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第26話

 葛葉神社の鳥居は、本来黒い。

 でもそれは、貫が封じられていたからだった。

 貫の封印が解かれてからは、鳥居は赤くなった。いきなり色が変わると人間は驚くから貫が幻術で黒くしていたが、今は本来の赤さを楠葉達に見せていた。その鳥居に貫が手を添えた瞬間、鳥居の中が金色に輝き始めた。

 楠葉と貫を結ぶ金色の糸そっくりに。


「綺麗……」


 これまでの楠葉の人生の中で、糸に関して以外は不思議な光景を怒涛のように何度も目にした。

 だがそれは禍々しいものが多く、常に恐怖が楠葉に纏わりついていた。けれど、今はどうだろうか。貫の力により鳥居の中に現れた金色の光は、ずっと見ていたいと思う程目を奪われる美しい輝きを放っていた。

 そして、その光の威力が落ちると共に。

 チリとララが出現させた地獄の門そっくりの鉄扉が鳥居の中に現れた。


「すごい、本当にできた!」

「結構きついけどな」


 楠葉が感動の声を上げるも、鳥居に手を添えている貫の声はどこか苦しげだった。ハッとして貫の方を見た楠葉は、その額にびっしりと脂汗が浮かんでいるのに気づいた。珍しく苦しそうな様子に楠葉が「貫、大丈夫!?」と駆け寄るも、貫は「かまわん」と首を横に振り鉄の扉の方を見据えた。


「どうりで主がいねぇわけだ。主になる前に死ぬからだな。こりゃぁ、そんじょそこらの妖怪じゃあ全部持ってかれるわけだ。だが、オレなら大丈夫だ」


 スー……フーー、と貫は大きく深呼吸を繰り返したのち、「うらぁ!」とらしくない大声を放つと、鉄の扉が両開きにギギ、と音を立てて開き始めた。


「開いた!」

「よし、主にはなった。入れるか!?」


 貫は相当余裕がないのだろう。先ほどまで優しくかけていた声は余裕のない苦しげなものになっていた。楠葉はこれ以上貫に負担をかけないよう、視界に入った真っ白な世界にすぐ入ろうと手を伸ばした。

 しかし、白い靄の部分に触れた瞬間。

 バチ!と音がして、楠葉の手は弾かれた。


「いたっ」


 指先に走る焼けこげるような痛みに思わず悲鳴が漏れる。実際に指を見て見れば、黒い焦げ跡のようなものがついていた。


「ちっ、前の主の狐火が残っているみてぇだな。しゃーねぇ、一か八かやってみるか」


 貫はフーーと深く息を吐くと、空いている手の指を2本立て、ポンっと大きな葉っぱを出現させた。それが浮遊している間にぴっと指で挟んで取ると「化ケロ」と楠葉には辛うじてそう聞こえる言語を放ち、葉っぱを楠葉に向けて投げた。


「え、わ、わ!」


 鋭く投げられた葉っぱに驚き思わず両腕で顔をかばうようにした楠葉は、ポンっと聞き覚えのある煙が出現する音を聞いた。

 刹那、自分の身体が全て金色の光に覆われていることに気づいた。


「こ、これは?」

「一時的の幻術だ。5分だけお前は妖怪として入れる術をかけた。触れて痛みがなければ一気にいけ。こっからは時間との勝負だ。正直、5分もつかも怪しい」

「わ、わかった!」


 肩で息をし始めている貫に切羽詰まった状況だということが伝わった楠葉は、貫の言葉を全面的に信じて門の中へ入った。本来なら指先をもう一度中に入れて確かめるべきなのだろうか、時間がないのなら貫を信頼して一気に進めるのが一番だという判断だった。それに対し「お、おい!」と貫も楠葉の大胆すぎる行動に流石に焦った声を上げたが、楠葉は白い闇に満ちた世界に痛みを感じることなくすんなりと入ることが出来た。


「チリ、ララ!」


 白しか見えない世界で楠葉は叫んだ。

 全く前が見えない。

 視界が悪すぎて自分の手元ぐらいしかわからない。

 これでは求めているものを探すどころの話ではない。

 時間が限られているのにどうすればよいかと楠葉が焦りを感じていると、青い光が見えた。

 一目見て、それが狐火なのだと分かった。

 青い光の横に、桃色の光。

 その奥に、黒い光。


(黒いのが……苦埜だ!)


『開いた門の中に楠葉が入って苦埜を消滅させて、チリとララを救い出す』


 貫の計画を思い出した楠葉は黒い光に目指して駆けだした。


「あぐぅ……ぁぁああ……助けろぉ……私を、助けろぉおお!」


 黒い炎に包まれながらも、身体のあちこちをかきむしりながら必死に生き延びようと抵抗する苦埜の姿は例え幼子の姿と言えど、不気味さを纏っていた。


(戸惑っている場合じゃない、怖がってる場合でもない。私がこいつを滅するんだ)


「お前は、クスハか」

「そうよ」


 まだまともに喋れる気力はあるらしく、苦埜は苦しそうにしながらも黒い瞳をギョロリと楠葉に向けた。


「つまり今、開いているのは、そうか、あの神社か」

「はは、あそこの門なら」

「私は、出られる。よくやったぞ」

「やはりクスハは私のもの」


 怒涛に言葉を連ねる苦埜に恐怖を感じないというのは無理な話だった。

 だが、あの神社、という言葉と、巻物やチリとララが今まで行ってきた行動や言動、様々な過去の映像を見たことから楠葉は全てにおいて答えを導き出していた。


「そうね、きっと葛葉神社はあなたのために葛が作ったものだわ」

「な、に?」


 苦埜にとっては予想外の返答だったのだろう。

 戸惑う苦埜の間抜けな姿を始めて見た楠葉は、急に緊張感や恐怖心が抜けフッと自然に微笑んだ。

 楠葉が存在していて、葛葉神社が存在している理由は、全て。

 意味があるものだったと、苦埜を見て改めて確信したからだ。


「苦埜。楠子様が葛の名前を神社に残したのは、きっとあなたに見つけてもらうため。どうせ見つかるとわかって、作り上げた楠子様の力の結晶が鳥居と神社」

「は……?ナニヲわけわからぬことを……?」

「そして、全てを引き継いだ私はあなたを葬るための存在。妖怪と人間の血を混ぜた唯一無二であり、人間の中で唯一妖怪に対抗できる存在、巫女の篠宮楠葉よ。だから私はあなたに屈して妖怪にならなかった。例えなったとしても、私が愛する人が私を戻してくれる。運命でつながった人だけが必ず戻してくれるとわかっているから、私はあなたを滅するためにここにいる」

「滅する?はっ、何を言っている!私は最強だ!不死身だ!死ぬことなどナイ!」

「普通の場所ならね。でもここは地獄の門の中だから」

「地獄の門?……!マサカ、マサカ!」

「やっぱり、あなたも知っていたのね。それじゃあ、さようなら。別れの言葉はこれだけで十分よね?」


 一度覚悟が決まればどうってことはない。

 門の中に入るまではどうやって滅すればいいか分からなかった。だが、苦しむ苦埜を見た瞬間、楠葉の頭の中には自然と言霊が浮かんでいた。

 だから後は、唱えるだけだ。

 楠葉は両手を合わせ、息を吸った。


 “なべなべそこぬけ”

 “そこぬけの時来たりけり”

 “かえれかえれ、全てを底に”

 “なべなべそこぬけ”

 “二度と浮かばぬ底となれ”


「待て、まてぇええ!ああああああああ!」


 唱えている間にも苦埜の悲鳴は響いていたが、楠葉は浮かんだ祝詞を唱え切った。

 刹那。

 苦埜の声は消えた。

 姿もない。

 楠葉が唱え終わると共に、音もなく姿を消した。

 これが、消滅という現象なのだろう。

 まるで、そこに最初から何もいなかったかのように、苦埜の目印として見ていた黒い光さえもそこにはなかった。


 呆気なくはあったが、これで苦埜の消滅は終わった。

 後はこの場からチリとララを助けるだけだ。

 楠葉は先ほど目にした桃色の光と水色の光の方へ視線を移動させた。


「チリ!ララ!」


 叫んで、駆け寄り。

 楠葉は息を飲んだ。


 半透明となって今にも消滅しそうな2人の姿に。




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