目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第12話

「「パパ、ママ、さようならなの」」


 その言葉を聞いた楠葉は、一瞬自分の耳を疑った。

 聞き間違いかと思って混乱した楠葉だが、貫が「おい、チリ!ララ!言い捨てなんて許さねぇぞ!」と怒鳴ったことから聞き間違いではなく、チリとララの口からしっかりと発された言葉なのだとわかった。

(待って、行かないで。私のことを本当にママだと思ってくれているなら、家族と思ってくれるなら、私だってあなたたちに伝えたいことが――)

 しかし、楠葉が頭を整理する前に目の前で物事は目まぐるしく変わっていく。


「燃えた!?」


 苦埜の手を取ったチリとララの手が赤々とした火を生み出し、どんどん大きくなり、炎となっていく様子を目の当たりにした楠葉は思わず声を上げた。煙のない炎は、間違いなく3人の妖怪の手を焼いているはずなのに、木蓮のような匂いを漂わせた。まるでそのまま、安らかに眠れと言わんばかりの香りをその場に充満させて。


「ありゃ狐火だ。だが、本来は青いはず。赤の場合は狐自身も燃やす九尾の中でも最強の火力技だ。苦埜の野郎に使うのはまだしも、なんであいつらまで燃えるような火を使ってんだよ馬鹿野郎!」


 何が起こっているかまだ状況が飲み込めない楠葉に手短に説明するように言ったのち、貫はチリとララの行動に対して吐き捨てるように言葉を発した。貫自身も、チリとララの意図が全く汲み取れず混乱しているようだった。


「止めなきゃ、いけない」


 このまま見ているままであれば、一生後悔してしまう。

 そんな予感が過った楠葉は自分の動かない足元を見た。


「これ、何か光ってる! 私ならこれを解除できるかもしれない!」

「出来ればお前には無理してほしくねぇが、すまねぇがやれるだけやってくれ!」

「わかった!」


 楠葉は素早くしゃがみ込み、光っている足元に手を触れた。

 刹那、地面が揺れる。


「う、今度は何!?」


 しゃがんだおかげで楠葉は地面に手をついた状態で体勢を保つことが出来たが、かなり大きな縦揺れが起きた。さすがにその大きな揺れが自然に起きた地震とは思えず、顔をあげた楠葉は。

 さっきまでなかった巨大なものを目にした。

 巨人が通れそうなほど大きく真っ赤な鳥居。

 そこに重苦しい鉄の扉が現れた鳥居の隙間全体を埋めていた。

そして扉を認識した瞬間、ギギ、と重い音をたてて門は両開きに開け放たれ。

 その中にどこまでも白い闇が続いている亜空間が渦を巻いている様子をその場に居る者たち全員に見せつけた。

 その門の姿は楠葉が普段から読み漁っていた様々な書物の記憶の中に類似していた。


「まさか、地獄の門……!?あれは、書物で何度か見たことあるけど、本当に実在していたなんて」


 楠葉の言葉に「オレも存在は知っていたが流石に現物を見たのは初めてだ」と貫も言い、目を見開いて凝視していた。その様子は貫らしくなく、目の前のものが信じられないとばかりに驚愕に満ちていた。

 しかしすぐにハッとしたように顔を強張らせ、何かを察したような様子を見せた貫は素早く楠葉へと視線を向けた。


「急げ楠葉!あいつら、行くつもりだ!」

「え、どこに?」

「あの門の中だ!」


 門の中。

 その言葉で貫が何を察したか理解した楠葉は一気に青ざめる。


「やだ、嫌よ。嘘でしょ、なんでそんなことするの!早く消えて!」


 楠葉は両手を地面につけ、白く光る絵のような文字のような模様に「消えて、消えろ!」と必死に念じた。強く念じたのが功を奏したのか、パンッ、とクラッカーを鳴らしたような音と共に白い光は消え失せ、貫がよろめいた。


「よくやった!」


 貫はそれだけ言うとすぐにチリたちの元へ走り出した。

 楠葉も立ち上がってその後を追いかけようとするが「ゴホッ」と咳き込み思わず片手で口を覆う。妙に心臓が早鐘を打ち、ぐわんと視界が揺れたことから楠葉は自分の身体に異変が起きていることに漸く気づいた。そして、口から離した手にべっとりと赤黒い液体がへばりついているのを見てしまった。


「え……」

「!? 楠葉、どうした!」


 鼻のいい貫は楠葉の血の匂いにすぐさま気づくと走っていた足をキッと、少し滑らせながら止め、素早く反転するとふらりと倒れこみかけた楠葉を受け止めた。


「くそ、力の限界か。すまん、無理をさせすぎた」


 貫がギリっと歯を食いしばる。

 その顔は自分の考えが甘いことを悔しがっているのがよくわかる表情だった。

 楠葉としては見たことのない心から悔やんでいるような貫の表情に、楠葉は驚きつつも、自分の身体の異変を言い当てた貫の言葉で自分に何が起こっているのかを察した。

 苦埜を封印した後、楠葉の身体は妖怪化し、そして今チリとララが強い力で生み出した縛り付ける結界のようなものを無理矢理解いた。いくら妖怪の血が入っていて普通の人間ではない楠葉とはいえ、ほぼ普通の人間と変わらない存在だ。この短時間でここまで身体に負担をかければ体の中がボロボロになっていたとしても不思議ではない。


「ごめ……ゴホッ。私は放っておいて……チリと、ララを……」


 楠葉は貫に身体を預けながらもなんとか言葉を紡いだ。

 自分の状況よりもとにかく双子のことが心配で仕方なかった。けれど貫としては楠葉を助けにここまで来たという名目があるが故、そう言われても放っておくなんてことはできなかったようだ。


「お前を放っておくことなんてできるか。オレにとってお前は誰よりも――」


 貫の言葉は途中で途切れた。

 それは、ボォ!、と炎が爆ぜる音がしたからだ。

 ハッと楠葉と貫はチリとララたちの方へを視線を向けた。


「あ……ダメ……!」


 楠葉の視界はかすんでいたが、その中でも苦埜だけでなく、チリとララも共に赤い炎に全身を覆われゴウゴウと燃えている様子が見えていた。その衝撃的な光景に必死に言葉を紡ぐも、一度吐血してしまった口の中は鉄の味で満ち、喉も何かが詰まっているようで上手く言葉を紡げなかった。


「一体何が起こってんだ……!」


 貫にとっても信じられない光景だったようで、珍しく声が震えていた。


「待て、チリ!ララ!お前ら何する気だ!!戻れ!!!」


 咄嗟に貫は声を張り上げる。

 チリとララが、白い亜空間に向かって足を踏み出したからだ。

 一瞬、迷うように双子は止まった。

 しかし、振り向くことはなかった。


「いや、待って……!」

(身体がボロボロで思うように動かない。なんでこんな時に私は役立たずなの?)


 もどかしい気持ちを抱きながら、楠葉は振り向かない小さな双子の背に向かって手を伸ばす。

 しかし、その手が届くはずもなく。

 貫と楠葉の目の前で。

 まずは苦埜が苦し気な叫び声を上げながら門の中へと消え。

 次に、チリとララが音を発さず白い亜空間の中に吸い込まれて、消えた。

 そして重苦しい音を立てながら鉄の扉が閉じ、鳥居は白い光の粒子となって存在を消していく。

 その様子を貫と楠葉は、鳥居が存在していた場所に手を伸ばしたまま、目を見開き呆然としていることしかできなかった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?