目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第137話 隠密行動

 十和田とわだ雄一郎ゆういちろうが隠された真実を知るより、少し前──


 宗田そうだ千尋ちひろ乖離かいりは、『大奥』の入り口手前まで来ていた。


「……いやしかし、どうやって建てたのかもわからんほど、壮麗な建物よな」


 そもそも天女教総本山は『山の中腹』に建てられた寺院である。

 この『山の中腹』というのは、『高い山の真ん中あたりに建物を建てるのに適したそこそこの広さの場所があり、そこに建てられている』という意味ではない。

 切り立った崖の中をくりぬくようにして建てられている。


 現代においても残る西洋の修道院、特に『悪いこと』をした貴族の子女などが罰で入れられるような修道院は、そのような作りになっている。

 こういった修道院はその立地条件から脱出が難しく、補給も難しいので物理的に贅沢ができない閉鎖された環境となるのだ。


 天女教の寺院は『初代天女の三人の子』をそれぞれ開祖に持つ家の者が詰める三つの寺院が、それぞれ違った山の中腹に建てられ、石製の橋でつなげられている。

 それら寺院の中央には人力、あるいは神力しんりきで平らにされたと思しき岩場があり、男性の住まう『大奥』はそこに建てられていた。


 そうして『ミヤビ院』から橋を渡って、『大奥』にたどり着いたわけだが。


 この険しすぎる立地である。

 だというのに『大奥』と呼ばれる建物は、すべてが真っ白い石で造られた壮麗な神殿であった。

 様式が微妙にギリシャ系の神殿に見える。以前に上った天女の『塔』なども、和式とは言い難い建物であった。


「ともすると、あれも『初代天女』の作か?」

「『塔』との共通点を見出したか。その通りだ」


 石橋を渡り少し行った先にある、岩場。

 そこに身をひそめるようにしながら、乖離が応じる。


「本来は初代の天女様と、その夫たる『始まりの男性』との寝所であったらしい。今は丈夫で安全なので、男性を住まわせておく場所として改装などしているようだ」

「……」


 そこで千尋は、乖離の姿をまじまじと見てしまった。

 背の高い、筋骨隆々の、毛皮のみを羽織り、脚の横が丸見えになるような袴をはいた、眼帯女である。

 山賊、荒くれ、そういう様子の女である。

 なので、失礼ながら、こういう感想が出てしまう。


「……そなたが博識なのは、やや意外よな」

「これでも私はもともと、書物を好む性質でな。天野あまのの里にある本であればすべて読んでいる自負があるよ」

「そうだったのか」

「知識はあって困ることはない。神話に限らず建造様式についても語ろうと思えば語れる。が……今気にするべきは、『隠れやすさ』と『攻めやすさ』についてだな」

「いかにもだ」

「外部は初代様の時代から変わらないが、内部は改築が繰り返されている。特に『貌無かおなし』の通路などで入り組んだ迷宮構造になっている」

「『貌無』とは?」

「大奥の男性のお世話をする女中だ。多くの男性は、女の顔など見たくない、気配も察したくないと仰せなので、貌無に選ばれた女は、人目につかぬよう細心の注意を払い、万が一、男性の目に触れるという失態・・を犯しても、不快に思われないよう、顔を布で隠している」

「………………男性というのはそこまでなのか?」

「一般的──とまでは言わない。が、少なくとも、この距離でおっとでもない女と会話してなんともなさそうな男は、この世にお前一人だけであろう」


 この距離。

 大奥の前に隠れるのにちょうどいい岩が何個もごろごろしているはずはなく、千尋と乖離が隠れているのは、大柄な乖離が地に腰を下ろし、両腕をすぼめるようにして、ようやく隠れられる程度の岩であった。

 そばで会話している千尋は、自然、乖離の脚の間にすっぽり収まるような位置にいる。


「とはいえこうでもしなければ、向こうから見られる距離と位置関係だからなァ。不快であれば申し訳ないが我慢してくれとしか」

「いや、私よりお前が不快でないかという話を……ともあれ、お前は変わっているからいちいち『常識』について説明が必要だが、大奥は男を大事にしすぎる。忌憚なく申し上げれば、弱い生き物が弱さを自覚しない飼育環境・・・・は当人らのためにもならないとは思っているよ」

「ま、そのあたりのは政治思想の一種であろう? 俺にとってはどうでもいい。つまり──隠れやすい通路が無数にある、と」

「そうだ。そして、この『大奥』に配置されていそうな天使は、大奥のことをよく知らないし、『貌無』の協力も得られんだろう」

「心当たりがあるのか?」

「ミヤビ様に不満がありそうで、一番大奥に興味がありそうな者は『サクヤ』という天使だ。というより──私に対する対抗意識がある様子なので、私がつくミヤビ様に反抗している、という感じだろうか」

「そうなのか」

「何度か意味不明に絡まれたことがある。おそらく対抗意識だと思う。なんだか同期の天使らしいから、そのあたりできっと何か思うところがあるのだろう」

「……もしや乖離、そなた、人の心がわからんのか?」

「人の心などずっとわからない。見切りをつけたと思っていた幼馴染の心さえ、わからなかったようだしな」


 そう述べる乖離の片目が、千尋の持つ刀へ向いていた。


 千尋は柄をぽんと叩き、


「で、その『サクヤ』は強いのか?」

「強さは保証しよう。少なくともサグメよりは強い」

「うーん………………」

「常識を知らないお前のために補足してやるが、百花繚乱ひゃっかりょうらんのサグメはかなり強い方だぞ」

「いや、まあ、強いは強いのだろうが……そなたよりはどうなのだ、乖離」

「斬り合いで負ける気はない」

「情報が増えんな」

「厄介なのは、恐怖で縛られた手下どもだ。……サクヤへの恐怖を刻み込まれていなければ、天使に推挙されていたであろう実力者が幾人もいる」

「情報が増えたな」

「まあ、本当にここにいるのがサクヤかどうかはわからんのだが。何せ、こちら側にはなんの情報もない。派手な動きはできないのでな。我々が斥候も兼ねている、というわけだ」

「で、どうする?」

「忍び込むという話だが」

「『忍び込む』にもいろいろとあろう」

「そんなにはないぞ。ようするに──」


 その時。

 周囲を巡回していた巫女が、岩の横から出てきた。


 同時。


 千尋がぬるりと立ち上がって巫女の腰の刀の柄を押さえ、乖離が巫女の首を片手でつかみ、締め上げる。

 片腕で持ち上げられながら首を絞められた巫女は、声を出すこともできず、バタバタもがいて、それから気絶した。


 気絶した巫女を岩陰に放り投げて、


「──発見された事実が伝わらなければいい。だろう?」


 乖離が言う。

 千尋が笑う。


「なるほど、俺好みだ」


 二人はうなずき合い──


 駆けだした。


 これが、この二人が『大奥』で行った『隠密行動』であり……

 雄一郎の大きな声を聞くまでに行ってきたことの、だいたいすべてである。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?