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第196話 理解出来ぬもの

商人マーチャント』は問いかける。


「最近、ずいぶんと『激しい動き』をなさっているようですが」


 ドーベラ・サラマンダーは答える。


「何、放置して構わんと思っていた連中が、兵器・・を持っている様子が確認されたのでな。これはさっさと討伐してしまわないと怖くて夜も眠れんのだ」


 おどけたように肩をすくめる赤髪の美女には、とてもではないが『怖くて夜も眠れない』という様子はなかった。


 今日の東屋ガゼボは肌寒いぐらいの気温で、これは、サラマンダー領にとっては珍しい。

 もくもくと煙が空を塞ぐことはあっても、雲がこうまで分厚くかかり、昼なのか夜なのかもわからない天気になるというのは、領都サラマンデルではあまり起こりえないことだった。


 精霊の加護──アンダイン大陸の人々は、すべてのことを『精霊』と『四大元素属性』に関連付けて考える伝統がある。

 火の属性が特に強いサラマンダー領において、空は常に快晴だし、領都において人々の熱気は尽きることなく燃え続けるとされている。

 尚武の気風を象徴するサラマンダーの精強なる兵たちはこういう属性が育むのだ、というようにさえ言われる。


 だというのに今の領都サラマンデルの空は雲でふさがれていて、今にも大雨が降りそうになっていた。


『商人』は不可思議な瞳孔を備えた目をかすかに細める。


「『兵器』、ですか」

「ああ、そうだ。部下の報告ではなんだったかな……『金属の筒で、先端から金属つぶてが出る』という話だった。我が精強なる部下の、鎧が、精霊の力もないその礫に貫通されたということでな。これをコソ泥──失礼。『叛逆者』どもが持っているのならば、さすがに放置出来ん。最近の動きは、そういった事情からのものだ」

「……」


『商人』がそこで沈黙したのは、彼女はその『兵器』に心当たりがなかったからだ。

 もちろんそれが『銃』を指しているのはわかる。当然、自分が造らせているものだから、銃は知っている。

 しかしまだ卸していない。


 この会談は、『組合』の長であるジニが、契約を決意する少し前のものだ。

 サラマンダー公が『強制徴兵』を始めて少し経ったころ、まだまだ『組合』が行動を決断する前の時系列である。


 ドーベラ・サラマンダーがテーブルに両肘を乗せる身を乗り出す。


「その『兵器』だが、サンプルとして回収したらしい。見せようか?」


(何がしたいのやら、このお方は)


『商人』はドーベラの顔を見る。

 そこにあるのは笑みだ。いたずらっ子のような無邪気さがあり、同時に上位者がいたぶる弱者を見るような嗜虐的サディスティックな雰囲気もある。


『商人』の視点において、まだ流していない商品を『叛逆者ども』が持っていたとするならば、それは工員かそのほかの者の横流しである。

 そして工場・・は現在、だんだんとその数を増やしている。……そのうち実に八割が、鉱山資源が豊富で職人が多いサラマンダー領に配置されている。


 一応、王命により工場の内部には許可された者のみ──当然、サラマンダー公は許可を得ていない──しか入ってはいけない。だが、彼女であれば、正面から堂々と入って『兵器』を持ち帰って、それでいて工員たちに口をつぐませることも可能だろう。忍び込ませて盗ませることも、不可能ではないはずだ。


『兵器が見つかった。これは精霊の力が強いサラマンダー兵をして恐るべきものであり、これを叛逆者が持っているならば急激に行動しなければならない』というのは、理由の後付け、大義名分の粉飾であろう。

 ならば、なぜ大義名分を粉飾したのか?

 真の目的を隠したまま、こうしてすぐに察知されるような大きな行動を──強制徴兵と、領地の『整理』をする、その理由。


「いいえ、結構。恐らくその『兵器』は、王の工場のものでございましょう」

「ほう! 王が叛逆者どもに兵器を売った──とは考えられんな。であれば、工員の横流しか。これは事実関係の調査に協力せねばならんだろう」


 わざとらしい。


(工場に押し入る動機を作るために、兵器を盗み出して、叛逆者どもが持っていたことにした? ……そのような回りくどいことをするお方ではなかったはず)


 サラマンダー領におけるサラマンダー公は、ほとんど『王』に等しい。

 彼女が『工場に押し入る』と決意したならば、大義名分など後付けでいいのだ。強制徴兵なんぞして王に動きを察知される前に、さっさと向上に押し入ってしまえばいい。理由はそのあと適当にでっち上げればいいだけのことだ。


 そもそもにして、サラマンダー公の領地に多くの工場を作った時点で、サラマンダーがその気になれば、調査されることは避けられない。

 そこは『商人』も王も織り込み済みだった。……というより、調査された事実をつかめていないだけで、すでに調査済みであろうという想定ではあった。


 本当に何をしたいのかわからない。

『商人』は考えるけれど、サラマンダーの顔からは何をしたいのかがうかがえないし、行動からも『真の狙い』が読み取れない。


 ……読み取れない、というか。

『真の』、つまり『隠された狙い』などはないのかもしれない。 


『商人』は、サラマンダー公の行動が示す、『明らかな目的』について言及することにした。


「……ともあれ、あまり急激に兵力拡充の動きをされますと、王への謀反を疑われかねませんよ。強制徴兵して兵数をふくらませるなどということは、今すぐにやめるべきかと。それとも、『新しい王』でも立てるおつもりで?」


 サラマンダー公ほどの、もともと武力のある物が、大規模に兵を集める目的。

 王への謀反以外考えられない。


 さらにその裏に狙いがあるのか、王への謀反としか思えない動きは、さらに奥底にあるなんらかの真実を隠すためのことなのかという疑いもあるが、少なくとも『商人』にはさっぱり見えてこない。

 結果として、『明らかな目的』に釘を刺しておくしかできない、が……


「そういえば、シルフ公から正式な連絡があった。『シルフの聖骸せいがい』が破壊されたとのことだ。まあ、とっくに掴んではいたが」

「……」

「サラマンダーの霊骸れいがいを守る使命を負った一族としては、これを『悪魔の呪いの末路』として横に置き、そうならないように備える必要もあるな」


 悪魔の呪いの末路──

 ようするに『他山の石とする』という意味だ。


(なるほど、この兵力は、王ではなく、ワタクシへの警戒、ですか)


 ドーベラは、直感によってか、推測によってか、シルフの聖骸を破壊したのが『商人』だと気付いている。

 だからこの強制徴兵は、『商人』に対する示威行動──


(……と、早合点するのも危険、ですか。……裏表がなさそうに見えて裏だらけ。猪突猛進に思えて策略も使ってくる。強引なくせに求心力がある。何をしてくるかわからない上に、なんでも出来る──)


 ドーベラ・サラマンダー。

 間違いなく、紛れもなく、この大陸で五指に入る……

 あるいは『王』さえもしのぐ、『強者』である。史上を見てもそういないほどの、『強い貴族』だ。


『商人』は、敗北を認めることにした。


「まったく、したたかなお方で。ワタクシごときでは、あなた様が何をなさりたいのか、さっぱりわかりません」

「お前が想像したことすべてが、私の目的だ」

「……」

「だが、『それだけ』ではない」

「ワタクシが一体何を想像したか、おわかりなのですか。たとえば?」

「いや、わからんさ。人の頭に何が浮かぶかなど、わかるわけがないだろう?」

「……」

「うっかり口を滑らせてくれればと思ったが、さすがにそう簡単にはいかないようだ」


 嘘つけ、という言葉がうっかり口から滑りかけた。

 ドーベラは間違いなく、『商人』が何を想像したかを読んでいる。


 その上で、


「だがな『商人』。人が頭の中に何を浮かべるかはわからずとも、人が頭の中に何を浮かべることが出来ないかは、わかるものだ。……私の一番の目的はな、お前が想像出来ないことだよ」

「ワタクシが想像出来ないこと──なぜ、想像出来ないと決めてかかるのか、その根拠に興味がありますねぇ」

「お前が貴族でも強者でもないからだ」

「……」

商人・・、王に『よく見ておくように』と伝えてくれ」

「……言葉のままお伝えしても?」

「構わん。これは『国王陛下への上奏』ではない。……『古い友人からの誘い』だ。私を見ていろと伝えてくれ。目を逸らすな。私の行きつく先を、あるいは──私の人生の果てを、しっかりと見ておけ。そして、『悪魔の呪いの末路』とせよ、とな」

「何をなさるかはわかりませんが、サラマンダー公の『末路』となると、想像がつきませんねぇ。よほど強大なモノに挑むおつもりで?」

「『たとえば、王とかな』とでも言って欲しいか?」

「……」

「リクエストにお応えして差し上げたいのはやまやまなのだが、残念ながら、我が刃は王へは向かん。それに、お前や『兵器』にも向かん。……まぁ、それらはきっと、『ついで』だろうな。心臓を狙えばその途中で鎧に突き刺さる。『鎧』をあえて避けようとは思わん。我が剣はそのような薄っぺらいものなど、ものともしない」

「では、『心臓』とは?」

「王をまとい、兵器をまとい、あるいはお前さえもまとっているものとくれば、一つしかない。それは、『運命』だよ」

「……」

「理解出来んだろう? 想像にもなかったはずだ。お前は理解出来るものしか想像しない」

「……」

「世の中には読み解けぬものもある。頭の外側にも世界はあるのだ。理解という行為は安心をもたらし、敵を矮小化する。だが、真の勇気とは理解出来ぬ者へ立ち向かう時に発揮される。ちょうど、我らの祖が『悪魔』と相対したように」

「その、わけのわからないモノに立ち向かうために集められる兵の方々に、同情申し上げます」

「それには同意しよう。同情するよ。彼女らが愚かとも思わん。彼女らはまっとうに生き、一心に働き、そしてある日、人生を歪められ、彼女らにとってはわけのわからない戦いに巻き込まれるのだ」

「その理解の上で、強制徴兵を?」

「すべての女を説得し、理解を求め、協力していただくという手間を経ることなく、多くの人間を一つの敵に向かわせることが出来る。だからこその貴族だ」

「……」

「『総力戦』というのはな、貴族以外には出来ぬのだ」

「……あなたは狂っています」

「そうだ。私は狂っている。理解など求めん。悪罵も受けよう。だが、それでもすべきことがあると確信し、そのために自分を含めた多くの者の命と人生を懸ける決断が出来る。実行し、従わせることに迷いはない。それで多くが死してもいい。その死の意義を私は理解している。死する本人が理解出来ずともな」

「……」

「狂気とは『多くの者にはわからぬ熱意』を指す。であれば狂っていない貴族などいるべきではない。なぜならこの世は民の方が貴族よりも圧倒的に多いのだから。搾取も圧政も貴族の確信においてとられるべき方針であり、同意も理解も必要としない。後世において間違いと言われてもまったく構わん」

「理解出来ない」


『商人』のその声には感情が──普段声にまとわせている、笑ったような響きがなかった。

 あまりにも圧倒的に『違う』生き物を前に、ついつい、素が出てしまった。そういう声だった。


 ドーベラ・サラマンダー公爵は口の端を持ち上げる。


「だから、理解などいらん。とはいえ、お前も別種ではあるが、私の同類だぞ。なぁ『商人』、お前を──お前と王を動かす狂気は、いつ、どこで発した? 少なくとも、王と幼いころをともに過ごした我らの知らん場所であろう」

「……」

「『アンダイン王は不老不死である』。……私はあのお方が生まれ、育った日々を知っている。だが、果たしてその中身まで、我らの幼いころの友人のままかは、最近の様子を見るにつけ、不安に思うことがあるな。お前が接触したから王が今のようになったと言われることが多いが、果たして、『お前が接触した』のが先か、『王が今のようになった』のが先か」

「……」

「口を滑らせんか。……まぁ、私から話せることは話した。他に質問は?」


 黒雲の中で雷光が舞う。

『商人』は空を見上げ、


「どうせ、聞いても理解出来ぬことばかり言うのでしょうね」

「そうかもしれん。だが、我らの王ならわかるだろう。あのお方は愚鈍で大人しい。だが、深く思索する。もっとも、その思索がいちいち長いからこそ『愚鈍』なのだが」

「王へはすべてお伝えしますよ」

「ああ、そうしてくれ」


『商人』は礼もせず、その場から消えた。

 一秒でもこんな場所にはいたくない、という様子だった。


 ドーベラもまた余韻なく立ち上がる。


「あるいは私の目的は、『男』になら理解出来るのやもしれん」


 立ち上がりざまつぶやき、東屋から邸内を目指す。

 その頭の中に思い浮かぶのは、


「『強敵に挑む』とは、このような心地か。……確かにこれは、たまらんな。なぁ」


 あの日、自分に詠唱魔法を使わせかけた、『男』の姿。



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