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第17話 浄化と酩酊

「あの、レイス様? これは一体どういう事ですか?」

「嗚呼、中庭を〝浄化〟してくれたアンリエッタの魔力が枯渇した。すなわち〝譲渡〟したまでだ」

「はぁ~、アンリエッタ様は絶賛酩酊中・・・・・という事ですね。承知しました」


 アーレスとレイが何やらわたしの横でそんな会話をしていた。ゼッサンメイテイって魔国のお菓子か何かかしら? ふふふ、今度レイに聞いてみよう。レイの横顔が眩しく思えて、テーブルへ両肘をついたまま彼の事をずっと眺めていると、何だか自然と笑みが零れてしまう。何だか楽しいし、身体がポカポカする。目の前に美味しそうな料理が並んでいるせいかしら?


「アンリエッタ。肘をつくのは行儀が悪いぞ?」

「は~い、ごめんなさい。レイ」 


 レイに怒られて少し消沈したわたしだったけれど、眼前に並んでいる料理を見た私の瞳がすぐに光を取り戻してくれた。今日の食卓には七色鳥レインボーバードは並んでいなかった。まぁ、今日七色鳥のお肉が並んでいたのなら、わたしはきっとこの場で発狂していたかもしれない。 


 今日の晩御飯は玉蜀黍のスープにパン。根菜のサラダとキノコをソテーしたものに、蒸した鴨肉。そして、バッファローのお肉を持ち帰ったものがローストされていた。


 玉蜀黍のスープを口に含むと既にポカポカしていた身体と一緒に心も温まって来た。素材の味が生かされた食事はとっても美味しい。妖氣がすっかり抜け落ち、少し桃色がかったバッファローのお肉も、柔らかくて口の中で肉汁が溢れて溶けていった。


「レイ、お肉。すっごく美味しいよ~。はい、あ~ん」

「な、なんだと!? んぐっ」


 素早くレイの横へ移動したわたしがレイの口元へバッファローのお肉をそっと入れる。あ、驚いた表情のレイも可愛いな。普段、凛々しいのにこんな表情するんだ。ふふ、なんだかまた笑みが浮かんで来ちゃった。


「美味しい? レイ」

「嗚呼。いや、何の真似だ、アンリエッタ」

「戸惑うレイの顔も素敵よ。はい、あ~ん」

「ちょ、ちょっと待っ……んぐっ」


 この時、アーレスも食卓の様子を見守っていたナタリー率いる侍女部隊のみんなも、口をあんぐり開けたまま、わたしとレイの様子を見守っていたとかいないとか? この時のわたしはそもそもレイの顔しか見えてなかったから、よく分からないわ。


 この後、突然眠くなったわたしはそのままテーブルに顔を伏せたまま、眠りについたらしい。これも翌日アーレスから聞いた話です、はい。



…………


……


「いや、だから何も憶えていないんだってば!」


 駄目だ、この天蓋付きのベッドに既視感を覚える。いや、これはわたしが知っている限り、二度目の光景。此処はレイの部屋で、このふかふかのベッドは彼のものだ。憶えていない原因はもう分かっている。昨晩行われた魔力の〝譲渡〟。〝譲渡〟という名のキスだ。


 あれをされるとどうやらわたしはお酒を飲んだかのように酔ってしまうらしい。それもかなり・・・。これは死活問題だ。お城ならまだしも、〝浄化〟の現場であんな事になってしまっては、その後が大変だ。今後の立ち振る舞いを考えなければならない。


 ゆっくりと身を起こす。そこで気づく。身が軽い。〝浄化〟の任務でかつて魔力を使い果たした時は、翌日も身体が重く、朝起き上がれない事が多々あった。その度にお姉さまにいつもの〝おまじない〟をかけてもらっていたわたし。


 どうやら一晩寝ただけで、魔力が完全回復しているらしい。これも〝譲渡〟のお陰だろうか? 


 今日はいよいよ妙薬作り。此処にお姉さまは居ない。治療は、わたし一人でやらなければならない。気を引き締めていかないと。


「アンリエッタ様。ワタクシ、夕べはお二人のご様子にドキドキハラハラしてしまいましたよ」

「え? 何の事、ナタリー」


 朝の支度をしている最中、わたしの髪を後ろから梳いてくれているナタリーがそんな事を言うものだから心当たりがなくて聞き返してしまったわたし。


「え? 憶えてらっしゃらないのですか?」

「え? わたし……もしかして、レイに何かした?」


 そして、ナタリーからわたしへ、衝撃の事実が告げられるのだった。


「はい、レイス様をじっと見つめて、お肉を『あ~ん♡』って食べさせておりました」


 は? 今何て……⁉ ナタリーは続ける。


「戸惑うレイス様の表情は珍しく、満更でも無さそうなご主人様が愛しくて侍女一同全身を震わせ見守っておりました。最後はアンリエッタ様がデザートのフルーツを食べさせた後、同じフォークでご自身のお口に……舌をペロっと舐めるアンリエッタ様は煽情的で……魔女を彷彿とさせる妖艶な御姿で……」

「も、もうやめて……! わ、わたしのライフがゼロになるから……」

「昨晩のアンリエッタ様ならば、きっとワタクシも……いえ、何でもございません」

「はぁ……妙薬作りの本番前にわたしの魂が昇天してしまう……」

「それはいけません! 今の話は忘れて下さいませ」


 いや、きっと忘れる事はないでしょう。もう、どういう表情で彼と逢えばいいのか。またレイに併せる顔がないじゃない。 


 朝食会場へ向かうと、既にいつもの席にレイが座っていた。わたしがカーテシーをするとレイは一言おはようと返す。レイは常に平静を保っている様子で、さっきナタリーから聞いた昨晩の出来事がまるで夢だったかのようだ。 


 食卓に並んだふわふわの卵にナイフを入れる。これはダチョウのオムレツだろうか?

毎日違う宮廷料理を提供する料理人の方って凄いな。そして、ベリーのジュースを口へ含んだ時、レイが呟くようにひと言。


「……アンリエッタ、やはり今後は、食べさせるのは無しだ」

「ブフォッ」

「ど、どうした! ナタリー!」

「大丈夫ですか、アンリエッタ様」

「だ、大丈夫です」


 前回も似たような出来事があった気がするんだけど、気のせいよね? 


 治療薬を作る前に思わぬところで心が乱れてしまったが、魔力には影響がないので問題はない。平静を装い、何とか朝ご飯を終えたわたしは、いよいよ本題の妙薬作りの場へと足を運ぶ事になる。


 大丈夫、今のわたしはもう、酩酊していないわ。



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