(貫は片方が死んだら糸が消えるのを知らなかった?それとも知っていてわざと私にそう言った?)
それは、何故?
自問自答しても、答えは見つからない。
そして、混乱して考える時間を今の楠葉には与えてもらえなかった。
「ああごめんよ葛。私の愛しい妻よ。痛かっただろう。苦しかっただろう。でももう大丈夫だ。変な奴とのつながりは今すぐに私が断ち切ってやろう。さぁ、どこのどいつに繋がっているか見てやろう」
身震いするほど気持ちの悪い猫撫で声で苦埜は言うと、今まで容赦なく踏みつけていたクスコの潰れた指を割れ物を扱うようにそっと掬い上げて、掌を当てた。そこから白く温かな光があふれ出て、クスコの潰れた指を癒した。
「……は?」
苦埜が珍しく間抜けな声を上げた。
クスコの指は、元の綺麗で細く白い指へと戻ってはいた。
勿論、金色の糸も存在している。
だが、その糸の先は、楠葉の指に絡まる金色の糸と同じように、糸の先を示していない。
誰かと繋がっているのは間違いないと感じるのに、伸びている先は途中から透明になり、目視ではわからない状態となっていたのだ。
「お前、相手を隠すために糸の続く先を消しやがったな!?」
苦埜が声を張り上げる。
そしてすぐさまクスコの指を地面に叩きつけると再び容赦なく踏みつぶし始めた。
「こんなもの!こんなもの!消えろ消えろ消えろぉおおお!!お前は私のものだ、私のものなのだ!!」
『違う、私はあなたのものじゃない』
苦埜の恐ろしい怒号に耳を塞いでいた楠葉の脳内に、突如響いた凛とした声に楠葉は倒れているクスコを見た。
彼女の表情は痛みに耐えているが、瞼から覗く赤い瞳は、これまで見てきた中で一番強く輝きを放っていた。
『だけど糸が不完全なのは確か。おそらく妖怪と人間だから。でも、運命だからこそ、例え苦埜の力をもってしても消えない。それが本来の金色の糸のあるべき姿。だから私は、偽の糸から解放されるの』
クスコは自由な方の手をゆっくりと持ち上げた。
その白く細い手指の2本から、ギラリと白銀の爪が伸びた。
『だから私は、妖怪をやめる』
クスコは中指と人差し指をくっつけた。すると、長い2本の爪が混じりあい、小刀のような刃となった。
それは、クスコが貫と共にねねの道で手に入れた小刀そっくりの刃だった。
「あれは、もしかして……」
楠葉が言葉を発する前に、クスコが小刀となった指を踏みつけられている方の手首に振り下ろした。
刹那、苦埜が踏み続けていた指の手首がごろりとクスコから切り離された。
「あ?お前何をしている?」
流石の苦埜にとっても予想外であったようで、苦埜の動きが止まった。
その一瞬の隙を見逃さず、クスコは自身の手首を斬り落とした刃を苦埜の心臓部分に突き刺した。
「おい、何をしているんだ?私は不死身だぞ。そんなことをしたとて私は死なぬ。むしろお前が痛い目に合うのだぞ?はっ、何も学習していないのだな、お前は。お前が手首を落としても元の手に戻るのと同じように、こんなことをしても私はすぐ蘇るから無駄――」
「つるつるかぎになれ 沈んでふたになれ」
クスコは唱えて、苦埜の心臓に突き刺していた手首を時計回りにぐるっとひねった。
刹那、クスコの爪を中心に白い渦がぐるぐると生まれ、苦埜の身体が渦に巻き込まれていく。
「おい、なんだこれは、私に何をした、葛ぅううう!!」
渦が大きくなるごとに苦埜の全身もぐにゃりと歪み、渦と一体化し始める。
そのまま苦埜の叫びと共に渦と苦埜が混ざり合い、白と黒の縞模様の渦は段々と縮小し、ピシン――というガラスにヒビが入ったような音と共に縞模様のビー玉となり、地面にコトンと落ちた。
「持って、七日。そこまでもつかも、わからない。その間に、全てを終わらすの」
クスコは辛そうに肩で息をしながらそう呟いて立ち上がると、その場から姿を消した。
ビー玉だけを黒い檻の中に残して。