「着いたぞ。ここからは少し登るだけだ」
「はぁはぁ、ありがとうございます」
背中越しに声を掛けられ、わたしは閉じていた目をそっと開ける。移動時間にして半日。わたし達は
途中ほぼ休憩なしに駆け抜けたため、しがみついているだけでやっとだった。銀狼の背中はモフモフで気持ちよかったけれど、この高速移動は慣れるまで時間かかりそう。レイの背中も心地よかったけど、こちらも以下略。
途中から無心になるため、わたしは目を閉じていた。ちょうど、狼の子供が一匹、二匹……と野山を駆け抜けている映像が脳裏に流れていた。三百匹くらいから狼の子供はぎゅうぎゅう詰めになっていて。そこに居た狼使いがなぜか上半身裸で、こっちに振り向いた顔がレイだったので、そのタイミングで声を掛けられてよかったと思う。危ない危ない。
「じっとしていろ」
「え? ちょっ、レイ? あわわ」
レイが後ろに控えていたわたしをそのまま抱きかかえるようにして、銀狼のサスケから飛び降りた。この人はどれだけ鍛えているんだろう? 首の後ろに回した二の腕がとっても分厚くて、わたしを抱きかかえたレイの横顔が陽光に照らされ、輝いてみえる。
「此処からは徒歩でいく。歩けるか? 疲れているのなら、俺としてはこのまま抱きかかえたまま登ってもいいが?」
「い、いえ! 歩けます! 大丈夫です、歩けますから!」
このまま抱きかかえられたまま歩かれたら、彼の腕の中で蒸発してしまいそうだったので、下ろされたわたしは腕を回しながら元気アピールをした。あれ? ほんの一瞬、レイが笑ったような?
「さぁ、行こうか」
「はい」
銀狼のサスケは一度山の向こうへ帰っていった。でも、遠くからいつも見守っているらしい。むしろ帰りもサスケに乗って帰るそうなので、再びあのモフモフとムキムキの長距離移動が待っているという事になる。復路に備え、今の内に気持ちを落ち着かせておこうと思う。
岩山に囲まれたエビルノース山。銀狼による谷を越えた峠道ではない近道での移動が無ければ野生の魔物が大量に潜む〝魔の森〟を抜け無ければならなかったらしい。人々が近づく事を許さない岩山に囲まれた山。
ヒールの靴では歩く事すらままならないような道なき道をアーレスが事前に用意してくれた革製の靴で進んでいく。暫く山を登ったところで川のせせらぎが聞こえ、レイが立ち止まる。
「此処でじっとしていろ」
「はい」
大きな獣が四頭、水を飲んでいる。角の形からしてバーファロー……なんだろうけど、赤紫色の禍々しい毛並を帯びている。あの子はきっと、この辺りに満ちた
レイが腰に携えていた剣を引き抜く。彼の長剣はまるで闇を纏ったかのように、刀身が漆黒だった。魔国の王子を彷彿とさせる漆黒の魔剣を携え、レイが一歩一歩、魔物化したバーファロー――魔獣へと近づいていく。
気配の察知に長けている筈の魔獣がレイに気づかない。殺気を消しているためだ。そして、一定の距離まで近づいたレイは高く飛び上がる。ようやく何かが近づいている事に気づいたバーファローだったが、もう遅い。
一頭目の首が落とされ、二頭目の体躯を彼の魔剣が横に凪ぐ。敵襲に気づいた三頭目の突進を躱し、再び飛び上がったレイが四頭目の背中へ刀身を突き立てる。引き抜いた魔剣を最後残った三頭目掛けて投げつけ、眉間を貫かれた最後の一頭はそのまま勢いよく卒倒。息が無い事を確認したレイは岩場の陰から見ていたわたしに手招きをする。
「こっちへ来ていいぞ」
「はい。お怪我は」
「心配ない。それより、ご飯にしよう」
「え?」
えっと……赤紫色の禍々しいお肉が四体横たわっているけれど、まさかこの子達を食べる訳ではないわよね? 程度にもよるが、魔に侵されてしまったお肉は、〝浄化〟を施さなければ人が食べると必ず害を及ぼす。毒みたいなものだ。まぁ、そうね。わたしの〝浄化〟があれば……食べられない事もないわよね。バーファローのお肉は食べた事ないけれど。
「嗚呼、心配しているのだな。〝浄化〟は必要ないぞ?」
「え? でも、これだけ魔が侵食していると、身体に毒ですよ?」
「だからこうするのだ」
一頭の体躯にレイが魔剣を突き立てる。するとどうだろう? 紫色の靄がバーファローの身体から蒸気のように漏れ出し、何やら魔剣の中へ吸い込まれていくではないか?
これってもしかして……妖氣を
「見ての通りだ。俺の魔剣――カオスロードは、妖氣を奪取し、闇の魔力として還元出来る。〝浄化〟をせずともダークバッファローは元のバーファローだ」
「ほ、本当だ」
「残りの肉は捌いて後で銀狼に運んで貰う。半日の移動で腹が減っただろう。食べて英気を養い、七色鳥の捕獲へ参るぞ」
「はい。あ、火魔法ならわたしも使えますので!」
「そうだな。では、お願いしよう」
この後、レイが持っていた短剣でバーファローのお肉は綺麗に捌かれ、川の
「女神さまの加護により……あ、レイの国は女神信仰じゃないのよね」
「構わぬ。創世の時代、創世の女神ミネルバと破滅の邪神ハザートスとの戦いはあったが、俺は女神も邪神も信仰はしていない。信じるは己の信念のみ。だが、アンリエッタ。お前はお前の思う通りにすればいい」
「ありがとう。じゃあそうするわ」
女神さまへ祈りを捧げ、わたしは目の前のお肉をひと口口へ含む。野生を生き抜いた引き締まったお肉。口の中に肉汁が溢れ、脂身が溶けていく。そして、幸せ成分が脳内を満たしていく。
「お、美味しい!」
「だろう。ダークバッファローはそこらの家畜の牛肉より旨いからな」
バーファローのお肉がこんなに美味しいなんて知らなかった。魔物のお肉も妖氣を取り除き、ちゃんと調理すれば美味しいんだそうだ。グリモワール王国では魔物を食べる習慣なんて無かったから新鮮だ。闇に汚染された場所ではまともな食料を確保するにもひと苦労。魔国の人達もそうやって知恵を絞って生きているんだろう。
半日食事をしていなかったわたしは、ステーキ肉を三枚もいただいてしまった。レイは色んな部位を色んな形で捌いて堪能していた。にしてもレイが食べていたバーファローの