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第18話

『『チリとララなの』』


 小さな子狐妖怪の双子は、少しでも自分たちが大きく見えるように目一杯両手を上にあげて存在をアピールして言っていた。


「これ、チリとララが現れた時の光景、かな?」

「だな。ということはだ。オレたちは今、過去を覗いている状態だ」


 周りは相変わらず貫が出現させた白い霧で覆われているが、その中にチリとララの姿がぼんやりと浮かんでいた。何度も見た、可愛らしい後ろ姿を楠葉は思わず凝視していた。


『チリがチリなの』

『ララがララなの』


 自己紹介している2人の後ろ姿を見ながら、切ない気持ちがこみ上げてきた楠葉は胸元の服をぎゅっと握りしめた。

 すると、気づけば隣に立っていた貫が楠葉の空いている手をぎゅっと握りしめてきた。その温もりにほんの少し落ち着きを覚えた楠葉は、何かあった時に備えてということも含めて強く手を握り返した。


「触っただけで出会った時のが見れるって事は、もっと昔に遡ることも可能じゃないか?」

「そんなことできるの?」

「できるの?じゃなくてよ。一番出来そうなのはお前だと思ってオレはお前に聞いているんだが?」


 貫にそう突っ込まれて、楠葉は確かに、と納得した。

 実際、楠葉に数々の過去を見せてくれたのは楠子であり、九尾であった葛だ。

 苦埜もその能力を使え、かつ土台に触れるだけでチリとララの過去を見られるということは、つまりは九尾の力には過去を見せる能力があるということになる。少なからずその血が流れていて、先祖返りと言われるほどの力が楠葉に備わっているのであれば。

 楠子のように、見たい過去を見られる可能性がある。

 その人物に関する強い場所と、物さえあれば。


「わかった。やってみる」

「くれぐれも無理はしすぎない程度でな」


 楠葉は深く息を吸い、吐いた。

 そして、目の前にモヤのようになって動き話し続けているチリとララに手を伸ばし、触れた。


「見せて。2人がどうやって生まれて、ここにいるのか」


 伸ばした手は何も触れてはいない。けれど、空気の中にある糸を掴むような不思議な感覚を指先に感じていた。その感覚を逃さないように意識を集中させながら楠葉が問いかけると、フッと2人の姿が消えた。


「あ……」


 失敗して、むしろ消してしまっただろうか?

 その不安に苛まれ楠葉は思わず一歩後ずさり、青ざめながらすがりつくように貫にしがみついた。

 だが、その不安はすぐに拭われた。


『あなたたちの力が必要な時が必ず来るの』


 双子が消えた場所に現れたのは、楠葉と同じ巫女装束に身を包んだ女性。

 その姿は楠葉にも見覚えがあった。


「楠子だ」


 貫がその答えを告げると、楠子はその場にしゃがんで、言った。


『それまで、この神社を見守る神として鳥居の傍で見守っていてほしい。お願いね』

『母様の為に頑張るなの』

『なのなの』


 声が聞こえると共に、楠子の視線の先にチリとララが現れた。


『平等に力を分けてあげられなくてごめんね』

『大丈夫なの。チリは説明役でララが力役なの。チリとララを目覚めさせた巫女を母様と同じくらい強くするためにする役目があるとわかっているなの。2人で1つだからチリとララがずっと一緒に行動しておけば大丈夫なの。もし離れてもテレパシーでお話できるから大丈夫なの』

『なのなの』


「2人の言葉に違いがあったのは、こういうことだったのね」

「みたいだな。つーか、あいつらテレパシーができていたのか。双子だからと思っていたが、道理で息が合うわけだ」

「チリとララは、離れていても常にお互いで意思疎通が出来ていた、ということなんだ」


 言いながら、チリとララについて知っていることが少ないことに改めて気づかされた楠葉は、どうしようもなく寂しいような切ないモヤモヤとした気持ちで心が覆われていくのを感じていた。

 貫はそうでもないのか、じっと3人の様子を一挙一動見逃さん、とばかりに見つめ続けていた。

 ふと、楠子が立ち上がり、上の方へ指先を向けた。


『ここに、妖怪が封印されているの』

『チリとララと同じなの?』

『なの?』


 つられて振り向いた楠葉の視界に鳥居が映った。

 貫も同じように見たのだろう。隣で「オレを封印した後の会話か」と苦々し気に呟いていた。


『この妖怪は、あなた達を目覚めさせてくれる巫女と結ばれる妖怪だから、一応守る対象なの。でも、不死身の妖怪だから、生きていたら特に扱い方は気にしなくてもいいわ』

『いじめてもいいの?』

『あそんでもいいの?』

「おいこら何言ってんだてめぇらは」


 過去の様子に突っ込んでも意味がないのに、額に青筋をたて口角をひくつかせる貫。

 その様子に、楠葉は思わず吹き出してしまった。


『あなた達を目覚めさせてくれた巫女が悲しまない程度であれば、大丈夫だと思うわ』


「え」


 楠子が発した言葉に思わず楠葉は声を上げてしまった。

 その時の楠子の顔はとても優しく慈愛に満ちた微笑みを浮かべていて、その瞳の奥は何もかもを見透かしているような様子が伺えた。けれど、その優しさの中に。申し訳なさそうな表情が垣間見えたのを楠葉は見逃さなかった。


『それじゃあ……ゆっくり、おやすみなさい』


 そう言って、両手をチリとララに掲げる楠子。

 すると、2人は白い光に包まれながら変貌を始めた。

 葛葉神社のある狐像へと。


「……楠葉。もっと、遡れるか」

「私も、見たいと思った。やってみる」


 楠葉は静かになった目の前に向かって、再び手を掲げた。

 指先に力を集中させると、金色の糸がふわりと目の前に伸びて揺れ、その場所にある記憶を探るように右往左往し始めた。


「お願い。もっと見せてほしい。2人は、何を抱えていたの?」


 そう問いかけると、再び貫と楠葉の眼前に白い光がパッと爆ぜた。

 そうして現れたのは。

 桃色の瞳をもつララと水色の瞳を持つチリではなく。

 白い髪と赤い瞳をもつ子狐妖怪だった。



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