状況。
頼ろうと思っていた兵器は未だなく、勢いに任せて飛び出した。
敵であるサラマンダー公の兵は精強で、今は『強制徴兵』によってその数も増えている──増えていること自体が問題ではなく、『強制徴兵』によって公爵の兵がそこらじゅうで目を光らせており、『組合』が紛れるべき『人』がいない、見つかりやすい状況が問題となる。
だからジニは、こういう作戦を立てた。
「オレらが隠れる物陰がねぇ。当然ながら、正面衝突も出来ねぇ。んで、オレらの最終目標はサラマンダー公の……
作戦会議、ではなかった。
これは『通達』だ。
歩きながらジニが己の考えを述べていく。
ぞろぞろと付き従う
「サラマンダー公の撃破? ハッ、やべぇな。兵士連中がいなくて、全員でかかっても勝てるのか? アレに? 詠唱魔法で一発だろ、オレらなんざ。──でも、やる。やる以外にねぇ」
土色の街を進む。
人の気配というものがなかった。……より詳細には、『生活の気配』が、なかった。
そこらをうごめく兵の気配だけはある。ジニたちにとっては落ち着かない空気が漂っている。
「……『気配』ってな、案外わかるもんだな。普段とこうまで街の様子が違うと、ぞろぞろと歩く連中の動きが物陰からでもわかる。オレらはこいつらに見つからないようにサラマンダー公の屋敷までたどり着くべきか? 知ってるか? サラマンダー公の屋敷は、この街を抜けて、目抜き通りのある区画に入って、そっから歩けば──まあ、普通に目抜き通りを通れるんなら、走って十分ぐらいか? ハハッ、広い街だな。そんでもって、広い道だ。……オレらの街とは違う」
オレらの街──
サラマンダー公爵領領都サラマンデルには、いくつもの区画がある。
目抜き通りなどがある区画が、最も栄えた『領主区画』。その北東にあるのが鉱山などの集まる『鉱山区画』。
ジニたちのアジトがあったのが、この『鉱山区画』の北端近く、打ち捨てられた鉱山の中であった。
廃鉱山の近くとあってまだサラマンダー公の兵とは遭遇していない──
──という、わけではない。
「普通に考えりゃ、こっそりと行くべきだ。だが、オレらは、泳がされてた」
ジニたちのアジトは特定されていた。ただ、『クーデター勢力を集めておくため』に放置されていた。集めて、一気に叩くための、『塵取り』にされていた。
「だから」
ジニたちは岩場の陰で足を止める。
そして、ジニはすぐそばにいる──
「……こいつはオレの勘違いであって欲しいんだが、この先……」
「ああ、
「だよなぁ。……おい、聞いたか? お出迎えの準備が整ってるってよ。『公爵軍』のみなさんが、この先でオレたちを歓迎してくれるらしい。こんな手厚いおもてなし、まともに働いてたころには一度もなかったってのによ。まったく、有名にはなるもんだなぁ! ええ!?」
岩場の多い場所で、ジニの吠えるような声はよく反響した。
ジニもわかって大声を出した。だがしかし、予想より響いてしまったせいで、少し気まずそうな顔になる。
……『人』というのは、そしてそのまとう服は、案外、音を吸収するものだ。
鎧をまとった女たちが綺麗に整列している今よりも、鉱婦たちが雑多に動き回る『いつも』の方が、音は吸収される。
気まずい思いから次の言葉が出るまでに少々の間が出来た。
その『間』に、乖離が言葉を差し込む。
「どう考えても正面突破しかなさそうだが、どうする?」
試すような視線だった。
ジニは片目を隠す前髪を引っ張り、ため息をつく。
「ただの殴り合いのケンカならな、『行くぞ』って言うんだがなぁ。……ああ、やだやだ。こういうのが一番気が滅入るんだ。オレが殴られりゃいいんならそれでいい。仲間に行くぞって言やぁいいなら、それでいい。でもな……『外部協力者』に命懸けの協力をお願いしなきゃならんのはな、本当に気が滅入る。……自分たちに力がねぇから、よそからの力に頼らなきゃならんのは、本当に……重苦しい」
「
乖離の言葉に、ジニは皮肉げに笑った。
「こいつが『高貴なる者の責務』か」
「……直属の配下よりも、多くの『外部協力者』がおり、これに差し出させることにより権力者というのは成り立つものだ。『貴族は人々の願いによって成り立つ』──その生活は民から絞り出し、捧げた血で出来ているらしい」
「……ハッ」
「民に血を流させる覚悟があるか?」
「アンタらは外国人だがな!」
「まぁそこは気にするな。今は、お前が一言命じれば従う立場だ」
「……アンタ、たぶんだが、それなりのヤツに仕えてるだろ」
「……」
「要人の側近も要人なんだぜ」
「しかも、『男』もそこにいる」
ジニと乖離の視線が同時に向いた先にいるのは、
彼はにっこりと、『満面の笑み』と言うしかないものを浮かべて、問いかける。
「で?」
問われたジニは乖離を見た。
乖離は首をかしげた。
ジニは仕方なく
十子は、
「あんたは幸せだよ。あんたの意思に委ねられてんだから。あたしの時はな、こいつら、あたしの意見なんぞ聞きもせず暴れるんだぞ」
「こんな時に愚痴ってんじゃねぇよ!」
「愚痴も言いたくならあ。……で、どうすんだ?」
「オレはさあ、こういうのガラじゃねぇんだって! ああくそ、飛び出した時はあんなに『なんでも来やがれクソ女ども!』って気持ちだったのに、止まった瞬間
「決断できねぇのか? だったら『王』にでも投げたらどうだ?」
視線が集まる先は、キトゥンだった。
急に集まった視線にキトゥンの尻尾が持ち上がるものの、彼女は深呼吸を二回、目に力を込めて、言う。
「ねぇジニ! ここまで来て『やめる』はないでしょ!? っていうかもう……やるしかないでしょ! アンタがやんないなら、アタシがやるから!」
「……他人に命を懸けさせるんだぞ!? しかも、『男』にもだ!」
「わかってるけど、やる以外ないって言ってんでしょ!? それともここから引き返して、また穴の中に戻るの!?」
「……」
「アタシ、なんだかよくわかんないことに巻き込まれた気持ちでいたのよ! っていうか、王なんて突然言われても困るし! そんなの知らないし! なんでみんなもっと早く言ってくんないの!? チヒロもさあ! 男だってんならもっと早く言ってよ! こ、心の準備とかあるし!」
「それはまあしょうがねぇだろ。バレたら大変だし……」
「急に冷静にならないでよ!? とにかく……とにかくよ。アタシは考え無しに飛び出してばっかりだったけど、『じゃあ、飛び出さなかったら良かったのか』なんてことは全然思わないわ! 人生には飛び出すしかない時もあるの! そして、それは今よ!」
ジニはしばしあっけにとられるように黙ってから、笑った。
「……お前は『王』になっちまうな」
「はぁ!? どういう意味!? なんでそうなるの!?」
「……言ったまんまだよ。じゃあ、オレも貴族にならねぇと、約束が違うか」
乖離と、千尋に向き直る。
「……オレらの代わりに、あの軍を蹴散らしてくれ。頼む」
乖離は背負った刀の柄を掴む。
「『頼む』はいらないな。貴人がみだりに頭を下げるのはよくない。ただ一言命じればいい」
「やっぱアンタ、『それなりの人』に仕えてるよなぁ!?」
「不思議とな。私の人生は二転、三転、四転、今は六転ぐらいしている」
「壮絶だな」
「悪いものではない。……まぁ命令としては及第点にも及ばないが、意思ははっきりと口にされた。これで──」
乖離は刀を抜き、
「──堂々と遠慮なく、斬れる」
「大義名分があるとないとでは大違いだからなァ」
千尋も腰の刀を抜き放ち、
「では、斬るか」
人斬りが、見交わし、うなずき合った。