「サラマンダー公はどうする?」
「先にたどり着いた方が戦おう」
「うむ、では急がねばな。ジニ殿らは、俺か
「なぁ、あいつら、なんで別々に行動しようとしてんだ? オレの頭か耳がおかしいのか?」
「いや、あんたは正常だ。あいつらの言葉はいつも耳を疑うからな」
「なんでちょっと嬉しそうなのよ! あいつらが変なことするたび腕組んで笑顔でうなずくのなんなの!?」
「目の前の連中はどうしようか」
「『所詮は上役の命令に従っている者』──と情けをかけるのは、侮辱であろうなァ」
「減らしすぎると今後の治世にかかわるぞ」
「そこはそれこそ知ったことではない。うまくやってくれ、ということで」
「そうだな。それでいこう」
「なんでかな、あいつらが言葉を発するたび、オレの胃がどんどん重くなる」
「わかるよ」
「だからなんでトーコは嬉しそうなのよ!」
「では」
「『いざ、尋常に』ということで」
「ああ。いざ尋常に──」
「──どちらが早くサラマンダー公のもとへたどり着くか、勝負といくかァ!」
人斬りが、岩陰から飛び出した。
真正面、サラマンダー公爵軍が居並んでいる。
場所は鉱山区画。岩肌もむき出しの山々が連なるこの場所に数少ない、開けた場所のうち一つ。
彼女らは待ち構えていた。列を並べ、赤い鎧を備え、剣を構えて待ち構えていた。
武装し整列する軍隊。
そこに斬り込む人斬りが二匹。
この二匹は、この二匹同士でも戦っている。
まず速度で長じるのは
装備と言えるものは長刀『乖離』のみ。羽織った毛皮も、長い
だが、この片目の女──
「突け!」
整列した軍が一斉に剣を突き出す。
乖離を狙ったもの、ではない。ただ、真正面に突き出す。切っ先が一人を狙って歪む攻撃はおそろしくない。剣の幕ともいえる整然と切っ先をそろえた攻撃は、集と軍の強みをもって相手に逃げ場を許さない。
剣の切っ先が乖離の肌につく。
だが、この、鎧も帯びていない片目の女……
精霊の加護を受けた剣を通さない、鎧のごとき肉体の持ち主である。
突き出された剣がひしゃげる。
無傷のまま突き進んだ乖離が剣を横に薙いだ。
鎧姿の兵たちが吹き飛ばされる。
「……ふむ?」
吹き飛ばされる──吹き飛ばすつもりではなく、両断するつもりであった。
これは乖離にとって失敗にあたる。少しばかり防御に神力を回しすぎたか、この半分ほどでよかったな、などと反省しつつ一瞬の停止。
すぐさま動き出す、が。
彼女の横をぬるりとすべるように追い抜く者がいた。
千尋である。
乖離によって体勢を崩された鎧姿の女ども。その鎧の隙間に切っ先を差し込んでいく。
だが目的は『倒す』よりも『進む』だ。通り道におり、自分の邪魔になりそうな者に、動けない程度に刃を
その背後から鬼気迫る。
乖離が邪魔な兵たちを追い抜き、千尋に並んだ。
千尋は横にいる乖離にたずねる。
「右か左か、選んでいいぞ」
彼らの正面にはちょうど左右に分かれる道があり、どちらも公爵のいる区画へと続いていた。
互いにここしばらくの『穴倉暮らし』であたりへの土地勘は身に付けている。
乖離は少し悩みつつ、迫る兵を薙ぎ払い、
「左がいい。誰かの左がどうにも、私の好みのようだ」
「では俺は右へ。『右に出る者はいない』というのはなかなかどうして、いい言葉だからなぁ」
二人が背中を合わせて回るようにしながら、追いすがり、捕獲、あるいは討伐をしようとする公爵兵たちを蹴散らしていく。
乖離が剛剣を奮う、その隙間で千尋が暗躍する。
吹き飛ばされ、体勢が崩れた女どもに、桜色の刃が差し込まれていく。
鎧の隙間を的確に突くその攻撃、突きかと思えば斬る動きであり、斬るかと思えば突くように刃が滑り、上に剣を掲げても、正面から来るものを払おうとしても、ぬるりぬるりとうごめいて防御を許さない。
斬る時は突くように、突く時には斬るように。刃を振り下ろしても上から来ないゆえに、上からの振り下ろしを防御しようとすれば刃の前で剣がぐにゃりと防御をくぐる。
公爵兵たちとて剣術はやっている。
いわゆるところの西洋剣術──これは『叩くか斬るしかせず、動きはおおざっぱだ』と思う者もいるのだが、そんなことはない。剣の重さ、両刃であることを活かした動き、さらに斬れ味がいわゆる『日本刀』よりも鈍いゆえに、分厚い手袋つきの小手で刃を握って扱う『ハーフソード術』なども、唐突に刃の長さも動きも性質が変わるので脅威である。
当然ながら細かい技法も無数にあり、その技法への応手も心得ている。
そういった技法、そして基礎鍛錬を高いモチベーションで積み上げ続けた公爵兵は、決して『蹴散らされる雑魚』ではなかった。一人一人が
皮肉なことに。
一廉の武人だからこそ、そういった者への仕掛けが通用してしまうのだ。
刃が見える。刃の動きを予測出来る。だからこそ対応できない。
だからこそ、
「……悪魔……」
彼女らには、千尋の刃が理外の何かによってぐにゃぐにゃと曲がっているようにしか思えなかった。
相談が済んだころ──
起き上がれる公爵兵は、一人もいなかった。
乖離と千尋が背後を振り返る。
そこには、あっけにとられた──予想より楽そうに公爵兵を圧倒した千尋らへの驚きをあらわにした、『組合』の者たち。
千尋は声をかける。
「そういうわけだ。俺とともに来るならば右へ。乖離についていくならば左へ。これ以降止まらんぞ。では、参ろうか」
『組合』の女ども、まだあっけにとられているが……
「駆け足!」
千尋にそう言われ、慌てて動き出す。
ちょうどその時、だった。
その震動の向こうに乖離は目をこらした。
千尋がひょこっと体を曲げて、乖離の腹の前あたりから、同じ場所を見る。
……そこにあるのは。
「……荷車? それに、例の『筒』も見えるな」
乖離からして、意味のわからないものである。
ドーム状の金属板の下に車輪があり、上には筒──『銃』がある。
乖離の視線は千尋を見ている。
こういった変わった形状の、恐らく『兵器』については千尋が妙に詳しいからだ。
だが、『それ』は千尋をして、
「……金属板で補強された荷車、馬か? 馬で曳かせて、連射式の銃を備えている?」
わからないものだった。
……『それ』は。
そして、千尋のいた時代、場所にはなかった。
あったのは、千尋のいる時代よりはるか未来、そして……
『それ』は、古代ローマなどに存在した。
『それ』は。
高速で走行しながら機銃や
未来、そして、古代において、『戦車』と呼ばれた兵器である。
形状と仕組みは古代の『
だが、積み込まれるのが機銃になるだけで、それは未来の戦車に等しいものになる。
古代と未来、両方の要素を備えた戦車が、千尋らに迫る。
そして……
誰も射手がいないはずの機銃が、人斬りに向けて、火を噴いた。