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第13話~貫の視点11~

 意味が分からなかった。

 楠葉が元に戻り、チリとララも喜んで抱き着いて来て、後はもうオレたちが過ごしていた家に帰るだけだった。

 小さくなって出てきた真っ黒な苦埜をオレが排除するだけで全てが終わると思っていた。

 ただ、苦埜の姿があまりにもチリとララに酷似している事に気づいて、オレは戸惑ってしまった。

 すぐに排除すべきだったのに、その戸惑いでオレの行動は一歩遅れてしまった。

 きっとそのせいだ。

 そのせいで気づけなかった。

 まさか抱き着いてきた時にチリとララが、その場にオレと楠葉を縛り付ける封印の輪を足元に刻み込んでいたことに。


「ふざけんじゃねぇよ」


 何とかして動こうとしたが、そんな暇もなく目の前の光景がどんどん変わっていきやがる。

 あの鳥居は見たことがある。だけど思い出せねぇ。

 なんだった?

 ただ、見ているだけで嫌な感じがする。

 少なくとも、オレたち妖怪にとってその鳥居の存在、いや、鳥居の中に現れた門が開かれた中身を見た瞬間、それは触れちゃいけねぇもんだと直感でわかった。

 そのタイミングで楠葉が言った。


「まさか、地獄の門……!?あれは、書物で何度か見たことあるけど、本当に実在していたなんて」


 その言葉でオレも合点がいった。

 存在だけは聞いたことがあるものだ。


「オレも存在は知っていたが流石に現物を見たのは初めてだ」


 言いながら、オレは思い出していた。

 確か、陰陽師しか使えない最大技、地獄の門だ。

 だが、何故それを九尾が使える?

 いや、待て。

 チリとララは確か苦埜を倒す為に生まれたと何度も繰り返していたはずだ。

 つまり、あいつらが言っていたお母様、楠子から何か力を貰っていた可能性が高い。

 だけどそれじゃあ、まるで楠子が。


(あいつらが苦埜を道連れに死ぬために産んだみてぇなもんじゃねぇか……!)


 少し前のオレだったら何も思わねぇし、自分一人の力じゃ始末できねぇ敵相手であれば捨て駒として使えるもんがあればその方が都合がいいし楠子の行動に納得していただろう。

 だが、今のオレには許せなかった。

 この感情の意味はよくわからねぇけど、胸の奥から湧き上がるモヤモヤとした熱い怒りを感じずにはいられなかった。


「急げ楠葉!あいつら、行くつもりだ!」

「え、どこに?」

「あの門の中だ!」


 オレの言葉に楠葉も何が起こるか察したようだ。

 急いでオレたちの足元にある動きを封じる封印の輪に両手をバン!と打ち付けた。

 一か八かで楠葉に頼んだが、流石オレの見初めた女だ。

 封印の輪が爆ぜて消えた。


「よくやった!」


 オレは走りだした。

 とにかく早くあいつら双子を止めないといけねぇ。

 だが、オレの足が反射的に止まった。

 楠葉の方向から血の匂いがしたからだ。

 オレの中で憤って沸騰しかけていた血の温度が一瞬にして下がるのを感じた。

 慌てて振り向けば、咳き込み吐血する楠葉が見えた。

 ふら、とよろけて倒れそうになる楠葉。

 オレはすぐに楠葉の元へと駆け寄り、地面に倒れる寸前で何とか受け止めることが出来た。


「くそ、力の限界か。すまん、無理をさせすぎた」


 オレとしたことが、楠葉の身体に限界がくるのは当たり前だと考えるべきだった。

 苦埜を封印し、その後妖怪化し、先ほど元に戻ったばかりの楠葉。

 しかも人間の時間としては数か月以上飲まず食わずで苦埜にこの場に閉じ込められていた。

 幸い楠葉の血の中に九尾の血が流れているお陰で生きてはいるが、オレという純粋な妖怪とは違いほぼ普通の人間と変わらない。心臓を貫かれれば、死ぬ。不死身じゃない存在なんだ。

 チリとララの行動に嫌な予感を覚え緊急事態だと思ったとはいえ、楠葉に無理をさせるべきではなかった。


「ごめ……ゴホッ。私は放っておいて……チリと、ララを……」


 それでも楠葉にとってはチリとララを助けてほしい一心なのか、口端から血を滴らせながらもそう言った。

 馬鹿野郎。

 そう言われてお前をオレが放っておけるわけがねぇだろ。


「お前を放っておくことなんてできるか。オレにとってお前は誰よりも――」


 大切だから。

 その言葉を楠葉に伝える前にオレは言葉を止めざるを得なかった。

 背後で炎が爆ぜる音が聞こえたからだ。

 慌てて振り向いて見れば、苦埜が苦悶に塗れた声を上げながら燃えていた。

 それはざまぁみろと思ったさ。

 むしろもっと苦しみやがれと思った。

 だが、チリとララは違う。


(なんでお前らが同じように燃えていやがんだよ!)


 オレの視界には、チリとララも苦しそうにしている様子が映った。

 それなのに、アイツらは互いの顔を見合って幸せそうにニッコリ笑ってやがる。

 絶対に、そんな場合じゃねぇはずなのに。

 何考えてんだよ。

 何してんだよ。

 何をしようとしてんだよ!


「待て、チリ!ララ!お前ら何する気だ!!戻れ!!!」


 苦埜が白い亜空間に放り込まれた。

 それはいい。

 痛みと苦しみに泣き叫びながら放り込まれることに関してはどうでもよかった。

 むしろそうされるべき存在だ。

 だが、チリとララは苦埜をその中に放り込んでいるのに苦埜から手を離さなかった。

 なんでだよ

 離せよ

 放り込めばいいだけだろ?

 そう出来ない理由でもあるのか?

 オレは地獄の門について何も知らない。

 ただ、陰陽師が使う最大の技であることを聞いたことがあるから、何か犠牲が必要なのだろうとぐらいしか予想がつかない。

 もしや、それがチリとララそのものの存在だとか言うんじゃねぇだろうな?

 オレのその予想は当たっている気がした。

 実際、チリとララは一瞬足を止めた。

 だが、何かの迷いを振り切るようにそのまま門の中にある白い亜空間へと足を進めた。

 全てを捨てる覚悟が出来たとでも言うように。


「いや、待って……!」


 楠葉が叫んだ。

 吐血するのも構わず。

 だがその声すらも双子を止めてくれやしなかった。

 2人は、オレたちの目の前で。

 苦埜と共に、白い亜空間の中に消えた。

 そして、重い門の鉄扉は閉じられ、亜空間は見えなくなった。

刹那、役目を果たしたとばかりに鳥居は白い粒子となって一瞬にして消えてなくなった。

 必死に気配を探ったが、もうそこに、チリとララはいなかった。

 言葉にできない空しさが、オレと楠葉の間を風の音となって通り過ぎるだけで、オレたちはただただ茫然と鳥居のあった場所を見つめ続けるしかなかった。



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