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第28話 あなたとお話がしたくて 

 ミルフィー王女との再会は思っていた以上に静かだった。


 静謐室で数日を過ごしたわたし。お陰様で魔力も回復し、体力も元通りとなった。無事に静謐室を出たわたしをナタリーが出迎え、手を取って喜んでくれた。朝の身支度をした後、朝食会場へ向かうと、既に皇帝とレイも座っており、わたしの入室を認識したミルフィー王女が自ら立ち上がり、こちらへやって来たため、慌ててわたしは王女の前でカーテシーをする。


「おはようございます。ミルフィー王女」

「ええ、ご機嫌よう」


 一瞬、踵を返そうとした王女が立ち止まる。拳を握った両手が何やら震えている。どうしよう、謝るべきなのだろうか? 


「あ、あの……わたし……」

「べ、別にうちは負けたとは思っていませんわよ」

「え?」


 ミルフィー王女の予想していなかった言葉に思わず反応してしまうわたし。


「うちの調子がたまたま・・・・悪かっただけ! うちは負けていませんの。いい?」 

「あ、はい! 勿論です。ミルフィー王女。あの氷魔法凄かったです」


 ミルフィー王女のあの上級魔法には目を見張るものがあった。わたしはあんな風に上級魔法をまだ使いこなせない。わたしはたまたまあの時、炎の魔法が暴走した事で勝てた。だから、純粋に褒めたつもりだったんだけど……。


「……あんたの炎の方がよっぽど凄かったわよ……」

「え? 今なんて?」


 突然、小声でミルフィー王女が言うものだから、思わず聞き返してしまう。


「な、なんでもないわ。さ、冷めない内に食事をいただきますわよ、アンリエッタ」

「はい」


 あまりに自然だったので、そのままわたしは自分の席へ向かい、座ろうとした……んだけど。


「え? ミルフィー王女、今、わたしの事、アンリエッタって」

「何度も言わせないで。それと、ミルフィーでいいわ」


 あんなに敵視していた筈なのに、一体彼女の中でどういう心境の変化があったのか。わたしの事を少し認めてくれたのだろうか? わたしは何だかその事実が嬉しくて、王女様へ微笑みかける。


「よろしくお願いします、ミルフィー」

「ちょっと、何を笑っているの? 気持ち悪いわね」

「いえ、何でもありません」


 それまでわたしとミルフィーのやり取りを静観していたレイと皇帝が頷き、いただきますの合図をする。大きなふわふわのオムレツにパン。豚の腸に詰めたお肉。夕紅色のチーズには何か香辛料が入っているんだろうか? 


「ミルフィーよ。決闘の件、レイから聞いたぞ」

「……はい」


 ふんわりオムレツを口に含もうとしていた彼女の手が止まった。何やらまた少し、震えているような。


「案ずるな。魔女の名を剥奪はせぬ」

「あ、ありがとうございます!」


 皇帝の言葉にほっと胸を撫でおろすミルフィー。そうか。魔女の決闘って軽い気持ちだったけど、決闘でついた勝敗には、それだけの重みがあるという事実をわたしは初めて知った。ミルフィーへ向けていた視線を今後はわたしの方へ向けた皇帝は……。


「むしろ、ミルフィー、アンリエッタ。同時期に二人の魔女が誕生したという事実を祝えばならぬな」


 こう続けたものだから、思わずわたしは皇帝へ向かって進言する。


「あ、あの……皇帝陛下」

「どうした? アンリエッタ?」

「あの時、わたしは偶然・・魔力が暴走し、勝利したに過ぎません。魔力の使い方や試合運びはミルフィー王女の方が断然上でした。わたしは、まだ魔女の名を継ぐには相応しくありません」

「アンリエッタよ、闘いは結果・・が全てだ」

「それは……」


 どれだけ過程が素晴らしくても、命を落としてしまっては意味がない。あの決闘でレイが止めに入っていなければ、きっと大惨事になっていた。その場におらずとも皇帝はその結果を知っているのだろう。


 勝った事でわたしの実力を皇帝は認めてくれた。その上でミルフィーからも魔女の名を剥奪しないあたり、皇帝は同時に娘であるミルフィーの実力を認めている……そこに嘘偽りは無いのだと思う。


「あなたが発言すればするほど、うちが惨めになるだけですわよ。そのくらいにしておきなさい、アンリエッタ」

「ミ、ミルフィー! そんなつもりは……!」

「うちはあなたをまだ完全に認めた訳ではないし、グリモワールを恨んでいる。ですが、アンリエッタ、お兄様が認めただけの事はあると少しは思いましたわ」

「あ、ありがとうございます」

「少しよ、少し! 分かって?」

「ええ、勿論です、ミルフィー」


 ミルフィーからそんな事を言われると思っていなかったわたしは完全に虚をつかれる形になったが、少なくとも決闘する前とした後で各段に距離が縮まった気がする。


「そうだ、ミルフィー! 今日お時間ありますか? わたし、あなたともっとお話したくて」

「うちはあなたと話す事はもうありませんわよ?」


 食事を黙々と食べ始めるミルフィーの様子を見て、何やら背後に控えていたノーブルさんが皇帝へ耳打ちした。それを聞いた皇帝は笑顔で頷き……。


「ミルフィー、アンリエッタにカオスローディアの城下町を案内してやるといい」

「なっ!? お父様。どうしてうちがそんな事をしなければならないんですの?」


 両手をテーブルについたミルフィー。嗚呼、また頭に血が上っていそう。


「ミルフィー。お前が留守の間に、十字通りクロスストリートに丁度果物をふんだんに使ったタルトの店が出来たと聞く。行って見たらどうだ?」

「それは本当ですか、お兄様!?」

「俺は今日公務があるため同行は出来んが、ミルフィーが気に入ったなら後日一緒に行ってやってもいいぞ?」


「行きますわ! アンリエッタ! お兄様のため、フルーツタルトの味を確かめに参りますわよ」

「はい、ミルフィー。喜んで」


 こうして、ミルフィー王女とわたし、アンリエッタのお忍びデート? が決行される事となったのでした。




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