すさまじい煙。
硝煙。
独特な乾いた辛い臭いがあたりに満ちている。
立ち上る灰色の煙の中たたずむ商人は、目を細める。
そして、「おやおや」と困ったような声を発した。
「アンダイン王国において、ワタクシの『銃』は、それなりの数の女どもを一方的に蹂躙できた兵器だったのですが──自信をなくしますねぇ」
煙が晴れた先……
ミヤビと乖離が立っている。
その背後にいる者どもも、一切の傷を負わずに、そのまま、いる。
しかも、
「…………おやおや」
『
指先に血がついている。
その血の理由は──
「銃弾を『お返しいただける』とは。……予想外というより、純粋に不気味ですよ。この国の者どもの使う神力なる、個人強化の力は──」
「ああいや、すまんが、それを返したのは、俺だ」
名乗り出ながら歩み出る者、
ボロボロになり、上半身をさらした、どう見ても『男』である。
商人の顔つきが変わる。
「……冗談をおっしゃい」
「これが冗談はないのだ。なんと言おうか……
「……」
「鍛冶屋の里で銃を扱っていない理由について、合戦がないからかと思っていたが──違うのだな。この
あるいはマスケット銃──弾込め式で、ライフリングのない、ただ火薬の炸裂によって金属
しかし商人の銃はそこまでの文明度に達していない。
女の速度より遅い銃。
しかも、狙いを定めて、さあ放ちますよという様子で放たれる弾丸。
数々の女どもと戦ってきた千尋にとって、『遅い』部類に入る。
「で」
千尋が剣を構える。
「その乖離との戦いに横入りしたということは──貴様も戦いに参加するという意思表明と見て構わんな?」
「いや」と、声を発するのは乖離だ。「戦いに参加などはできない。一撃で斬り捨てられる者が、『戦い』などできようはずがないだろう」
「そもそも──」ミヤビがため息をつく。「──明らかに今回の事件で無視できない、サルタの協力者です。可能であれば捕獲しますが、どうにも神力……魔法が厄介ですね。仕方がないので殺しておきましょう」
千尋、乖離、ミヤビ。
三人が武器を構え、商人を見据える。
紛れもなく、現在のウズメ大陸における『最強戦力』。
数はなく、帯びるものはひと振りの近接武器のみ。
だが女どもは弾丸を超える速度で動く理外の妖魔鬼神であり──
男は、その女どもを斬り捨てる外なる世界の剣神である。
「勝ち目がありませんねぇ」
商人は肩をすくめる。
同時、空間がぐにゃりとゆがみ──
瞬間、ミヤビが斬りかかる。
乖離が商人の背後に回り込む。
あえてタイミングをずらし、千尋も接近していく。
それを見て商人は、いまだに、口に笑みを張り付けたまま、
「この質量なら、精霊の力の弱いこちらの大陸でもいけるようですね」
ゆがんだ空間から射出──
否。
それは商人のはるか上空ですでに落とされていた、ただの大岩だった。
だがどのような高さから落とされたのだろう、屋根を突き破り、ミヤビらの目の前に出現する。
瞬間、ミヤビの脳裏によぎったもの。
それは、サルタの剣にかすりもしないのに、それが発する衝撃だけで重傷を負った
「乖離!」
悲鳴のような叫びをあげる。
それは乖離の身を気遣ったわけではなく、この岩をどうにかしないと後ろの男どもが危ないという意図の声だった。
乖離は舌打ちしつつ応じる。
「──無粋者めが」
その声には商人に対する怒りがにじんでいた。
落下してきた岩が着陸するまでの刹那、ミヤビと乖離が岩を砕き、その落下の衝撃を殺すべく対応に追われる。
千尋が商人に迫ろうにも、物理的に巨大すぎる岩が邪魔で近寄れない。
……岩を砕き、その衝撃を殺し。
無数のいしくれ──砂粒のようになった岩が散らばる中。
……すでに、『商人』の姿はそこになく。
「いやァ。俺もまだまだ未熟だ」
千尋が笑う。
その笑いはしかし、感情を押し殺したものだった。
「横入りされた程度で怒りが湧くとは。……私怨で『斬り捨ててやろう』と思ったのは、これが初めてだぞ」
力のない男の発言にしては、あまりにも重苦しい。
……かくして、天女教総本山における反乱は、完全に決着となる。
サルタ、オオミヤといった天女の血筋が殺され、ミヤビ派が勝利する。
……しかし、外国の商人という新たな敵が顕在化する結果ともなった。