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第157話 次なる巷は

乖離かいりよ、まだやるか?」

「いいや、そういう気分ではなくなってしまった」

「そうか。奇遇だな。俺もだ」


 というわけで、二人の戦いは止まることになった。


 これに絶句してしばらく言葉が出ないのはミヤビである。


「……確かに止まってくれと言いましたが、わたくしがあれだけ言っても止まらなかったのに、そうしてあっさりと止まられると……ムカつきますね」


 これに千尋ちひろが頭を掻いた。


「とはいえ、『矛先』が変わってしまったのでなァ。今、俺の切っ先は乖離に集中できんのだ。せっかく一度しかない殺し合い、それはもったいなかろう」


 乖離も黙ってうなずいている。


 ミヤビは『ほんとこいつら……』と思った。ムカつく。

 だが、こういう連中なのももう理解させられていたので、たっぷりと長いため息をついて、


「……男性たちは無事ですね。宗田はくは──」


「無事だ。僕が守ったからな!」


 十和田とわだ雄一郎ゆういちろうが自信満々という様子で声を発した。

 しかしその姿を見れば、腰が抜けており、白に覆いかぶさっているだけである。倒れている白の上にたまたま倒れてしまった、みたいな姿で、起き上がれない様子なので、なんとも情けない。


 とはいえ行いは立派であった。


「雄一郎、よくぞ弟を守ってくれた」


 そこで雄一郎が神妙な顔で千尋を上から下までながめる。

 胸あたりに視線を止め、


「……………………………………男だな」

「ああ。そうだ。おぬしが看破した通りよ」


 賭博船・百花繚乱ひゃっかりょうらんにおいて、宗田千尋に『お前男だろ!』と声をかけたところから、雄一郎と千尋との関係は始まっている。


「というか雄一郎、その話は先ほども出て決着がつかなかったか?」

「いやッ、まぁ、それはッ、そう、なん、だけど、さぁ……! あるだろ、こう! 可能性っていうのが!」

「可能性?」

「もういい! ……男なんだな、本当に……」

「まぁ、賭博船で正体をばらすわけにもいかなかったのでな。騙したことは詫びよう」

「いや、その……」


 先ほどまでとはまったく種類の違う緊張感が場に漂っていた。


 ミヤビの背後で男どもを守るように立っていたが、あまりのことに存在を忘却されかけていた天野あまの十子とおこも、どうしていいかわからない顔で雄一郎と千尋とを交互に見ている。


 この中で平気そうな顔をしているのは千尋のみであり、わけがわからないという様子で首をかしげているのが乖離。ミヤビさえも空気を察して『何かとんでもないことが起きているな』というように認識し、雄一郎と千尋以外の男は残らず気絶している。


 雄一郎は、意を決した表情になった。


「わかった。千尋。僕は……わかったよ。いや、改めて決意したと言おう」

「何がだ?」

「結局さ、女だからとか、男だからとか、そういうのは関係ない。……男が弱いんじゃない。弱い男がいるだけだ。そういうことなんだよな、うん」

「そうさなァ。今回のおぬしはなんというか……『男』の顔をしている。いや、このちまたでは、『女の顔』と言うべきか? とにかく……何かを成したのだな。わかるぞ」

「! ああ、そうだ! 僕は、戦った! ……勝てたとは言わないけどさ。戦ったんだよ。僕も」

「そうか。立派なことだ。……で、何か俺に言いたいことがあったのではないか?」

「うえ!?」

「いや百花繚乱の時に何かを言いたいと……今はまぁ、当時想定していた状況ではないが、『何か』を言うのにふさわしい場が整っているように思ゆるが、いかに?」

「いや、いや、いや……まぁ、それはさぁ! そういう空気だけどさぁ! でもさぁ!」

「なんだ、まだ不足か? 己に厳しいな」

「ああ、そう、不足。不足なんだよ! ……まだ、覚悟が決まらない。そういうのはやっぱり、抵抗があるっていうか……でも、いつか、覚悟を決める。そうしたら改めて……言うよ」

「そうか。その時を待とう。ゆっくり育てよ、若者」

「ああ」


 何か大変な約定が交わされたな、と十子とミヤビがアイコンタクトしている。


「それで」


 もう発言していいかな、という様子で声を発するのは乖離であった。


「ミヤビ様、あの『商人マーチャント』なる者はどうしましょうか。追いかけて殺しましょうか」

「……乖離、あなたは空気を読むということができないのですか」

「何かあったでしょうか。千尋とそこの男性の会話は区切りがついたように感じましたが」

「…………いえ。まぁ、はい。そうですね。切り替えていきましょう」

「?」

「『追いかけて殺す』と簡単に言いますが、所在がはっきりしません。あの能力……厄介です」


 転移。


 いきなり現れて、いきなり消える。

 自分自身以外も出し入れ可能。

 さらに、文明の異なる武器を使用する。


 あの商人では乖離らを殺しきれないが、それは『向かい合っている』状況においての話。

 銃弾というのは脅威ではある。神力を帯びずとも、神力で身を守る女を貫く武器ではあるのだろう。


 何よりも所在がわからないというのが、一番厄介だ。


 そこで声を発するのは、千尋であった。


「行ってみるかァ、ええと……『うんでぃえん王国』だったか?」

「アンダイン王国です」ミヤビがため息をつく。「……今わかったと思いますが、アンダイン王国は『外国』ですよ。言葉もまあ、通じないことはありませんが、ウズメ大陸から見れば、単語などに癖があります」

「通じないこともないのか?」

「言葉は天界の賜物ですから。アンダイン王国で崇められる精霊も、我々が崇める初代天女様も、同じ界より降って、それぞれの大陸に恩寵をもたらしたと言われています。我々が使っている言葉は、そうしてもたらされたものですから。基本はどこの大陸も同じです」

「そうか」

「……『じゃあ大丈夫そうだな』とか思いましたか?」

「よくわかるな」

「ムカつく。……しかし、わたくしは……というか、天女教は、あなたたちの渡航を公式には認められませんよ」

「なぜだ?」

「『商人を追うので差し出せ』という目的を伝えてあなたたちを渡航させた場合、向こうの国であの『商人』がそれなりの影響力を持っていた場合、あなたが渡った瞬間になんらかの行動を起こされる危険性が高いからです。それに、天女教総本山の内乱は……可能な限り、隠すべきだと考えています」

「『商人を追う』という目的で俺ら・・を送り出してしまうと、国家と国外に『天女教総本山が混乱しています』と広く示すことになり、あの商人がうんでぃ…………あんだいん王国の意を受けて工作あるいは尖兵としてウズメ大陸に送られた者ならば、隙をさらすことになるから、か」

「……このあとの事後処理が大変なので、事務方としてしばらくわたくしを手伝いなさい」

「残念ながらミヤビ殿の『お願い』はもう聞いてしまっている。ではこちらの『お願い』を言おうか」

「嫌です」

「俺たちをアンダイン王国とやらに渡してくれ」

「だから嫌だって言ってんでしょ。どうして言動がだいたい予想通りかつ最悪なんですか? 馬鹿なの?」

「断るならまあ、約束も守らん御仁だと思うことにする」

「……………………ムカつく!」

「で?」

「……しばらく時間をくださ──というか待ってほしいんですが。さりげなく『俺たち』という言葉を使っていますよね? 千尋と誰が行く想定なんですか? もしやわたくし?」

「いや、この動乱を乗り越えた直後に、天女を外国に連れ出すようなことはせんが……内政に励んだ方がいいと思うぞ」

「ムカつくという言葉ではそろそろ足りなくなってきましたね」

「では新たな表現を模索するといい。……俺が想定しているのはな」


 そこで千尋の目が向いた先にいたのは、乖離だった。


 乖離は、うなずく。


「気持ちよくお前と斬り合うためには、あの無粋者を斬り捨てる必要がある。私はもちろん、行くつもりだ」


「信頼できる天使が一人でも多くそばに欲しい時期なんですが」


 ミヤビがジトッとした目で乖離を見た。


「であれば私は不適格でしょう。私の性格はあなたの信頼を得ることのできるものではない。というか──どう考えても、これから始まるのは人斬り向きの仕事ではない」

「あなた、事務方もできるでしょう」

「やりたくありません」

「こいつら本当にムカつく!?」

「あの無粋者を斬らないことには、すべてが上の空になりそうです」

「…………」

「一応許可を求める体裁をとってはいますが、何を言われようとも行きます」

「人斬りどもが!」


 ミヤビが手に持っていた薙刀の柄を地面に叩きつけた。

 柄は畳に突き刺さり、そのまま地下へと潜っていく。


「…………お気に入りの薙刀だったのにどうしてくれるんですか」

「私のせいではありません」

「……千尋。あなたと乖離だけでいいんですね」


 とてもとても濃い『あきらめ』がミヤビの顔には浮かんでいた。


 そこで千尋は顎を撫でて、


「十子殿」


 視線を、だいだい色の瞳へ向けた。


 そこからしばらく、何かを考えるように唸って……


「……来るか?」


 何も、思いつかなかったらしい声を発する。


 十子は笑った。


「もちろん、行くぜ」

「しかしまぁ、外国だし、乖離と同行することになるが」

「だからこそだよ。お前らはいつ殺し合いをおっぱじめるかわかんねぇからな。……見届けさせろよ、あたしに」

「……そうか」

「それに、国外の武器にも興味があるしな」


 十子は、『商人』が落としていった短銃ピストルを拾い上げる。


「丈夫じゃねぇが、複雑だ。この細工は、ばあさん向けだ。……外国にゃあこんな技術があるってんなら、持ち帰ってやりてぇ」

「まぁ、存じていると思うが、ここらの女どもより弱いぞ、その『銃』は」

「強くできる。あたしらならな」

「……それを強くするのも、どうかと思うが」

「だが技術がありゃあ触れてみたいし、触れたなら極めたい。……こいつは、てめぇら人斬りが斬り合う時の衝動と似たモンだ」

「であれば、どうにもならんか。わかった。道中、俺が十子殿を守ろう」

「……もういちいち言うのも疲れるわ。わかったわかった。守ってくれや」


「十子、照れているのか?」


「乖離、てめぇは黙ってるなら最後まで黙ってやがれ」


 そう言われたので真面目に黙る乖離である。


 ……かくして。


 千尋。十子。乖離。

 仇敵である。斬ろうとしていた者である。刀鍛冶である。

 決して同しなかったであろう三名が──


 国外へ、旅立つ。


 新たな冒険が、始まった。

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