「アンリエッタ、あれはどうするのだ?」
「えっと……どうしましょう?」
七色鳥の羽根を無事に手に入れる事が出来たレイとわたしは、山頂から銀狼のサスケに乗って移動が可能な中腹まで戻っているところ……なんだけど。
さっきから遥か上空を旋回しつつ、七色鳥のキュウちゃんがわたし達について来ているように見えるのだ。どうやらわたしの事を相当気に入ったらしい。〝浄化〟の光なんて、女神さまの〝加護〟に満ちた場所か、聖女の力を持つ人間くらいしか放つ事は出来ないものね。キュウちゃんにとっては初めて出逢った聖女みたいな存在なのかも。
わたし、疑似聖女ってずっと言われ続けていたけれど、あなたの聖女になれるよう、頑張るね、キュウちゃん。
「いや、持ち帰りは無理だろう。カオスローディア城は妖氣に満ちている。七色鳥が生きていく環境など」
「え? 心配ないわよ? 先日〝浄化〟した、あの池があるじゃない」
わたし自身、あの池の事が気になって、あの後何度か観に行った事があったのだ。その時に池周辺の植物も復活してもらえるよう、少しずつ〝浄化〟の魔法を施しておいた。〝浄化〟の魔力に満ちたあの水ならキュウちゃんも問題なく飲めるだろう。レイのご尊父を治療するために、聖水も作る予定だし丁度いい。それに……。
「魔力が足りなくなったら、レイがなんとかしてくれるのよね?」
「勝手にすればいい」
「ありがと」
魔力が足りなくなったら〝譲渡〟の力でレイが補填してくれるのだ。まぁ、補填方法がキスだし、お酒に酔ったみたいな状態になっちゃうので、少し問題ではあるのだけれど。もう、想像してしまうと顔が火照ってしまう。
「なんだ、欲しいのか?」
「ちょ、ちょっと違うから! もう、馬鹿!」
頬を赤らめる様子に気づいたレイが立ち止まり、わたしの顔へ自身の顔を近づけた次の瞬間――
「キャシャアアアアアア!」
「おっと」
わたしとレイの間を引き裂くように七色鳥のキュウちゃんが猛然と急降下して来た。あ、上空でまだキャシャキャシャ言っている。どうやら、アンリエッタに危害を加えるなって怒っているみたい。
この様子だと、キスは帰るまでお預けみたい。
……って、
そんな、わたし。求めてないからね!
◆
「お帰りなさいませ、レイス様。アンリエッタ様」
「嗚呼、アーレス、首尾はどうだ?」
「変わりありません。妙薬の材料も既に取り揃えております」
エビルノース山より半日かけ、ようやくカオスローディア城へと帰還したレイとわたし。二回目となると、銀狼の背中での移動は初回よりも平静を保つ事が出来た。
城門前でわたし達を出迎えるアーレスがレイの外套を受け取り、城内までの移動の間にお城の様子を報告していた。キランソウと
「それにしても、どうして七色鳥が一緒なんですか?」
「あ、それはですね。わたしが気に入られてしまいまして」
銀狼の背に乗って魔国を高速移動している間も、七色鳥のキュウちゃんは遥か上空を同じく高速移動し、銀狼の速度について来ていたのだ。あんなに高速で移動する七色鳥は初めて見たけれど、七色鳥は巣が魔物に襲われる、生息地が闇に覆われるなどの不測の事態に備え、有事の時には一週間近く何も飲まず食わずの状態で高速移動する持久力を持っているって本で読んだ事があった。
「あの七色鳥を手懐けてしまうとは。流石アンリエッタ様です」
「ははは、ありがとう、アーレス」
何やらキュウちゃんがキャシャキャシャ上空で鳴いている。これ以上、会話を続けるとアーレスへ向けて急降下して来そうな勢いだったため、キュウちゃんの報告はこれ位にしておき、手に入れた羽根を見せ、本題へ入る事にした。
「妙薬を作るにしても長旅でお疲れでしょう。今日はゆっくりお休みください。お食事の準備をして参ります」
「ありがとう、アーレス」
アーレスがお食事の準備をしている間、お城の中庭まで移動したわたしは、池の前へ立ち、祈りを捧げた後、両手を広げる。池とその周辺へ向け、〝浄化〟の魔力を広げ、そこから闇の
結界には魔法そのものを遮断する魔力結界と、
お姉さまがやっているところをずっと横で見て来たから、やり方は分かる。精神を集中し、研ぎ澄ませる。淡く白い光が中庭を覆い、枯れていた植物の葉も緑色へ生き返っていった。ふぅ、ギリギリだ。池を一度〝浄化〟したお陰でわたしの魔力でギリギリなんとかなった。レイの力を頼らなくても、わたしだってやれるんだ。
「おいで。キュウちゃん。おうち、出来たよ」
「キュッキュウ!」
七色鳥が上空より舞い降りる。七色の羽根が池を満たした〝浄化〟の魔力を浴びて煌めきを放つ。大樹の横に沸いていた水よりも沢山の聖なる水に、キュウちゃんも喜んでくれたみたい。
これでキュウちゃんの方は心配無さそうね。明日から妙薬作り。レイのお父様を助けるために、頑張らないと……あ。
少しふらついて壁へ凭れ掛るわたし。嗚呼、魔力はギリギリまだ残っている筈なんだけどな。そろそろお食事の準備が出来た頃だもの。早く戻らなくちゃ。ふっと背中に何か暖かいものが触れる。誰かが羽織りを掛けてくれたみたい。
「言ったであろう? 一人で無理はするなと」
「あ、レイ」
レイに迷惑かけたくなかったの、と言い掛けて止めた。結局一人でわたしは何も出来ないんだ……。
「アンリエッタ。魔国でこんな美しい庭園。初めて見た。感謝する」
「え?」
中庭の植物が青々と生い茂っている。闇に染まっていた紫の薔薇も、枯れた木々も元の姿へと戻っており、辺り一面、色とりどりの花が咲いていた。そっか。わたし一人でも出来たんだ。レイにそっと凭れ掛るわたし。わたしの両肩へ手を添えたレイは、わたしの顔をじっと見つめている。
「先程は邪魔が入ったからな」
「あ、あの……待って」
「駄目だ、そのままだとお前は気を失ってしまうであろう?」
「でも……心の準備が……」
「目を閉じろ。俺に身を預けろ」
「……はい」
レイの柔らかい部分がわたしの口元を満たし、やがて温かいものがわたしの全身を満たしていった。