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第15話~貫の視点12~

 本当は無理なんてさせたくなかった。

 だから必死に頭を回転させて辺りを見回し、どこか綻びがないか探して、なんとかオレの力でどんどん歪んでいく異空間から脱出しようと試みたが、何も思いつかなかった。

 オレの力じゃ何もできないと悟ることしかできなかった。

 命をかけて脱出をしても、途中でオレは意識を失う可能性が高かった。その間、抱きかかえた楠葉はどうなる?オレが例えすぐに生き返っても、一瞬の間でも抱えている楠葉を離してしまえば、何が起こるかなんて想像もしたくねぇ。

 だから、楠葉の力に頼るしかねぇという答えにしかたどり着けなかった。


(クソ情けねぇ)


 そうする以外の方法を何も思いつかなかい自分に悪態をつくしかできないことも、自分に対して腸が煮えくり返るほど苛立った。

 その代わり、何があっても、何が起こっても。

 絶対に楠葉を離さないという固い意志を持って楠葉を抱きかかえ、伸ばされた手をしっかりと掴み繋いだ。


「今の状態なら、殆ど力を使わず出来る気がする」


 楠葉はそう言って、オレに笑った。

 その笑顔を信じるのが、今のオレに出来ることだ。

 手をしっかり握りしめて、楠葉を強く抱きかかえた。

 楠葉が大きく息を吸い込む様子が伝わった。


「ハウス!!」


 ああ。

 あれだけ鬱陶しいと思っていた言霊を聞くのが懐かしいと思えるなんて、一体オレはどうしちまったんだろうな。

 いつもなら「ちくしょう!」と悪態をつくオレだが、この時だけは思わず笑ってしまった。

 楠葉が戻って来た、という実感が出来る言葉だったってこともあるかもしんねぇ。

 そんなことを思っていたら、すぐに、言霊の力は発揮された。

 オレと楠葉の指を結ぶ金色の糸がふわりと目の前に浮かび、長さを伸ばし、オレたちを覆うように周りを優雅に舞い始めた。

 糸が踊っている。

 そんな印象を抱く光景だった。

 思わず魅入っていると、カッと金色の強い光が眼球に直撃した。

 その眩しさにはたまらず目をつむりオレは「う」とうめき声をあげてしまった。

 だがそんなことに怯んで楠葉を離すわけにはいかない。

 楠葉を抱える腕には力をこめた。

 一瞬、謎の浮遊感があった。

 天と地もわからない、異空間に放り込まれたような感覚だ。

 それはオレが封印される瞬間と似たような浮遊感がありあまり心地いいもんではなかった。

 だけどそれは、オレにとってかなり馴染みのある感覚だった。

 数秒、それに耐えて楠葉を抱く腕に力をこめていた時だ。


「い、いたい……」


 胸の中で楠葉が呻いた。

 オレはその声にハッと目を開け辺りを見回した。

 目の前に広がるのは、あの苦埜が作り出した空間ではなく。

 楠葉と結婚式をあげてからずっと過ごしてきたオレと楠葉の部屋だった。


「戻った……のか」

「うん、ひとまず、成功」

「ハハ……とりあえず、ひと段落ってとこか」


 ずっと楠葉のことを思って気を張っていたせいか、馴染みある部屋で楠葉の声を聴くと安心感に包まれると共にどっと疲労感が押し寄せてきた。不死身のオレは滅多に味あわない感覚だ。オレでこんな状態なのだから、楠葉も同じくどっと疲労感が押し寄せてきたのだろう。ほぼオレと一緒に、抱き合って手を繋いでいる状態のまま、膝からすとんと畳の部屋に崩れるように座った。

 そこで俺は、妖怪化した時に真っ白だった楠葉の髪がいつの間にやら馴染みある黒髪にすっかり戻っていることに気づいた。簪やゴムで結われることなく、背中に全部流し落としている姿はあまり見ない。新鮮であると共に、どこか輝いて見えるその黒髪をすくいとり、オレはそっと口づけた。

 数か月ぶりの楠葉は、変わらない甘く優しい匂いを纏っていた。


「髪、もどったな」


 安心する匂いに思わず鼻先をそのままこすりつけていると、楠葉は「ほえ!?」と間抜けな声を上げたが、オレの行動に対して拒否は示さなかった。代わりに「もどったって、どういうこと?」と尋ねてきた。


「ああそうか。妖怪化した時の記憶はねぇのか」

「そういえば、私妖怪化したんだった、のよね。うん、記憶というか、意識は苦埜と一緒に閉じ込められていたから、妖怪になった私が何をしたかは何もわからないわ。……その、傷つけて、なかった?」


 自分の心配よりオレの心配をするところが、やはり楠葉らしいといったところだろうか。

 オレの頬を不安げに触れてくる様子に、思わず口角が上がってしまうのをオレは自覚していた。

 離れていた時はあんなに心がざわざわして仕方がなかったのに、実際に目の前にいるのを実感すると全身が凪のように落ち着いていた。


「オレは不死身の最強狸妖怪様だぜ?お前の見ての通り、どこにも傷はねぇよ。それよりお前こそ身体は大丈夫か?この黒い髪が真っ白になってたし、爪とか肌も変わっていた。身体能力も、流石九尾の血が入っているだけあるとオレも驚くものだった。それに、楠葉の意識が戻った後も暫く髪は白かった。それだけ人間としてのお前の身体には負担がかかってたってことになる。それなのに言霊を使わせちまって、すまねぇ」

「え、私の髪って白くなってたんだ!?それじゃあ、昔の楠子様みたいになってたってことかな?わぁ、ちょっと見てみたかったかも」


 オレが身体の負担を心配して謝ってるってのに、何故か楠葉は自分の妖怪姿が楠子に似ていたかもしれないことに興味を示しやがった。そこを気にするのかよ、とオレは身体の力が抜けるのを感じた。


「お前は本当……数か月も誘拐されて命の危険だったっていうのに」

「時間の感覚はわからなかったけど、そんなに経っていたのね。あんまりそんな実感はなかったけど、ずっと、私を探してくれていたって事よね?」

「当たり前だろ。特にチリとララが――」


 そこまで言ってから、オレはハッと辺りを見回した。

 楠葉も同じことを思ったのだろう。

 もしかしたら、チリとララも一緒に戻ってきているのではないかと。

 むしろ、先にこの部屋に戻るためにあの門を飛び込んだのではないかと。

 だが、この部屋のどこを見渡しても。

 オレたち以外の存在はいなかった。


「貫」


 服の裾が引っ張られると共に名前を呼ばれたオレは、振り返る。


「私、諦めたくない。それに、凄く嫌な予感がするから、急ぎたい。今、まだ動けるから。私、2人を探したい」


 オレの服の裾を掴む手は震えていた。

 こうやって少しでも力を入れて、そして言葉を発するのもしんどいはずだ。

 吐血をした跡も、口の端に残っている。

 本当はすぐに休ませてやるべきだろう。

 そうわかってはいても。

 こんな泣きそうな顔で言われて、ダメだ、なんてオレには言えなかった。

 何より、オレも嫌な予感がしてたまらなかった。


「倒れたら終了だ。だから倒れないギリギリまで、探そうじゃねぇか。オレたち2人なら、無敵だろ?」


 オレがにっと笑ってやると、楠葉の顔がパァっと輝いた。


「うん!」


 目の端に涙をためて。

 心底嬉しそうに笑う彼女。

 守れてよかったと、オレの表情も緩んじまっていただろうな。




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