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第15話 七色鳥と名付け

 バッファローのお肉で英気を養ったわたし達はその後、エビルノース山のいただきを目指して岩に囲まれた道なき道を登っていった。山歩きならまだしも、本格的な山登りなど初めてのわたしは、途中レイに手を引かれながらもなんとか登る事が出来た。


 山頂手前では、岩で出来た巨大なゴーレム――ストーンゴーレムが行く手を阻む場面があった……のだけど、わたしが何かしようとする前にレイが魔剣を引き抜き、岩の体躯ごとゴーレムの身体を斬り捨てていた。……え、ちょっと待って、岩って斬れるの?


「これが、闇の力だ」

「いや、これは単にレイが凄いんだと思う」


 須臾しゅゆの間に、只の岩になってしまったストーンゴーレムを哀れに思ってしまう位に、レイの動きは洗練されていた。過去、〝浄化〟の現場にお姉さまと同行した際に魔物と対峙する場面は経験済だけど、グリモワール王国の騎士団でさえ、後方から魔法で支援しつつ歴戦の騎士数名で魔物を仕留めていた。

それをたった一人で――

 この人は、今までそれだけ死線を潜って来たのかもしれない。


「怪我はないか?」

「ええ、お陰様で」


 これ、やっぱりわたし要らない展開? これまでお姫様抱っこ、バッファローのお肉ご馳走になったり、ストーンゴーレムを瞬殺して貰ったり……と、結局レイに守られてばかりで何も役に立っていない。出発前、足手纏いにならないって意気込んでいたわたしの決意が嘘だった事になってしまう。そうこうしている内に、わたしの前を進むレイの足が止まった。どうやら目的地へ着いたらしい。


「着いたぞ。あそこだ」

「本当だ……綺麗」


岩陰に一度隠れたわたし達は、気配を消し、その美しい生物を観察していた。


 陽光を反射し、七色の光を反射させる羽根。長く美しい羽根に覆われた一羽の鳥が大樹の下に沸いた水を飲んでいる。お城にあった池と違って、透き通った湧き水は七色鳥レインボーバードの羽根の光をいっぱいに吸収し、生命に満ち溢れていた。


 七色鳥の横に一本だけ生える緑の葉が茂った大樹は、生命力の源。サスケの背に乗り駆け抜けた森の葉は全て紫色。寧ろ、魔国に来て初めてお目にかかった緑の葉かもしれない。


「地上に満ちた闇の妖氣エナジーはこの山頂までは届かない。エビルノース山は魔物も多く、妖氣に満ちて闇に慣れていない人間が歩けない場所もあるが、此処だけは、そこにあるノースの大樹だけは、何故か闇に染まる事なく、太古の昔から魔国を見下ろしていると言われているのだ」


 まるで此処だけ女神さまの〝加護〟が存在しているかのような神域。そんな神域で、七色鳥を捕獲する行為が問題ないのか心配になる。そういえば、先日食卓に七色鳥の丸焼きが並んでいたけれど、レイはいつも、七色鳥の捕獲ってどうしているんだろう?


「元々七色鳥の巣は別にある。が、岩山の崖にあって普通は近づく事が出来ん。羽根休めにこの大樹へ訪れた七色鳥が巣へ帰ろうと飛び出す瞬間、雷を落とす」


 え? 雷を落とす?


 レイの指先が小さく青く発光する。雷の魔法は風の精霊シルフィーユと水の精霊マーキュリー、二つの精霊の力を同時に借りて発動させる上位精霊魔法の筈。それを扱えるなんてレイの底が知れない。……って、ちょっと待って。


「レイ、それは駄目」

「何を言っている? 焼く・・手間が省けるではないか?」

「いやいやいや、そうじゃなくて! 七色鳥を食べに来た訳ではないでしょう? 焼いてしまったら羽根にある〝清浄〟の力も七色の輝きも失われてしまう。羽根を数本いただくだけでいいの。あの子を殺しては駄目よ」

「そうか。では策を練らねばならんな」


 此処で初めてレイが両腕を組み、思案する仕草を見せる。どうやら本当に雷を落とすつもりだったらしい。いや、事前に聞いておいてよかった。焼いてしまった羽根では妙薬が作れないし、わたしとしては、あんなに可愛くて美しい七色鳥が眼前で丸焼きになるところなんて見たくないもの。


「いえ、レイ。策は大丈夫です。わたしに考えがあります」

「ほう、何だ。言ってみろ」

「お見せした方が早いです。七色鳥は清らかなものを好む習性があります。だから、こうするのです」


 わたしは両手を握り、祈りの所作を行ったまま岩陰より姿を見せ、一歩、また一歩と七色鳥へとゆっくり近づいていく。わたしの掌から淡く白い光が放たれ、やがてわたしの身体を〝浄化〟の魔力で覆っていく。


 それまで聖なる水を飲んでいた七色鳥がわたしの存在に気づく。人の気配に敏感な七色鳥。通常ならば、この時点でこの場から飛び去ってしまっただろう。だけど、今は違っていた。


 わたしと七色鳥との距離があと半分位に差し掛かったところで、七色鳥の二本脚がわたしへと向く。全身から〝浄化〟の光を放つ眼前の珍しいモノ・・に興味を示したのか、首を傾げながらも少しずつ近づいて来る。レイはその様子を後ろから息を呑んで見守ってくれていた。


 わたしのちょうど腰の当たり位の身長で、普段は羽根を畳んでいる。畳んでいても光を浴びると七色に光る羽根は、わたしの〝浄化〟の光を浴びて既に煌めいていた。七色鳥の背の高さまでかがみ、細い頭をそっと撫でる。目を細めた七色鳥はわたしの頬をスリスリしてくれた。どうやら警戒心を解いてくれたみたい。


「だいじょうぶよ、怖くない、怖くない」

「キュウ~」


 間近で見ると瞳が真ん丸で凄く可愛い。


「家族は居るの?」

「キュッキュ」

「一人?」

「キュキュウ」

「そう。お願いがあるんだけど、救いたい人が居て、あなたの羽根が必要なの。二、三枚、貰ってもいいかしら?」

「キュッキュウ!」

「本当、ありがとう!」


 なんとなく、表情からこの子が何を言っているのか分かる気がした。わたしは三枚、七色鳥の羽根をそっと取る。一瞬、目を瞑った七色鳥。


「あ、ごめんね! 痛かった?」

「キュキュ!」

「そっか。ありがとう」

「キュキュウ!」


 これだけ可愛いとつい名前つけたくなっちゃうなぁ。七色でレインボー……レインちゃんかなぁ? それとも、キュッキュ言うからキュウちゃん?


「アンリエッタ、凄いな。七色鳥と会話出来るのか?」

「うわっ、レイ。いきなり話しかけないで下さい!」

「お、おう。すまない」


七色鳥のほっぺをスリスリしながらこの子の名前を考えていると、いつの間にかレイがこちらまで近づいて来ていたのだ。突然後ろから話し掛けて来たので、両肩が跳ねてしまうわたし。レイが謝って来たので慌ててわたしも両手を前に出す。


「あ、ごめんなさい。驚いてしまって、悪気はなかったんです」

「構わぬ」


「キャシャアアアア!」

「あ、ダメダメ、キュウちゃん! この人は味方だから!」


 警戒心を解いていた七色鳥がわたしから離れ、レイの前で七色の羽根を大きく広げて威嚇する。そりゃあそうよね、闇の魔剣を持った人物なんて、七色鳥からすると天敵でしかないもの。 


「だいじょうぶ、だいじょうぶよ、キュウちゃん」

「キュウ?」


 広げていた羽根の片方を閉じ、片方を顔に向けて曲げている。『キュウちゃんって自分の事?』ってわたしに聞いているみたい。


「そうそう、キュウちゃん。あ、わたしはアンリエッタって言うの。よろしくね」

「キュッ、キュキュウ!」


 どうやら名前、気に入ってくれたみたいで、上空へ羽ばたいたかと思うと、キュウちゃんがわたしの上をクルクルと旋回して喜びを表現していた。何だか羽根から七色の光が帯のように溢れているようにも見える。


「どうやら相当好かれたようだな」

「レイは相当嫌われているみたいね」

「構わぬ」


 この時の、少しそっぽを向いたようなレイの姿が少し可愛く思えたわたしだったのでした。




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