なことをしたかしら?」


 葛の目の端に、涙が浮かびはじめた。

 今まで苦埜に苦しめられてきたからこそ、些細なことで怒られてしまうことが当たり前だと思っているのだろう。

 そんな葛の心中を思うと楠葉はぎゅっと心臓が苦しくなるのを感じて、違うと教えてあげたいが今の楠葉にはどうにもできない。

 故にタンタを注視することしかでき長かったのだが、タンタは葛の表情に気づくとぎょっと目を見開き「ちゃうちゃうちゃう!あんたに怒ってるんとちゃうで!そんな泣かんといてぇな!ああ、ワシがいきなり大きな声を出したんが悪かったんやなぁ、ごめんなぁ……」と申し訳なさそうに尻すぼみに話すと、再び葛の隣に座って今にも涙をこぼしそうな葛の小さな頭を大きな手で不器用に撫でた。


「ワシはな、クズという名前をつけた奴を許せんくて、その、思わず怒ってしもうたんや。せやから、お前さんには何一つ怒っとらんよ」

「私の名前は、そんなに、おかしいの?」

「申し訳ないが、クズってぇのは人を蔑む物騒な名前や。そんな名前、別嬪なあんさんには似合わへん。例えあんさんにとって大切な人がつけてくれた名前やと言われても、ワシは納得がいかんのや」

「名前を付けた人は生まれた時から一緒というだけで別に私にとっては、大切なものではないわ。けど、私、葛と以外呼ばれたことが無くて……」

「なんやとぉ!?ほな、ワシが名前つけたる!というかワシは違う呼び方をしたいからな!」

「え?」


 タンタがドンっと胸を叩くと、葛は驚いたようにタンタを見上げた。

 タンタは無精ひげの生えた顎を指でかきながら「せやなぁ、こんな別嬪さんには可愛らしい名前をつけたりたいけど、ワシにはセンスがないしなぁ……」と言って桜の木を見上げたタンタは「ああ、せや!」と両手をポンと叩いた。


「この桜、ワシの村にある楠にそっくりなんや!」

「クスノキ……?」


 首を傾ける葛に、「そう、でぇっかい木なんやが、この桜と大きさも形も似とるんや」と自慢げに言った。


「葉っぱがぎょうさんあってな、暑苦しい時はその木陰で涼むと滅茶苦茶気持ちええんや。この桜の下と同じくらい、気持ちええんやで。と、いうわけで。今までクズと呼ばれていたんやったら、似たような名前の方がしっくりくるとワシは思う。せやからクスノキから名前を取って、違和感のない名前にしようや。せやなぁ、クスノハってのもええけど、それやとなんか儚く散る葉っぱみたいやしのぉ……やっぱ女子おなごやったらコをつけるべきやな。クスノコ、はなんかちゃうし……略して……うん、せやな、決めた!」


 タンタはにっかり笑って胸を張ると、言った。


「今日からお前さんはクスコや!どや、ええ名前やろ?」

「クス、コ……」


 名前を呟いた葛の表情が、段々と輝き、そして。

 花弁がぱぁっと開いたような明るい笑顔を浮かべた。


「クスコ。私の名前は、クスコ。ええ、気に入ったわ。私は、クスコ」


 葛が、自分をクスコとして名を認めた瞬間。

 タンタとクスコの指が黄金に輝いた。


「え」

「うお、なんやぁ!?」


 どうやらその光はタンタにも見えたようで、驚いたように自分の手を見つめている。

 クスコも目を見開きながら自分の手を見つめた。

 そうして、互いの手を目前まであげ、そのまま視線を交わせた2人。

 見つめ合う2人を祝福するように光は白く輝き、一瞬パッと弾けて楠葉が思わず目を覆う程眩く輝いた。

 そして、数秒後。

 光はゆっくりと縮小していき。

 光が眩しくなくなって、楠葉がまともに2人を見れるようになった時には。

 2人の指に、金色の糸が結ばれていた。



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