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第11話

「これ、は……!」


 クスコは楠葉と同じようにその糸の意味を知っているため、目を見開きながら息を飲んでその糸を凝視していた。


「ありゃ、光らんくなった。さっきのはなんやったんや?」


 一方でタンタの方は光が収まった後は何も見えないらしく、不思議そうに自分の手をくるくると表裏にしながら見つめていた。

 クスコはそんなタンタの手を咄嗟に握ると、自分の指とタンタの指にしっかりと結ばれた金色の糸を何度も見て、糸をつまんで引っ張ったりして、しっかりと結ばれているのを確認した後。

 クスコは、涙を浮かべた。


「ああ……これが、本物なのね」


 クスコは感極まった声を漏らすと、ぎゅうっとタンタの手を両手で覆うように握りしめた。


「お、おい?ど、どしたんや?」


 急に手を握られて頬を赤らめ慌てるタンタに、クスコは幸せそうに微笑みながらタンタの手に頬を摺り寄せた。

 そうして暫くその温もりを堪能した後、クスコは手を名残惜し気に離した。


「タンタ様。私は、やらなければいけないことが決まりました。暫く、会えないかもしれません。でも、また必ず会いに来ます。だから、どうか、ここで待っていて。私がまた来るその日まで」

「お、おう?元々ここはワシのお気に入りの場所やけぇ、いつでもくるで?それに会えなくなって寂しいんはワシの方やしな!この命がある限り、いつまでも、ず~~~っと待っといたるから安心しぃ!」


 一度は不思議そうに首を捻ったタンタであったが、最後にはドン!と強く自身の胸を叩き自分の気持ちを表明した。


「はい、楽しみにしております」


 クスコは頼もしい姿を見せるタンタへ穏やかに微笑みかけると、優雅に立ち上がった。

 そして、鳥居へと足を運び、潜り抜ける直前で振り向いた。


「あなたの存在がバレないように、しなきゃね」


 クスコがそう呟いた直後、楠葉の視界は急変した。

 目の前には、黒い格子に囲まれた檻の中にいるクスコと苦埜が向かい合っている姿があった。

 凛と座っているクスコは強い光のともった赤い瞳で苦埜を見つめ、一方の苦埜は立っており、憤怒に満ちた紫の瞳でクスコを見下ろしていた。

 その姿を見ながら、楠葉は頭の中を整理していた。


(葛は苦埜に名付けられた名前で、クスコは私のご先祖様がつけた名前だった。そして名前を付けられた瞬間、金色の糸が現れた。つまり、葛が楠子様ってこと?でも、楠子様は人間で巫女だったはず。妖怪ではなかった。一体何がどうなっているの?)


 葛が見せてくる過去の理解に苦しみ、余計に楠葉が混乱し始めていると、苦埜が突然クスコの指を踏みつけた。


「う!」

「こんなもの!こんなもの!」


 苦埜は背中まである長い白髪を振り乱しながら狂気の入り混じった怒りを表情に露にしてクスコの指を何度も何度も踏みつぶしていた。


「何故だ、私とお前の糸はどこにいった!繋がっていたはずだ、繋げていたはずだ!金色の糸は私とお前に結んだはず!何故別のやつと繋がっている!何故私が繋げた糸は消えている!!」

「え」


 苦埜の言葉に楠葉は動揺の声を上げた。


(苦埜と葛……いえ、クスコさんが金色の糸でつながっていた?)


 楠葉はそのほかの衝撃な場面が印象に残りすぎていて、糸については注視していなかったことに今更ながらに気づいた。

 けれど苦埜が見せていた過去で、そういえば2人の会話の中で金色の糸の話題が出ていたことを思い出す。


(本当にあったのなら――)


 楠葉は一度目を閉じ、目に意識を集中させた。

 巫女術を唱える時に、神楽鈴へ力を注ぐ時と同じように。


(かすかでも、痕跡が見えるはず)


 楠葉は、ゆっくりと瞼を持ち上げた。

 そこで、今まで気づかなかったが、よくよく目を凝らすと薄い金色の糸が、苦埜が踏みつけていない方の手であるクスコの指に不安定に絡まっている様子が見えた。

 無理矢理括り付けたものなのか、それは解かれそうになると意思をもってまたなんとかクスコの指に絡みついているが、今にも消えそうなほどに薄かった。そしてその糸が繋がっている場所は苦埜の指であった。苦埜の指には、どう頑張っても解けないだろうと思えるほどのがんじがらめになった金色の糸が絡まっており、両方の糸の様子の違いから、運命として生まれた糸ではないことは楠葉の目で見ても明白だった。


(九尾という妖怪だからこそ、意中の相手に無理矢理つなげることができたってこと?でも、本当の運命じゃないから……所詮は張りぼて。だから、今こんなに薄いってことなのかな。現に、私にはわずかに見えているのに苦埜には見えていないみたいだし。ていうか、今にも消えそう……ああ、うん、もう私でも見えなくなっているわ)


 金色の糸は運命の相手が見つかった瞬間生まれる、運命の糸。

 その伝承を信じ決して疑っていなかった楠葉にとっては衝撃の事実であるが、妖怪と人間の次元や思想が大幅にかけ離れていることは身に染みて知っている楠葉は、苦埜という九尾が無理矢理金色の糸を操れる可能性があっても可笑しくないと思えた。

 そうして楠葉が状況把握をしている間にも苦埜は怒り狂い続け、クスコの指を踏み潰し続けていた。


「何故この糸は消えない!?私とお前の糸は私が何度も力をこめないと解けて消えてしまうというのに、何故お前の指を潰してもこの糸の光は消えない!何故残り続ける!一体どこのどいつと繋がっているんだ!」


 そう叫んでから、苦埜はハタと足を止めた。


「そうか、繋がっている場所に行けば相手がわかる……そうだ、相手を殺せばいいのだ。運命の糸は、相手を殺せば消える。むしろそれしか方法がないのをすっかり忘れていたとは。私としたことが。すっかりと取り乱してしまっていたな」

「え――」


 苦埜の言葉に楠葉は息を飲んだ。

 そして、自分の指に視線を落とす。

 自分の指にしっかりと絡まった、金色の糸を。


『仲が悪くなれば糸が消える』


 貫は、糸を消すための方法として確かにそう言っていた。

 しかし、今まで見てきた記憶と苦埜の言葉は、それは違うことを語っていた。



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