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第18話 幻夢病と万能薬

 魔法を伴う薬の調合は、専用の部屋が必要だ。例えば薬の調合中に何か細菌や、待機中に漂う妖氣エナジーなど、不純物が混ざってしまっては薬が完成しない。グリモワール王国は魔法に頼る国ではあるが、神殿の者が居ない場での回復に必要な回復薬ポーションや魔力を補うための魔力回復薬エーテル、毒や特定の病気を治すための治療薬など、必要な物を創るための施設はある程度整っていた。


アーレスに尋ねると、軍医の方が使っている結界に覆われた調合室があるという事で、そちらを使わせてもらう事にした。


入って驚いた。薬を調合するための薬草や珍しい道具が揃っている。奥の閉ざされた部屋の扉は結界が張ってあるが、何やら禍々しさを感じる。恐らく治療薬ではなく、闇魔法を媒介した魔法薬を創る部屋だろう。そちらは近づかない方が良さそう。


治療薬の材料はキランソウに一角獣ユニコーンの角を煎じた粉、〝治癒〟の加護によって創られた聖水。そして、虹色に光る七色鳥レインボーバードの羽根。 


 聖水のための水も妖氣エナジーのような不純物が混ざっていてはいけない。だからこそ、昨晩〝浄化〟した魔力がたっぷりの池の水を使う。調合室へ向かう前に池の水を汲みに立ち寄ったら、わたしの姿を見たキュウちゃんが嬉しそうに駆け寄って来た。


 聖水は悪魔の力や魔物の妖氣エナジーを〝浄化〟する時に今後も使える可能性があるため、今回少し余分に創っておく。わたしの魔力が枯渇したとき用の魔力回復薬エーテルも予め準備した上で、精製に取り掛かる。


 針に糸を通すような繊細な作業。掌から発する魔力を調整しつつ、掌サイズの瓶に入った〝浄化〟された水へ〝治癒〟の魔力を籠めていく。額に滲んだ汗を時折拭いつつ、精製すること小一時間。完成した聖水は二十本程度。これだけあれば問題ないだろう。


 薬の知識がある軍医の方にも少し手前の準備室で手伝ってもらっていた。わたしが聖水を精製している間、キランソウと一角獣ユニコーンの角を煎じた粉を予め作って貰っている。加えて、通常の治療薬に使える薬草と、ご尊父が目を覚ました時に早く完治するよう滋養強壮薬も一緒に準備してもらう。  


 地獄の窯の蓋とも言われるキランソウは、お墓の近くや妖氣エナジーに満ちた場所にも普通に生えているのだが、元々傷を治し、解熱の効果もあり、尚且つ妖氣を吸収しないため、万能薬とも言われている野草だ。悪魔が復活するため開けた地獄の入口の蓋をキランソウが閉じたという逸話がある程。あらゆる毒を治癒すると言われる一角獣ユニコーンの角と一緒に煎じたならば、それだけで優れた上万能薬が完成する。


 薬精製用の大きな魔法の壺に材料を入れ、創ったばかり聖水を七本加え、途中ゆっくりとかき混ぜつつ暫く煮詰める。〝治癒〟の加護より派生した眠りを覚ます魔法を続けて壺へ向けてかける。光を放った壺の中身が紫がかった焦茶色から少し黄色味掛かった黄土色へと変化していく。


「ふぅ~」



 あとは、七色鳥の羽根を三本、この中身へと投げ入れたら完成だ。


「キュウちゃん。お願いね」


 七色鳥レインボーバードの羽根を入れた瞬間、壺の中身が七色の光を放ち、七色の蒸気が沸き上がる。そして、最後は視界を遮る程の白く眩い光を放ち……そして、調合室の中は無音となった。


「出来た」


 完成だ。出来た液体を掬い、治療薬を一瓶詰める。調合室を出ると、完成を待ちわびていたかのようにレイとアーレスが待機していた。


「出来たのか」

「はい」

「お疲れ様でございました、アンリエッタ様」


 こうして完成した治療薬を手に取ったわたしはレイと共に、現魔国の王――ジークレイド・サタン・カオスロードが眠る尖塔へと向かう。


 苦しんでいる様子もなく、目を閉じたままの皇帝。そんな皇帝の口元へそっと治療薬を流し込む。喉の奥へと流し込まれた治療薬が、皇帝の体内を巡る病魔と妖氣に反応し、やがて皇帝の身体が淡い光を放ち始める。


 皇帝の身体が跳ねる。これは、拒絶反応!? 体内で治療薬と何かが闘っている。やがて、皇帝の口が勝手に開き、黒い靄が外へと顕現する。靄は部屋の上空で小さな雲のようになり、そして、あろうことか、わたしの脳裏へ直接話し掛けて来た。


『ほぅ……お前は面白い魂の形をしている。いいだろう、彼奴の肉体も最早老いるのみ。いずれ時が来たとき、お前を迎えに来ようぞ』

「え、誰?」


 黒い靄はそのまま霧散する。皇帝の身体を覆う淡く白い光も消失し、暫くベッドの上で跳ねていた皇帝の身体も元の眠っているような状態へと戻る。そして、ジークレイド皇帝の二つの双眸ひとみがそっと開いた。


「儂は……眠っていたのか?」

「父上! ご無事ですか!?」


 こんなに感情を露わにするレイをわたしは初めて見る。眠っていた皇帝の両手を強く握り、皇帝の目覚めに歓喜するレイ。皇帝はゆっくりと視線だけを動かし、レイと、その背後に立つわたしの姿を認識する。


「そなたは?」

「父上。例の・・女性です。父上を病魔から救った人物も彼女です」

「そうか……そなたがか」


 わたしが答えるよりも早く、レイが皇帝へわたしの事を紹介してくれた。ゆっくりと上半身を起こす皇帝。わたしは皇帝へ向け片膝を曲げ、カーテシーをする。


「アンリエッタ・マーズ・グリモワールと申します」

「グリモワール……そうか、そなたが聖女であり、且つ魔女ともなりうる魂の器。此処は儂の恩人に素直に感謝するとしよう」

「とんでもございません、ジークレイド皇帝陛下。わたしはわたしの役目を果たした迄です」


 聖女であり、魔女。〝契り〟の契約を結んだ時も見守っていた人達が〝魔女の誕生〟だと謳っていた。レイと契約するという事は、きっとそういう事なんだろう。


「良い。いずれ、そなたが危険に晒された時、皇帝の儂が力を貸す事を誓おう」

「ありがとうございます」


 部屋の扉がノックされる。外に待機していたアーレスが、皇帝の目覚めに気づいたのだろう。


「皇帝陛下。ご無事で何よりです。本日はアンリエッタ様が創られたこの薬を飲み、お休み下さい。近日中にはミルフィー王女もご帰還の予定。久し振りに御家族揃っての食事も出来ましょう」

「そうか。留守の間、苦労をかけたな、レイ、アーレス」

「感謝致します、父上」

「小生には勿体ないお言葉、ありがとうございます」


 ジークレイド皇帝は血も涙もない魔国の王としての噂しか見聞きしていなかったが、こうやって相対してみると二人の子を持つ父親としての一面も持った一人の人間なんだと思った。アーレスが口にしたレイの妹さん、つまりは王女様という事になるが、ミルフィー王女の名前も初めて聞いた。


 皇帝の目覚めが何をもたらすのかは分からない。でも、目の前で消えかかっている命を放っておく訳にはいかなかった。レイと皇帝、積もる話もあるだろうと言う事で、アーレスとわたしは先にその場を退席する事にした。


 扉の前で一礼すると、レイがこちらへと駆け寄り、わたしに深々と頭を下げ、そして……。


「感謝する。アンリエッタ」

「え?」


 皇帝の居る前でレイはわたしの背中へ両手を回し、わたしを強く抱き締める。

 レ、レ、レ、レイ!? 待って、ご尊父の前で……こんな……いいの!? 


「いや、お前の願いも成就出来るよう、俺もこれからアンリエッタと共に歩むと誓おう」



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