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第51話 サグメからの『お願い』

「まぁ、そうは言っても、仲間が多い方が有利そうな賭博なのは確かなようだな。どうしたものか」


 宗田そうだ千尋ちひろは、もちろん、勝ちを狙う。


 宝物遊戯──船内に隠された『宝』を見つけ、その所持数に応じた景品と交換できるというゲーム。

 聞く限り『なんでもアリ』の様子。……さすがに人死にが出るような行為はなしだと思いたいのだが、千尋が思い出すのは、遊郭領地『紙園かみその』に入った時のことだ。


 あの時、『れんたろう』とかいう男装女優を巡って、狐似の女と狸似の女が刀を抜いて、斬り合おうとした。

 その争いは千尋が間に入って止めたが……冷静に思い返してみれば、十子とおこなども特に割って入ろうという意思を見せていなかった。

 十子は人の生命をないがしろにしてまで事なかれ主義を貫くほどの冷血ではないため、あの態度は今から思い返せば、『この世界の女は、互いに相手の脳天に向けて刀を振り下ろしても、刃傷沙汰・・・・ではないのではないか』──つまり、『騒ぐほどの傷はつかないのではないか』という可能性に思い至ることができる。


 その基準で斬りかかられれば千尋だと死ぬが、女どもはそんな調子で『相手が死なない程度の妨害行為』をしてくる可能性がある。


 つまり、たとえ『人死には出ないように』といった紳士協定……否、淑女協定があったとて、千尋にとってこれから始まる宝物遊戯、死戦しせんであり死地しちに他ならない。 

 しかも千尋が全力で斬りかかろうとも、相手は死なない『死地』だ。考えようによっては、存分に技を奮える理想のいくさであると言えなくもない。


「……まァ、無勢で多勢を相手取るのも、たぎるものではある、か」

「この一瞬でどんな想像をしたのかわかんねぇが、ヤバいこと考えてるのはわかった」


 十子がげんなりした表情でため息をつく。

 千尋はいったん首をかしげ、「ともあれ」と話を続ける。


「たった二人、いや、十子殿を傷つけさせるつもりはないゆえ、一人で多数と戦うのも楽しそうではあるが──」

「………………」

「──どうした?」

「いや。……いいか千尋、男ってのはな、弱いんだ」

「そうだな。痛感している」

「それが『お前を傷つけさせるつもりはない』とか迂闊に言うな。襲われるぞ」

「む、無礼を述べたつもりはなかったが……」

「いや、無礼じゃねぇんだよ。なんていうか、こう…………他のヤツにそんなこと言うなよ。理性がないヤツの前でそんなこと言ってみろ。物陰に連れ込まれるぞ」

「理性のない手合いの前では何を言ったところで結果は変わらんだろう」

「そりゃそうだが……ああいい。いい。話を続けてくれ」

「時折不思議なことを言うな……ともあれ、だ。俺たちがここで目指すべきなのは、異形刀の回収であるというのも、心得ている。今から仲間を募るのであれば、その方針でも俺は構わぬが、どうする?」

「『どうする』ってもなぁ。どうにも開始はすぐそこに迫ってる様子じゃねぇかよ。今から新参も新参、賭場に出入りしてるわけでもなく、後ろ盾になるような思想だの派閥だのもねぇあたしらが『仲間が欲しい』ってうろついたところで、一体何人が集まるってんだよ」

「やりようはなくはないが、ハスバたらいうのより人数で上回ることはなかろうな。あれは船に乗るよりはるか前から準備している様子であった。今回の乗船券が品薄だった原因が、ともするとあの連中かもしれん。数十か、あるいは百もいるやもしれん」

「となると『一人でも多く』か、協力できねぇ連中をすっぱり諦めて『二人で戦う』か──」


 明らかに言葉の途中と思われるところで、十子が声を途切れさせた。

 口を開いたままの十子のだいだい色の瞳が、千尋の背後の方向へと動く。


 千尋は苦笑した。


「今日は来客の多い日よなぁ。遊郭領地の『星屑ほしくず』で過ごした日を思い出す」


 今度の気配は、はるか遠くからでも接近してくるのがわかるほどあからさまであった。

 というより、気付かぬ方がどうかしている。その気配が近付いてくるのに合わせて、騒がしかった周囲が静まり、どよめき、視線が触角を刺激するほどの強さで、気配に向けて注がれているのだから。


 ただ存在するだけで周囲を静まり返らせ、居住まいを正させるような、この存在感。

 もちろん覚えのある気配だ。


 千尋は振り返った。


「サグメ殿であったかな」


 振り返ると同時に述べれば、視線の先には予想通りの人物がいる。

 豪華な千早つきの巫女装束をまとった、重々しそうな衣装の重量を感じさせぬ、穏やかな、滑るような足取りで動く女。

 賭博船・百花繚乱ひゃっかりょうらんの船長にして領主。石動いするぎサグメであった。


 サグメは千尋の声ににっこりと微笑み、一礼する。

 丁寧でへりくだった所作だった。だが、相変わらず、雰囲気だけで場を圧倒している。


(恐らく、この女性も異形刀の使い手よな)


 異形刀を使う者の特有の気配、ただの手練れとも少し違う独特さを覚え始めた千尋はそう見立てている。だが、サグメは今のところ、刀を帯びているようには見えないので、実際はわからない。

 わからない、というか……


お楽しみ・・・・といったところか)


 予感がある。どこかで、彼女と剣を交えるだろう、そういう予感だ。


 サグメは丁寧な一礼を終えて、声を発する。


「いかがでしょう? 当方らの船はお楽しみいただけているでしょうか?」

「あァ、色々と面白いところだと感じ入っている。ところで、そういう丁寧な挨拶は苦手でな。わざわざお越しいただいた理由を聞いてしまいたい」

「失礼いたしました。それでは率直に。雄一郎ゆういちろう様が、あなた方と、このあと開かれる賭場で協力してことに当たりたいと仰せです」


 確かに十和田とわだ雄一郎──檻の中の男は、そのようなことを言っていた。

 だが、千尋はつい、驚いてしまった。


(わざわざ、船長自ら、俺たちのもとに来るのか……)


 子供のケンカに親が出てきたような、弟子同士のいざこざの仇討ちに師匠が出張ったような、チンピラにケンカをふっかけたらバックをちらつかされて、気にしていなかったら本当にそのバックについている裏稼業の者が出てきたかのような、そういう驚きだ。

 つまり一言で言えば、


(もしやあの男、『恥』がないのか?)


 ということになる。


 とはいえ、千尋はすぐに思い出す。


「その協力の件だが、雄一郎自ら『どこかに行け』と我らを遠ざけたぞ」

「ええ、確かに、そのように報告を受けております」

「であれば……」

「しかし、男性の本当に求めるものが、男性の言葉の通りとは限りません」

「……」

「我ら天女教、いえ、すべての女は、男性が真に欲するものを、男性に代わって考え、提供するようにしなければなりません。あなた方も女性であれば、ご理解いただけるかと存じます」

「あー……それはなんだ、『天女様のすぐ下にいるのは天使ではなく男性』とかいう考え方か?」

「いいえ。現在の天女様はそうお考えではないのです。わたくしどもの考え方は、『男性は紛れもなく弱者であり、この弱い生き物を長く、快適に生かすことこそ女性の努め。ゆえに女性はますます強くあらねばならず、男性の言葉にせぬ、己でも気付くことのできぬ真の願望を察し、叶えるため、賢くあらねばならぬ』というものです」


 なるほど、この主張であれば、『御前試合』が確かに成り立つ。現在天女が、女どもに殺し合いを強いてでも『強い女』を求めるのはこの主張に基づいて理に適ったことであり、こうして賭け代に男性を出すのも、『賭けを勝ち上る強い女であれば、弱者男性の世話ができる』という見立てゆえと思えば、納得もできる。


 理屈としては、納得もできる。


 千尋個人としては、据わりが悪いというか、苦々しい想いというか……


(確かに勝負にならんほどの性能差は感じているが、そこまで格下に見られるというのも、男としての……沽券プライドがなぁ)


 素直にうなずくしかない男ばかりというのは納得するが、男としては素直にうなずけない。


 サグメは微笑を崩さない。その黒い瞳は、千尋の奥にある『男としての葛藤』さえも見通すようでさえあった。


「そこで、あなた方には、天女教の地の民としての努めを果たしていただきたく、こうして声をかけさせていただいたわけです」

「言いたいことはわかる。しかしなぁ……」

「それとも──男性の願い・・・・・が聞けぬと、おっしゃいますか?」


(だからそれは、雄一郎の願いではなかろうに)


 サグメが言葉にわずかな殺気を込めたのがわかった。

 ようするに『お願い』という体裁の『命令』であろうことは、千尋にもわかる。


 しかし、気に入らないのだ。

 そこには雄一郎の意思がない。人の願いを勝手に妄想し、その妄想に基づいて行動しようとしているだけだ。


(雄一郎のため、というよりも、なんらかの目的があって、その言い訳に『男性の願い』を使っているようにしか聞こえぬ)


 ハスバとサグメ。

 どうにも思想的には対立している様子ではあるのだが、この二人の思想、千尋から聞けばあまり変わらない。

 自分の願望を権力のあるものや多人数といったものを主語にして押し通そうとしている、矢面に立つ気はないが大義名分は欲しくとにかく何かの威を借って自分の願いを叶えようとする、卑怯者の気配がするのだ。


 戦には卑怯も欺瞞もなんでもありだと思うし、戦いの中で卑劣を働かれたとて、それは兵法である。見事、と賞賛しながら対抗しよう。

 しかし、サグメとハスバの言い回しは剣客の卑怯ではなく、政治屋の卑怯であるように感じられる。


 千尋も前世では通名であったため、勝手に名を使われて苦々しい思いをしたこともある身。ついついこういった手合いには苦い気持ちを抱いてしまうのだ。


(……まぁしかし、考えてみれば、雄一郎、あれも憐れな男ではあるか)


 同じ男として──というのは雄一郎に言われたことだし、性別で人と人をくくることに価値など感じぬ千尋ではある。

 しかし、こうまで縁がつながってみると、なるほど、『同じ男』の立場でしか言えぬ言葉、伝えられぬこともあるだろう。


(道を誤りかけている若者に、道を示してやるのも年長者の努めと言えば、そうか)


 というわけで、千尋はサグメの言葉にこう答える。


「わかった。喜んで引き受けさせていただこう」

「ええ。きっと天女様も、あなたの善行をおよろこびになるでしょう。それでは、所定の時刻に景品展示場までお越しください」


 サグメが丁寧に一礼して去って行く。


 その背中が完全に人波の向こうに消えるまで待って、千尋は十子に振り返った。


「すまんな十子殿、勝手に決めてしまった」

「いや、ありゃあ断れねぇよ。……それよかな、あたしは、あそこでお前がサグメに斬りかかるんじゃねえかってヒヤヒヤしたぜ。よく我慢したな」

「丸腰の相手を斬るような真似はしたことがないが……」

「……そうだな。言う通りだ。どうにもお前のことを、何か理不尽をふっかけられたらすぐ刀で抵抗する野蛮人だと思ってたかもしれねぇ」

「そいつはまァ、一面の真実ではある」

「……いや、うん。そう言われるとな、困る。だがまあ、お前はやっぱ、どっかに筋が通ってるよ。ただの無法の人斬りじゃあねぇ。そいつはあたしが保証する」

「筋ねぇ。俺が通している筋など、刃筋ぐらいであろうが……ま、お褒めにあずかり光栄だと言っておこう」

「そういう言い回しがな、むやみに不安を煽るんだよ。……大丈夫だよな?」


 十子の問いかけに、千尋は微笑むだけで答えた。

 ……かくして、『宝物遊戯』が始まっていく。

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