「これはこれはレイス王子。ご機嫌麗しゅうございます」
「嗚呼、エルヴィス卿。今は急いでいる。話は今度にしてくれ」
カオスローディアの城門にて、レイは誰かに声を掛けられる。明らかに立派な馬車から降りて来た人物はきっとカオスローディアの貴族か誰か何だろう。レイがエルヴィス卿と呼ばれた人物の横を通過しようとすると、派手な衣装を身に纏ったこの人物は大袈裟なリアクションでわたし達を引き留める。
「おやおや! つれないですなぁ~。お、もしや、隣に居る
この語尾が耳につく話し方。宝石を散りばめた派手な衣装。そして、男から漂うきつい香り。銀髪を塗り固めるための整髪料か、体臭を隠すための香水か。何処の国に行ってもいけ好かない貴族は同じ香りがするものだ。
レイの後ろに控えていたわたしは自ら彼の横に立ち、このエルヴィスと呼ばれる貴族らしき人物へカーテシーをする。
「申し遅れました。この度、レイス王子と〝契り〟を交わしました。アンリエッタ・マーズ・グリモワールと申します」
「おぉ、なんとお美しく可愛らしいお嬢様だ。私はエルヴィス・グラハムです。グラハム家は、カオスローディア王家と古くから付き合いがあるのでね。カオスローディアへ嫁ぐなら、是非憶えておいてくれ給え」
わたしは差し伸べられたエルヴィスの手を握ろうとした……のだけれど、レイがエルヴィスの手を払い除けてしまう。ただでさえ切れ長の瞳を更に細めたレイの表情。これは明らかに怒っている。
「気安く俺の女性に触れないでいただけるか?」
「これはこれは、失礼した。では、今日は用事だけ済ませて帰る事にするよ」
「嗚呼、そうしてくれ」
『俺の女性』『俺の女性』『俺の女性』『俺の女性』……レイの言葉が脳内で反芻され、わたしは思わず顔が熱くなってしまう。このエルヴィスという貴族、お城にどうやら用事があるらしい。城内からアーレスが出て来る様子が見えた。彼が後は何とかしてくれるのだろう。
数名のお付を連れ、エルヴィス卿は城内へ入っていく。そして、途中で立ち止まった彼はレイに聞こえるような大きな声で話し始める。
「嗚呼、そうだ。珍しいものが手に入ったので皇帝へ手土産があるんだが、最近姿を見かけない皇帝は何処へいらっしゃるのか……直接手渡し出来ないのが残念ですなぁ~」
レイはそれに一切の反応をせず、悦に浸る己の姿に満足したのかエルヴィス卿は再び歩を進み始めた。
「アンリエッタ。お前の国でもそうだったろうが、己が全ての者、野心を抱く者。全員が自身の味方とは限らん。それに握手は控えておけ。悪魔と契約した者が何か仕掛けて来る事もある」
「え? それは……わかりました。気をつけます」
レイによると、手を握っただけで感情や魔力を読み取る、或いは精神操作といった闇魔法を仕掛けて来るような輩も居るのだと言う。魔国はそれだけ危険という事なのだろう。心得ました。
どうやらグラハム家は先代の王――つまりレイのお爺さんが皇帝になった際、お爺さんの弟側について裏で国を乗っ取ろうと画策したらしい。その後もうまく王家に取り入り、追放されずにしぶとく残っている貴族なんだそう。何処の国にも王位継承や貴族間の争いなど、紛争の火種は転がっているらしい。
「あ、レイ。ひとつ質問してもよろしいですか?」
「嗚呼、構わぬ」
「さっきの……えっと……俺の女性って」
「何だ? そのままの意味だが」
「あ、そうですよね。何でもないです~ははは~」
「そうか」
普段は冷淡な様子なんだけど、時々距離を詰めてくるから反応に困る。あの日以来、別々の部屋で寝ているし。まぁ、あくまで契約結婚みたいなものだものね。気にしない気にしない。
「とんだ邪魔が入って無駄な時間を過ごしてしまったな。アンリエッタ、少し待っていろ」
レイが突然指笛を吹いた。遠くの山まで響き渡る笛の音。すると、遠くから何かが駆ける音が聞こえて来る。山の上から一気に斜面を駆け降りる大きな獣。毛並は美しい銀色。これって……。
「狼?」
「
銀狼――生で見るのは初めてだ。魔物と獣の混血とされる銀狼は魔法も扱える特殊な獣と言われている。獣が弱肉強食の世界で生き抜くには魔物に対抗する術まで身につけなければならない。この子の親が魔物に襲われた事で、きっと置いていかれてしまったんだろう。
「く~ん」
頭を撫でられて尻尾を振りながら目を細める銀狼。レイに完全に懐いている様子。これは……まるで大きい犬だ。レイは銀狼の背へ飛び乗り、手を伸ばしてわたしを引っ張りあげた。背中の毛並に手を触れてみる。……温かい。まるで、お日様の光をいっぱい吸収した、ふかふかの毛布に包まれているかのよう。
(モ……モフモフ気持ちいい……)
「俺の背中にしっかり掴まっておけ。振り落とされるぞ」
「え、こ、こうですか?」
「もっとしっかり腕を前へ回しておけ」
日々鍛錬をしていないと産まれない鍛え抜かれた肉体。衣服の上からでも分かる。分厚い背中と割れた腹筋。脚に触れるは狼のモフモフ。腕で掴むは王子のムキムキ。
移動距離は半日。果たしてわたしは昇天しないよう、意識を保つ事が出来るのでしょうか?
「行くぞ。サスケ!」
「わお~~~ん」
「え、待っ!?」
初速で一気に加速した反動で、わたしの顔がレイの背中に張り付いてしまった。待って、は、速……というか速すぎるんですけどぉおおお~~。
ただの狼の速さではない。これは、四つ脚に風の魔力が籠められている。今、レイの身体から手を離せば、一瞬にしてわたしはきっと吹き飛んでしまう。
これはモフモフとムキムキ堪能とか言っている場合じゃない。こんなところでわたし、死ぬ訳にはいかないのよぉ~。