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第14話

(確か、貫も最初、私を楠子と言った)


 つまり苦埜が仕留め損ねた妖怪というのは貫のことだろう。

 そして貫は逃げ、人間になった楠子に出会った。

 そこで封印された、となるとわかるが、何故楠子が貫を封印したのかが分からない。


(腕を切られた姿をご先祖様に見せたみたいだけど、その記憶について私は見ていない)


 そうすると、クスコに残されていた力の量に限りがあったがために、日記とは違い今まで楠葉が見てきた様々な過去の情景の数々は何かが抜け落ちている部分が多いのだと一旦楠葉は納得した。


(凄く複雑な過去だけど、多分日記の方が正しいものを書いているんだと思う。確か巫女像の地下室には文字がかすれすぎて読めない本があった。多分それが楠子様の書いた日記なのだとしたら、過去の映像を見せるのは断片的なもので精いっぱいだったのかもしれない)


 そうして楠葉が苦埜や楠子のことについて大体の把握を出来たところで、その整理を待っていましたとばかりに日記の文章がまた楠葉の頭の中で響き始めた。



『ビー玉にした苦埜を湖の中に捨てた。

 言霊は“そこがぬけて、かえれぬまま”

 同じ星空を見れないほど遠い場所へ行ってもらうために。

 そうすると、強引に結ばれていた金色の糸は完全に消え失せていた。

 薄っすらと残り香のように気配は手に纏わりついていたけれど、私が九尾でなくなれば大丈夫だと判断した。

 けれど、私は、苦埜をビー玉にする前に子種を植え付けられていた。

 九尾の姿で産むと、力に引き寄せられて他の妖怪が来るかもしれない。

 故に私は人間の姿を手に入れることから始めた。

 男と同じ髪色、瞳、そして、神社に相応しいとされる巫女装束を纏った。

 苦埜に知られずにすんだ秘密が、一つだけ私にはある。

 それが予知の力。

 私は子を産む前に人の姿でまずは腹の中でゆっくり育てる方がいいと予知していた。

 だから巫女という姿になってみたのだが、そこに、狸妖怪が現れた。

 苦埜を苦しめた妖怪だ。

 その時、また予知があった。

 彼を封じれば、いつか苦埜が封印から解き放たれた時に彼が倒してくれる、と。

 そして、彼の生きる時代は今ではなく、もっと先の未来なのだと。

 そこで彼が運命の糸で結ばれる者に出会えた時、苦埜と対峙できる唯一の存在になると。

 だから私は彼を封印した。

 私の妖力をずっと注ぎ続けていた鳥居に。

 そうしたら鳥居が黒くなってしまったけど、それは仕方ない。

 幸い、狸妖怪の力は膨大だったようで、私が九尾になっても他の妖怪に気取られることがないことがわかった。

 だから私は一度半妖怪化した九尾と人のハーフのような姿になり、苦埜に植え付けられていた子種を自分で大きくして、出来るだけ優しく取り出した。

 チリとララ。私が初めて産んだ子。

 初めて自分の手に抱いた子。

 そして、妖怪である私の全てを受け継いだ子。

 その2人に使命を与えた。

 力や言葉のバランスは双子で分けられてしまったけど、私が人間になるために、私の妖力は全て双子に注ぎ込んだ。

 そして時がくるまで、神社を守る神としていてもらうため、一度狐像となり身を隠してもらうことにした。

 一度に多くの力を使い切った私は、息が出来なくなるほど疲弊した。

 気づけば鳥居にもたれかかり眠った。

 そして次に目覚めた私は、九尾から人間へと変わっていた。

 私の運命の人にとって、私の人間の姿は、妖怪の姿をしていた時と全く同じだったらしい。

 だから問題なく私を受け入れてくれた。

 男と契りを結ぶと、何故か不思議な力が宿った。

 妖力ではない、不思議な力。

 一度空中に漂う黒い糸に触れて浄化できてしまったことから、私はこの力を巫女術と呼ぶことにした。


 こうして私は、篠宮楠子という巫女となり。

 神社には、妖怪の頃の私の名前をとって葛葉神社と名付けた』


「葛葉神社にこんな歴史があっただなんて……」


 クスコ、いや、篠宮楠子の妖怪から人間になるまでの全てを記した日記の文章が流れる間、楠葉は息をするのも忘れて聞き入っていた。


「私に妖怪の血が混ざっているというのは……そういうことだったのね……」


 今までわからなかったこと、謎だったこと、様々な不明な点と点が繋がり真実が目の前に並べられていく。

 これ以上の情報はないだろう、と楠葉が思った直後、また文章が流れた。


『最後に一つ、巫女に告げる。当てはまっていたら、間違いないから』


 すっかり日記は終わりだと思った所で響いてきた声に、楠葉は慌てて口をきゅっと結び耳を傾けた。


『私の名前と神社。そのどちらもから名前を受け継いだ名前を持っていたら、巫女。あなたは私の全てを持っていることでしょう』


 楠子。

 葛葉神社。


「私の名前は――楠葉」


 導かれた答えを呟くと共に、日記の文章は途絶えた。

 言葉にしなくとも、もう自分の名前が答えなのだと、楠葉は自覚した。


 自分が、楠子の全てを引き継いだ子孫なのだと。


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