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第155話 『商人』

 予想外の場所から放たれた銃弾。

 狙われた先は──


 天女ミヤビ。


 しかしミヤビの位置が悪かった。


 その位置はちょうど、争い合う千尋ちひろ乖離かいりの中間。


 そんな場所に介入した銃弾は……


 乖離によって斬り払われ。

 千尋の注目を射手に集めるのに、十分だった。


 射手──『空間のゆがみから突き出た手』は、単発式の短銃をぽいっと投げ捨て、両手を出し、ゆがみをこじ開ける。


 そうして姿を現した者。

 仕立てのいい黒いスーツ・・・を着た、背の高い女だった。

 シャツを押し上げる胸のふくらみ。スラックスに隠しきれない腰つき。露出は少ないものの、なんとも淫靡な姿である。

 片手にステッキを備えたその女はしかし、異性を魅惑するような体つき以上に、注目を集めるものを備えていた。


 角が生えている。


 ねじくれた黒い角が額から生えている。

 鹿ではない。

 あれは、あの角は。額から生えて上へ伸び、急激に曲がって真横に先端を突き出すようなあの黒い角──

 長く横に張り出した、とがった耳。

 そうして、黄色い瞳の中にある、奇妙な瞳孔。


 ヤギの特徴を備えた、女だった。


「アンダイン大陸の者ですか」


 ミヤビが冷え切った声を出す。


 アンダイン大陸──

 遊郭ゆうかく領地・紙園かみその

 その領主屋敷である紙園大華かみそのたいかの領主の部屋には、前領主の趣味として、舶来・・の調度品が多く置かれていた。

 それらの調度品の産出国であり、このウズメ大陸からすれば、海を渡って数日という距離にある、もっとも近い外国にあたる。


 この大陸もやはり男女比が偏っているという事実においてはウズメ大陸と変わらない。

 だが、その偏りがウズメ大陸より甚だしい。男女比については女百人に男が一人、といった具合になると言われていた。


 そしてその大陸の女には、あのように獣の特徴が備わっている。


 ……だが。


「今のは、なんです?」


 転移。


 空間をゆがめていきなり出現したあの手法、ミヤビをして未知のものである。

 アンダイン大陸が神力しんりきではなく『精霊力』なるもので不可思議な現象を起こす、『魔法の国』であることは知っているが、その『魔法』の中にも、ああいったようにいきなり出現する技法というのは、心当たりがない。


 あるいは青田あおたコヤネのように、空気を操って姿を透明にしているだけかとも思ったが……


(あの女の気配、異様すぎる。こんなモノが隠れていて、さすがに何も気付けないはずがない)


 ……どうにも、根っこから違う気がする。


 ミヤビが厳しい表情を浮かべていると……


 ヤギの特徴を備えた女は、大仰に一礼した。


「これは失礼をいたしました。ご尊顔を拝見できたこと、恐悦至極に存じます。ワタクシ、アンダイン大陸で手広く商売をさせていただいている──まあ、『商人マーチャント』とでも名乗っておきましょうか」


 言い回しがいちいち気障きざで芝居がかっている。

 口角は上がっており、口元は笑んでいる。だというのに、目が笑っていない。感情というものを口のあたりにだけ張り付けたような、奇妙な気持ち悪さのある女だった。


「本日は顧客のアフターケアのためにお邪魔しておりますが──かのウズメ大陸の支配者たる天女ミヤビ、そして側近らしき者ども、すべてが満身創痍という場に出くわしまして。『いけるかな』と思ったもので、ちょっかいをかけてしまいました。いやはや──『神力』でしたか? 怖いものですね。この短筒ピストルは、我が社の自信作だったのですが。天女を撃ち殺したとあれば、箔もついて宣伝効果も──」


 ミヤビが、斬りかかる。


 互いの距離を一瞬で無にするのは、歩法ではなく神力によるものだ。

 急加速。ミヤビの薙刀には今、刃がない。それでも、ただの女を両断するのにはなんの問題もない凶器である。


 その凶器を受け止めるもの。


 兵器・・であった。


 ぐにゃりとゆがんだ空間の中から出現したものは、鋼の棒。


 ……一本ではない。


『商人』の周囲に、無数の鋼の棒が、出現している。


 ミヤビの振るった薙刀によって一本は引き裂かれた。

 だが、それ以外の棒が、先端をミヤビに向け、


「避けろ!」


 千尋の声に、ミヤビが跳び退く。


 瞬間響き渡るは耳をつんざく轟音。


 間違いなく武器だ。

 だが、神力を感じない。

 空間から突き出しているのは、神力に近い力。しかし、あの金属棒そのものには、神力がない。


 ……ウズメ大陸は、神力を頼みにする女どもの大陸。

 だから、『ある技術』が発展していない。


 時代・文明的には存在してもいいものが──


「……先ほどの短い金属の杖もそうでしたが、神力もなしに、飛び道具を放つそれは、なんなのですか」


 ──銃の技術が、発展していない。

 だからミヤビは銃を知らない。

 この中で銃を知る者。見たことがあり、銃という、言ってしまえば『刃のついていない金属の棒』に危機感を覚えられる者は、千尋のみであった。


 ……しかし。

 銃は、アンダイン大陸で発展している、というわけでもない。


 商人は、にっこりと口元にえくぼを作った。


「これなるは、神力、精霊力、それら『女が当たり前に使う力』を、男の身で打ち破れる『可能性』でございます」

「……」

「ワタクシのオリジナル商品でございますれば。しかし、この大陸の強者の方々には理解していただけない様子。サルタ様にもおすすめしたのですが、古代兵器めいた剣にしか興味を示していただけませんでした」

「……つまり、お前が、そのわけのわからない能力で、サルタに武器を卸していた者──ということですか」

「それに加え、サルタ様が『院』から抜け出すお手伝いも少々。まあ、言ってしまえば、協力者ということになるのでしょうか? なので、そんな契約にはなっていませんが、無念を晴らしましょう、ちょうど殺すべき方々がここに集まっていらっしゃいますし。ああ、それとも──」

「……」

「ワタクシと新しく契約を結んでくださいますか、天女様? それならば生かして・・・・やっても・・・・いい・・ですよ?」

「こういう時に言うべき言葉が『死ね』以外に思いつきませんね」

「それは残念。では──」


 商人が浮かべた銃の先端が、その場にいる者たちの方へと向いた。


 ……あらゆるものを転移させ、ある程度任意に操作する。

 あるいは『現実ではない場所』に収納したものを、取り出す。


 ……そして。『この世界にはないもの』を知り、生み出す。


 それは、時空間に作用する力。


 千尋をこの世界に飛ばした天女も持っていた力──


 その力をもってして作り上げた、一人銃士隊マスケティアーズが。


「商品価値を示しましょうか。──さようなら、ウズメ大陸の実力者のみなさん」


 轟音、煙、マズルフラッシュ。


 ──砲火。


 唐突に表れた無粋者たった一人による、銃の斉射。


 それが、千尋らを襲った。

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