「チリ、ララ……!」
衰弱しきり、ピクリとも動かない双子の姿に楠葉は両手で口を覆い思わず膝から崩れ落ちる。
到底、助けられると思えるような姿ではなかった。
「楠葉、見つけたなら早く出てこい!」
その時、貫の怒号が飛んだ。
そこでハッと我に返った楠葉はパシ!と両頬を強くたたいて立ち上がると「今行く!」と叫び返してチリとララを両脇に抱えた。
軽い。
いや、最早持っているかどうかもわからぬほど重さや感覚がない。
本当に2人とも消えてしまうのではないかという恐怖と戦いながら、楠葉は門の外へと足を踏みだした。
「あつっ」
ジュッ、と音がして楠葉のつま先が焼けた。
その痛みに反射的にチリとララを落としてしまい、足の痛みからよろけてしまった楠葉は門の出口の方へ倒れこんだ。しかしその時は何も痛みを感じることなく上半身はすんなりと出た。
「え……なにこれ」
「何があった!?チリとララは!?」
「見つけたわ!でも、抱えて出ようとしたら足が焼けて……それで私が倒れちゃったんだけど、私だけなら出られたの。これは何が起こっているの?」
「すまん、オレもよくわからねぇ。とにかくチリとララの様子はどうなってる!?」
「今にも消えちゃいそうなの!どうやって出したらいいか……!」
“主になりたくば形を失え”
楠葉の悲痛な声を聴いた瞬間、その言葉が頭に過った貫は何か察したように顔を強張らせ、ハッと自嘲した。
「つまりは、オレが主になり切れていねぇって事だな。わかった」
貫はまた葉っぱを出現させると、今度は2枚楠葉に向かって放り投げた。
「流石にオレが出来るのはそれが限界だ。それにチリとララを包んで出てこい!いそげ!」
「わかった!」
葉っぱを受け取った楠葉はすぐに門の中へ戻るとさらに薄くなり始めているチリとララを包んだ。
全く感覚がないことに、少しでも油断してしまえばこの門の中に落としてしまいそうな恐怖が渦巻くのをぐっとこらえ、大切に2人を抱きかかえながら楠葉は門の外へ勢いよく飛び出した。
「出れた!」
そう叫んだ瞬間。
チリとララが門の方へぐんっと引っ張られた。
「え、これはなに!?」
「くそ、門が開いたままだとダメってことか! “妖怪の全てを封じる門”が地獄の門だ。一度入った妖怪の脱出を許さねぇんだろ」
「そんな、どうすれば……!」
「あわてんな。オレが何にも対策を考えてねぇ訳がねぇだろ」
「え?」
「妖怪としての力を全て注げばいい。そうすれば完全な主となったオレの権限で2人も地獄の門に引きずられることもねぇ。それに妖怪としての力を振り絞って出せば妖怪としての主もなくなる。おそらくこれが“主になりたくば形を失え”、だ。ま、妖怪だと逆にオレも引きずられちまうからその方が都合がいいしな」
「え……え?貫、貴男一体、何をしようとしているの?」
「最強の妖怪になるよりも、大事なものが出来たからな。オレのやりたいようにやるだけだよ」
楠葉の困惑の声を無視し、貫は鳥居に全ての力をこめた。
「さぁ、これがこの世に唯一無二の狸妖怪様の力だ。オレが主だ!そして主と共に妖怪としてのオレは死ぬ!これならルール通りだろ?故に聞け!主のオレの最初で最後の命令だ!今後一切二度と開くな。オレが妖怪として生まれ変わるまで永遠に開くんじゃねぇ。大妖怪様からの命令だぁ!」
叫ぶと共に、髪の色が茶色から黒へと変化していく貫。
そんな貫に対し、鉄の扉は一瞬閉まることを戸惑うような仕草を見せたが、貫が放った全力の妖力に根負けしたのかゆっくりと閉じていき、そのまま金色の光の粒子となって消えていった。
その様子を呆然と見届けた楠葉は、腕の中でもぞりと何かが動くのを感じて意識を戻した。
「チリ!ララ!」
そう問いかけながら、くるんでいた葉っぱをそっとどけた楠葉だが。
「……っ」
双子の姿は、白い粒子を放ちながら今にも消えそうな様子を醸し出していた。
「だめ、消えちゃダメ!」
楠葉は咄嗟に力を使おうとしたが、何も言霊が思い浮かばなかった。
(苦埜を滅する時はすぐに言霊が浮かんだのに、なんで2人を助けるための言葉は何も浮かばないの!?)
焦れば焦るほど頭が真っ白になる楠葉は、2人がズズ……と引きずられるように動くのに気づいた。
(動いている?じゃあ2人に意識はある?でも瞼がどこも動いてないのに何故――)
その疑問はすぐに払拭された。
まだ開いている地獄の門から無数の白い糸が手のような束となって伸び、双子のあらゆる部分をつかんでそのまま再び門の中へと引きずり込もうとしているからだ。
咄嗟に楠葉は2人を抱え上げ門から離れようとするが、白い無数の手の力は強く、門の傍からそう簡単に離れさせてくれなかった。
「ダメ、絶対に連れていかせない!」
楠葉は巫女装束を纏う時草履しか履いていない。その足で踏ん張るのは至難の業だが、長年履き慣れていることもあり、楠葉は渾身の力で踏ん張りなんとか双子を死守することは出来た。しかし、ずっとその場に居続けることは門が閉じてくれない限り不可能だと感じた。
「貫!早く、門を閉じて!」
門の手とにらみ合いをしながら必死に踏ん張る楠葉は叫ぶが、貫からはすぐに返事がなかった。
まさか貫まで、と嫌な予感が楠葉の脳裏に過るが、寸分遅れて帰って来た返事は楠葉にとって最悪の言葉だった。
「このまま門を閉じてその手から離された瞬間、双子は死ぬ」