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第195話 死地への旅路、その前に

 キトゥンを呼び止め、ジニたちを見送り、乖離かいりはこう切り出した。


「領地全体が混乱している。サラマンダー領を出るなら今だぞ」

「はぁ!?」


 思わず大声をあげてしまうのはキトゥンだ。


 それはそうだろう。ここまで盛り上がっておいて、今、ここで『出て行く』などという選択肢はありえない──


「──ありえないと思っているだろうから、一応、ここから先に起こることを説明しておく」

「心でも読めるの???」

「お前の心ならそう難しくない」

「馬鹿にされてない!?」

「まずお前は『ここまで盛り上がったし、ジニともいい雰囲気だから、もう最後まで助けるのが騎士道でしょ』とか盛り上がっているのだろうが……」

「心でも読めるの!?!?!?!?!?」

「だからお前の心なら難しくない」


 そもそもある位階以上の人斬りは、人の心を読んだり、読んだ上で挑発したりといったことを普通にやってのける生き物である。

 心理戦は千尋ちひろの世界でも『忍術』などと呼ばれており、これもまた戦いの技法の一つなのだ。


「このまま、ジニとともに革命を成功させた場合についてだけ語ろう。失敗した場合は死ぬだけだからな」

「『だけ語ろう』ってなんだったの!?」

「いや死にざまについて詳細に語れと言うなら省かず語るが……」

「いい! いらない! 続きを話して!」

「まず、お前の死体は辱められる」

「死に方の続きを話してって意味じゃないんだけど!?」

「そうだったのか。……では勝利した場合、お前は王を継ぐことになるぞ」

「……なんで?」

「サラマンダー公を倒す大事件、世間が注目していないと思うか? その中に王位継承権保持者がいると運よくバレないとでも?」

「誰かが話すってこと!?」

「お前の育ての母と、お前を世話していた商人だが、今、どこにいる?」

「は!? なんでママとかが出て来るの!? ママは王都よ!?」

「……本気で言っているのか?」

「え? え?」

「考える時間を与えた方がいいなら、そうする」

「わ、わかった。ちょっとだけちょうだい」


 キトゥンは考える。


(なんで急にママの話をし始めたの? こいつ、見た目はめちゃくちゃ脳筋っぽいのに、なんか奇妙に頭回るのよね……)


 そもそもある位階以上の殺し合いは、頭が回らないとやっていられない。

 剣の腕だけで勝負をつけられるのは、そう整備された競技の中だけなのだ。そして整備された環境以外で勝敗を定めようと思うのであれば、環境の整備・発見・用意も自分でやらねばならない。そのためにはある程度の頭は必要なのである。


「……あ、ママが騎士団長で……アタシを守ってたなら……アタシが王都から出てもママの監視下にあったってこと!?」

「そうだ」

「え!? 今も!?」

「そうだ」

「どこ!?」

「それはわからん。というか『物陰に隠れてこっちを見ています』というのを『監視下』と想像しているようだが……」

「心が読めるの!?!?!?!?!?!?!?」

「お前の心なら簡単だと再三言っている。……『監視』というのは別に『直接見る』ことだけを指さない。ある場所に潜んでいることが確定しているのなら、そこを遠巻きに見て、そこから出て来る者の様子を見たり、そこから出て来る者をこっそりつけて話を盗み聞きしたり、そういうのも『監視』に含まれる。そうして集めた情報で空白を埋めて事実を推測するのが『監視』だ。『直接、目標を目視する』なんていうのは監視のやり方の中でも下の下だ」

「…………勉強になります」

「お前が商家の倉庫整理で一生を終えるのであれば、いらない勉強になる」

「……」

「そうやってお前を監視している者たちは、この革命にお前がかかわれば、『暴虐なるサラマンダー公を、我らがセプトラ様が倒した』と触れ回るだろう。もちろん、お前の身の安全を守ることもしてくれるはずだが」

「……」

「この革命に参加してしまった時点で、お前の運命は『王』という目的地を目指すものにされる。……ここが最後の分岐点だ。今、ここを出て、ジニたちについていけば、お前は王になるしかなくなる。逃げ道は……まぁ、ないな。お前の力では逃げ切ることは出来ない」


「乖離、その場合は俺たちがウズメ大陸に連れ帰ってやってもいいのではないか?」


 千尋ちひろの言葉に、乖離は首を横に振った。


「私の立場だと賛同できないな」


 乖離の立場──

 彼女は『天使』である。

 天女教総大主教である天女、天宮売命あめのみやびのみことに仕える者なのだ。


 なので、明らかに外国との関係の火種になりかねないキトゥンを、今この情勢でウズメ大陸に連れ帰ることは出来ない。


「案外、職務に熱心であったのだな?」


 これは普通に驚いた様子で千尋が首をかしげる。


 乖離は「心外だな」と少しいじけた声で応じる。


「基本的に、私は真面目に職務を遂行する。よほど興が乗れば職務を逸脱することもあるが、そういうことは極めて少ない。というより、ここ数年ではお前を見逃したことだけだ」

「そいつはありがたい──と言えばいいのか、どうだか」

「ミヤビ様に仕える立場として、キトゥンをウズメ大陸には持ち込めない。というよりそもそも、キトゥンを連れ帰ろうとすれば海戦が起こるぞ。我らには『魔法』がない。一方的に船を沈められるだけだ。私はともかく、お前が助からん。さすがに」

「無力なこの身が惜しいなぁ」

「それとも『商人』に頼んであの『鉄の大岩を飛ばす船』でも貸してもらうか?」

「そいつはよさそうだ。検討しよう」


「ねぇ! アタシを放っておかないでよ!?」


「そういうわけで、お前が『王』になりたくないならば、この混乱に乗じてサラマンダー領からの脱出を目指すことだ。それでも強引にお前を立てようとする者たちではなかろう。そういう者らなら、シルフィアで水賊にお前側の人間がついていた」

「は!? なんで!?」

「シルフ公を倒すために決まってるだろう。ああいや、シルフ公であれば『シルフ公について街を守った英雄』という演出から『実は王族でした』と発表する道もあるか。……だがお前の母は、お前に愛情があるのか、お前のやる気を確認したいのか、まだ見守っているようだ。だから、領を出ればきっと大丈夫だろう。つまり──」

「──決断するなら、今、ってこと?」

「まぁ、先延ばしはできる。革命に参加すれば『王』にされる。そういう話だ。再三言っている通りにな」

「でも、ジニが……」

「ジニに特別な絆を感じているようだが、別にお前が出ても無力だからな……」

「ごめんカイリ、アタシ、アンタのこと超苦手かも」

「人に『お前のこと得意だ』と言われた経験はないな」

「そりゃそういう言い回しはしないでしょ!? 何!? 真面目な話をしてるんじゃないの!? ふざけてるの!?」

「なんだ、お前も急に怒り出す女か。私とかかわる女は、十子しかり、サクヤしかり、ミヤビ様しかり、なぜか唐突に怒り始めるので困惑する」

「困惑したいのはこっちよ!」

「で、どうする?」


「キトゥン殿、少しだけ補足しようか」


 そこで千尋が忍び笑いをこぼしながら声をかける。

 もう何もかもわけがわからなくて、少しでも情報が欲しいキトゥンは、千尋をじっと見て言葉を待った。


 千尋は、


「乖離はこう見えて、そなたのことをかなり気遣っている。そもそも、こんなこと教えずに連れ出してしまってもいいのだからな。連れ出すというか──別に、どっちでもいいのだ。我らにとってアンダイン大陸のお家問題は、どこまで行っても無関係な問題なのだから」

「無関係って……そうかもしんないけど……」

「俺も乖離も、十子殿も、そなたの決断を聞きたいのだ。……『決断』という言い方はよくないな。別に王を目指してほしいわけではない。ただ……まぁ、なんだ、三者三様に、そなたの未来に興味があるのよ」

「千尋はなんでよ?」

「若者が成長しようとしている様子は、愛おしいものだからだ」

「………………」


 情報がオーバーフローしているので、どう見ても年下の男の子に『愛おしい』とか言われたこととか、いろいろ、つっこみきれなかった。


 キトゥンの目が十子を見る。

 十子は、


「いや、悪いがあたしはどうでもいいよ。っていうか──なんだ、今じゃねえよ、言うとしても。現実的な話にしかならねぇから」

「アンタ、ドライよね……」

「人斬りに注目されてんのは『ご愁傷様』とは思ってる」

「…………」


「キトゥン、お前は純粋だ」

「カイリの話は聞きたい気持ちじゃないわ」

「私は純粋なものを応援したい。それだけだ」

「……身勝手ね本当に!? あ、あああ、アタシはねぇ! 王様とか言われても……困るわよ!」

「困る理由はこれまでお前に素性を明かさなかったお前の母や商家の店主などだな」

「店長まで噛んでるの!?」

「それはそうだろう」

「……本当に、ねえ、こんな頭の悪いアタシがよ!? 王様なんか向いてると思う!?」

「向いてるからやらなければならないということもなく、向いていないからやってはならないということもない」

「……」

「心の赴くまま進めばいい。今なら、私と千尋も恐らく、手を貸す」

「……なんでよ」

「応援しているからだが……ああ、現実的な話がいいのか。十子、してやれ」


「……あのな、キトゥン、あたしらの追ってる『商人』が、王様をだまくらかしてあちこちに工廠を作らせてるヤツっぽいんだわ。だから、そいつをぶっ殺しに来てるこいつらは、最悪、王宮まで斬り進むことになる。だからついでにお前の前の道を空けることにもなるって、そういう話だよ」


「情報量が……情報量が多い……! え!? っていうか……え!? まさか特に革命とかじゃなく王宮に刃物を持って入ろうっていう可能性があるの!?」


「人斬りってそういう人種なんだわ」


「世界が広くてめまいがするわ! 人種の多様性にしても多様すぎるでしょ!」


「まぁ、十子が言うような話でもあるが、一番の理由は、お前を見ていると面白いからだ」


 乖離の発言は何もかもを台無しにする勢いで、キトゥンは思わず黙りこくってしまった。


 黙りこくっている間にも、時間は過ぎていく。

 こうしている間にも、決起したジニたちは戦いに入ろうとしている。


 時間がない。

 こんな大事なことを決めるための──時間がない。


 こういう時、キトゥンは『とりあえず行動!』と突っ走って来た。

 突っ走って、後悔してきた。


 ……だから、時間がないけれど、考えた。

 この決断だけは、勢いだけで決めたくなかったから。


「……王様になるかならないかは、まだわかんないわ」


「そうか」


「でも、この時にジニの横にいないのは……違うでしょ!」


「……」


「友情には報いるものよ。……これは勢い任せでも、格好つけでもないわよ。騎士道ロウマンズの教えで一番感動した教えなの。アタシは、友情に報いる。その結果王様にならなきゃいけなくなったら……めちゃくちゃ後悔するわ……でも行くしかないのよ」


「そうか」


「馬鹿すぎて失望したかしら」


「残念ながら、私は馬鹿が嫌いではない」


 乖離が背中に差していた『乖離』を抜き放ち、


「右利きだな? しばしお前の左側を守ろう。右側は、自分でなんとかしろ」

「……アンタを左に置いとくの、それはそれで物騒ね」

「流れ刃が怖ければここで引きこもっているといい」

「……行くって言ってんでしょ」


 キトゥンが踏み出す。


 かくして──


 決戦の舞台に、役者はそろう。

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