目次
ブックマーク
応援する
42
コメント
シェア
通報

第4話 王国の真実


 カオスローディアの執事や侍女の方々が慌ただしく何かの準備をしている中、支度部屋の準備が整うまで少しの間、支度部屋横の控室にて一人になる時間があった。


 一人、これまでの平穏な日々が嘘だったかのように怒涛のように過ごした二週間を思い返してみるわたし。でも気を抜くと、今でも姉の婚約者である王国の王子――エルフィン・ネオ・スペーシオの笑顔に隠された悍ましい裏の顔を思い出し、吐き気を催してしまう。


 わたしの生まれ育ったグリモワール王国は、歴代聖女がもたらした〝豊穣〟の加護と、魔法の力によって発展した独立国家。そして、そんな王国で現聖女の肩書きを持つ人物こそ、クレア・ミネルバ・グリモワール、わたしの唯一無二な自慢のお姉さま。初代聖女であり、伝説の女神と謳われるミネルバ様を彷彿とさせる長くて透き通る銀髪と蒼宝石アクアマリンのように美しく煌めく蒼い瞳は、〝グリモワール希望の象徴〟と呼ばれている。


 王国には頻繁に汚泥が発生する箇所があり、わたしとお姉さまは民に影響が出ないよう、加護の力で汚泥を日々〝浄化〟していた。お姉さま程の力はなくとも、わたしでも役に立っている。その事実だけで安心出来た。


「アンリエッタ。あなたが誰よりも頑張っているってわたくしは知っているわ。あなたはわたくしの自慢の妹よ」

「お姉さま……ありがとう」

「さ、神殿へ戻りましょう。今晩はあなたの好きなホワイトシチューを作りますわよ?」

「やった。お姉さまのホワイトシチュー、大好きです」


 こんな他愛のないやり取りがわたしにとっての日常であり、安らぎのひと時だった。


「きっと、なるべくしてわたしは王国から追放されたんだわ」


 そもそも姉の半分も満たない魔力しか持っていないわたしは、王国の闇を知るずっと前から偽物の聖女――疑似聖女・・・・として蔑まれていた。それでもわたしと姉が務める女神ミネルバ様を祀る神殿のため、引いては王国の民のため、その女神の加護と呼ばれる力を使って来た。


 わたしが何故追放されたのか? ―― 

 それは、わたしがエルフィン王子の裏の顔……王国の真実を目撃してしまったからだった――



 天より地上を照らす陽光が少し暖かく心地よい朝だった。 


「お姉さま、気をつけて行って来て下さい」

「ええ。アンリエッタも無理しないようにね。魔力の使い過ぎは禁物よ?」

「分かっていますわ。お姉さまが居なくても、立派にお勤めしてみせます」


 その日、お姉さまは王国の神殿長ルワージュと共に、グリモワール王国より南方に位置するサウスレーズンという町へ遠征に行っていた。目的は魔物に襲われた民の〝治療〟。


 この世界には魔物が存在する。グリモワール王国の王都は結界に守られているが、ひとたび街の外へと向かえば野生の魔物が蔓延る世界が多数存在している。お姉さまは王国の民を救うため、魔物の討伐役を務める騎士団の者と遠征へ向かう事になったのだ。


「お姉さまも頑張っているんだ。わたしが頑張らないと!」


 お姉さまが不在となっても、王国の汚染された場所を〝浄化〟するお仕事は待ってくれない。この日もグリモワール王国地下に浸水する汚泥水を〝浄化〟していく。自身の魔力が減ってくると額から汗が滲み、少し呼吸が苦しくなる。〝治療〟であれば神殿所属の神官クレリックでも可能なため、横から支援してもらいつつ、自身の魔力が枯渇しないよう制御コントロールする。なんとかその日の業務を終えるわたし。お姉さまが居ると居ないとでは大違い。


 でも、こんな時だからこそ、わたしが頑張らなくちゃいけない。魔物討伐を要する現場への派遣任務は命の危険を伴う事も多い。お姉さまが大変な事態に巻き込まれていないか心配だけど、わたしは無事に帰って来てくれる事を祈るばかりだ。


「お姉さま……生きて、帰って来てください」


 この日の夕食は、昨日お姉さまが作ってくれた二日目のホワイトシチュー。いつもお姉さまと一緒に食べる食事も今日は一人。王宮併設の神殿には神職の神官クレリックにシスター、お世話係の侍女と百名近くの人間が生活しているが、お姉さまが居ない時、任務の時以外は誰もわたしに近づこうとしない。こんな日は早く寝るに限る。


 そう思ったわたしだったけれど……かつての辛い出来事・・・・・が脳裏を過り、眠りにつけなかった。自室のカーテンの隙間から入り込む月灯り。聖と闇、二つの相対する魔力が満ちると言われている日。ベッドからゆっくり降りたわたしは、手織りのケープを羽織って回廊へと歩を進める。


 神殿の夜は静かだ。虫の声もない。静寂だけが支配する世界。月光はわたしが一人歩く神殿の回廊を妖しく照らしている。


(あれ? こんな時間に誰か起きているの?)


 ちょうど回廊の向こう、神殿のお世話をする侍女達の部屋の一つから灯りが漏れ出ている様子が見えた。灯りに導かれるがまま、扉の隙間からそっと中を覗いたわたしは……言葉を失ったんだ。


「僕の聖女もお前のように尻尾を振って啼(な)く売女ならよかったのになぁ?」

「嗚呼、エルフィン様ぁ~止めないでくださいまし~」


 そこに居た人物はエルフィン王子という仮面を被ったただの野獣けだものだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?