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第10話

「「戻って来たなのーーー!!!」」


 突如背後から訪れた衝撃に「わ!」と楠葉はよろめきそのまま貫の胸元に飛び込む形となった。このまま倒れてしまうかと思われたが、貫は力強く楠葉を受け止め、むしろ両腕でがっちりと包み込んでぎゅうっと楠葉を抱きしめた。


「え、あれ?これ、どうなってるの?」


 状況が全く把握できず楠葉が混乱していると、腰のあたりで鼻をすする音が聞こえた。

 見下ろすと、チリとララががっちりと楠葉の腰にしがみついていた。どうやら背後から訪れた衝撃は、楠葉に向かってタックルするように飛びついてきたチリとララによる仕業の様であった。


「お帰りなの!」

「なの!」


 鼻をズビズビ言わせながら言う2人に、楠葉は戸惑いながらも「た、ただいま?」と笑って2人の頭を撫でた。普段表情の動かない2人がこんな風に悲しみを露にしている様子は全く見たことがなかったので楠葉は驚きを隠せなかったが、2人が楠葉のことを大好きで必要としているという思いが伝わってきたのが嬉しくて、貫に抱きしめられたまま楠葉は両手を伸ばしてよしよしと双子をたくさん撫でてあげた。


「おい楠葉。オレにはなんもねぇのかよ」

「え、なんもって?」


 突然言われて楠葉が顔を上げると、貫が妙にムスっと頬を膨らませて怒っていますという表情をしていた。


「オレ意外とキスすんじゃねぇよ」

「え?あ、あれのこと!?」

「やっぱりキスしてやがったか」

「え、あ、あ!やっぱり見えてなかったのね!」

「でも今、薄情したよな?」

「もう!だって、あの時は非常事態だったし、隙を作る方法が思いつかなかったんだもん!」

「ふーん?」

「し、仕方ないじゃない。私だって貫としかしたくないわよ」

「……へぇ?」

「あ」


 貫がチクチクと言うものだから思わず本音をぽろりと零してしまった楠葉は慌てて口を抑えるが、すでに遅かった。しっかりと聞き取った貫はにんまりと笑って、鼻先をこつんと楠葉に当てた。普段はこんなカップルのような甘い触れ合いはしないのに、妙にくっついた状態でするものだから楠葉は全身の温度がぶわっと上がるのを感じていた。


「な、なによ」

「ん-?お前はオレのことが心底大好きなんだなあってニヤニヤしてんだよ」

「ちょ、そんなこと言ってないでしょ!?」

「んん?さっき言ったじゃねぇか。大好きって」

「あ」


 数分前の自分の行動を思い出した楠葉は、夢や幻覚と勘違いしていたものは現実のことだったのだと悟り赤面する。


「あ、あれは、その」

「その前も、オレに言ってたよな」

「あ、あれ、伝わってたの!?」

「ああ、やっぱりあの口の動きはそうだったのか」

「えっと、ちょっと、一旦その話は」

「オレも大好きだぜ、楠葉」

「ふぇ!?」


 怒涛の甘い甘い貫の言葉や仕草に面食らっているのに、貫は動揺しっぱなしの楠葉の額にそっと唇を落とした。


「ちょちょ、ちょっと、貫、どうしちゃったの!?」

「ま、続きは帰ってからな」

「え?え?」

「流石にここでは襲うわけにいかねぇだろ」

「襲うって、ちょっと何言ってるの!?」

「なんだ、襲ってほしいのか?気持ちはわかるがその欲はなんとか我慢しろ」

「ちが、そう言う意味じゃ、も、もう!一体どうなってるのよ!」


 貫が言葉を返すたびに楠葉は大混乱を起こし、とうとうパニックになって叫ぶと、腰元にいたチリとララがクスクスと笑い始めた。


「いつもの2人なの」

「見ていて楽しいなの」

「チリも嬉しいなの」

「ララも嬉しいなの」

「ずっと一緒にいたいなの」

「ララもなの」

「でもチリは役目を果たさないとなの」

「寂しいけどララも仕方ないなの」


「え?」

「は?」


 最初は微笑ましいことを言っていたチリとララの言葉が、急に不穏な発言へと変わっていったことに楠葉と貫が同時に声を上げて双子を見た。

 チリとララはさっきまで泣いていたこと、笑っていたことが嘘のように、いつもの無表情を貼り付けていた。


「チリ、ララ?今のは、どういう意味?どういうことなの?」


 楠葉の問いかけに、チリとララは同時に視線を下げると、背を向けてすっと片手を上げてとある方向へ指を向けた。その指先を視線で追った楠葉は、地面に倒れている黒い服の子どもがいることに気づいた。


「だ、だれ?」

「苦埜だ」


 楠葉の問いに答えたのは、敵意を露にした貫だった。

 貫は守るように楠葉を抱きかかえると、そのまま一生離さないと言わんばかりに両腕に力をこめ、じっと黒い子どもを睨みつけていた。


「くそ、なんだこの姿は。一体、どうなっているのだ」


 小さくなった苦埜は苦しそうに呻きながら立ち上がった。

 その容姿は、チリとララに瓜二つで、まるで双子を黒く塗りつぶしたような存在に見えた。


「どうなってるの?」

「ビー玉から一緒に出てきたなの」

「封印されたまま出てきたから力を無くして出てきたなの」


 楠葉の問いかけに次に答えたのはチリとララだった。

 そして、チリとララは小さくなった苦埜へ歩み寄り始めた。


「おい!あぶねぇぞ!」


 貫が慌てて声を上げるが、チリとララは一瞬止まって振り返り口角を少しあげてにこりとしたように見える表情を見せたのち、再び歩を進め始めた。

 その後ろ姿から不穏なものを感じ取った楠葉は咄嗟に貫の腕から飛び出した。


「チリ!ララ!待って!あなたたち一体何をする気なの!?」


 楠葉の言葉に、今度はぴたりと止まったチリとララ。

 そのままくるっと踵を返して振り向くと、駆け寄ろうとする楠葉を止めるように両手を上げた。


「「ストップなの」」


 言われた瞬間、楠葉は駆け寄ろうとした足が勝手に止まるのを感じた。

 自分の意思で止めたわけではないはずなのに、まるでそれ以上動いてはいけないというように楠葉の足は進もうとしてくれなかった。


「楠葉、これは何が起こってんだ?」

「わからない!私もわからないの!ねぇ、チリ!ララ!何をしようとしているの!?どうして私を止めているの!?」


 楠葉の必死の声に、チリとララは今度は振り向かなかった。

 ただひたすらに、戸惑い続けている苦埜の元へと歩みを進めていく。


「これからチリとララの本当の使命を果たすなの」

「この日の為にチリとララは生まれたなの」

「この日まで長かったけど、長くてよかったなの」

「うん、ララ、とっても楽しかったなの」

「チリもとても楽しかったなの。これ以上続いたら、使命を果たせなくなりそうなくらい幸せだったなの」

「ララもなの。だから最後に一つだけ言いたいなの」

「……悲しくならないなの?チリは悲しくなるかもしれないからやめようと思ったなの」

「ララは言わない方が悲しくなると思うなの」

「そうなの?」

「そうなの」

「……わかったなの」

「じゃあ、せーので言うなの」


 暫く2人で淡々と会話を続けていたチリとララはここで歩みを止めるとくるりと振り向いた。

 水色と桃色の瞳が、貫と楠葉を映す。

 そして、2人は。

 パァっと無邪気な子供のような笑顔を浮かべて、言った。


「「パパ、ママ、さよならなの」」


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