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第57話 暴走と呼び声

 七色鳥には威嚇や敵意を向ける場面はあれど、平常時には一切の悪意を持たない。羽根は女神様の加護と同じく〝浄化〟の魔力を携えており、聖なる魔力に満ちている。


 闘技大会会場、お姉さまの座る特別席を覆う結界は最高密度。全ての魔法に加え、物理攻撃すら通さない。結果、闇の魔力を持つ〝透過〟状態のわたしやジズさんも入れないし、お手紙を届ける事も容易ではない。


 王国潜入前、会議の場でキュウちゃんによる伝達方法を提案したのはわたしだ。わたしの〝浄化〟の魔力をたっぷり吸収したキュウちゃんはわたしと相性が良い。攻撃でないなら、自然に結界を通過出来る。ならば、お姉さまを監視する眼が行き届かない隙が出来た瞬間に、予め上空へ待機させておいたキュウちゃんを急降下させ、お姉さまへ〝投影〟魔法によるお手紙を届ける。これが今回準備した作戦だった……。


 そして、現在。


 上空から全身を黒く焦がした七色鳥が落下した事により、来賓席は驚嘆の声と、逃げ惑う人々の悲鳴と叫声に包まれていた。


 わたしは遠雷を落としたであろう諸悪の根源をギロリと睨みつけ、沸々と沸き上がる怒りと憎悪を押さえ切れないでいた。


 熱い……アツイアツイアツイ。

 駄目だ、もう我慢出来ない。


 わたしが〝透過〟を解いて、今にも王子あいつへ攻撃魔法を放とうかと考えていたその時だった。会場上部より、硝子のような何かが割れる音がしたのは。音のした方へ視線を向けた瞬間、わたしは目を見開いて我に返る。


 お姉さま――!?


 硝子の割れるような音はお姉さまが身体を丸めた状態で特別席を覆う結界へ飛び込んだから。特別席を覆う結界は外側からの攻撃を遮断するが、内側からは中の人間が有事に飛び出せるよう、窓硝子程度の防護しか出来ない仕様となっていたのだ。


 特別席の下へ着地したお姉さまが駆け出し、来賓席に落ちたキュウちゃんの傍へ駆け寄ったのだ。そして、キュウちゃんの胸のあたりに頬を寄せ、そのまま両手で〝治癒〟の光を当ててくれている。


 何を考えていたんだわたしは……! 報復より前にキュウちゃんの治療じゃない!


 わたしは自身の頬を叩き、一旦冷静になる。黒く焦げてしまったキュウちゃんはぐったりしているが、まだ息はあるみたい。お姉さまが来てくれたことで助かるかもしれない。


 ごめんねキュウちゃん……わたしが不甲斐ないばっかりに……お姉さま、ありがとう。


 そっと胸を撫でおろしたわたしは、再び舞台上へと視線を向け直す。ジズさんはレイの背後に控えている。レイはジズさんから受け取った魔剣を持ち、エルフィンはレイと対峙し、剣を引き抜いたところだった。


 そこで何故かレイでない方向へ目を向けるエルフィン。嗚呼、クレアお姉さまの様子を見たのか。お生憎様、キュウちゃんはお姉さまが回復させますから……え? 今舌打ちしたような。


「すまない、レイス。僕の婚約者が余計な事をしているみたいで。少し待っていてくれ」

「おい! 何をする気だ」

「いや、何。こうするのさ」


 エルフィンが何をしようとしていたか、すぐに分かった。レイが素早く動くよりも先に、王子が指を鳴らした瞬間、上空に浮かぶ曇天より再び落雷が落ちようとしていた。レイの居る場所からじゃあ間に合わない。


 でも、させない。わたしが此処に居る限り。

 キュウちゃんもお姉さまも絶対に助ける。


「爆ぜろ!」


 魔力変貌状態のわたしは、自身の魔力を自在に操作出来た。自身の魔力であれば、それは遠隔でも可能。キュウちゃんの羽根に溜めていたわたしの魔力を上空へ飛ばし、雷とぶつけ、空中爆発させる。落雷はキュウちゃんとお姉さまへ届く事なく上空にて爆散する。そのままわたしは王子へ指先を向け、熱線を放とうとするも、舞台を覆う結界の事を思い出す。ちっ、邪魔ね。この結界。


 わらわを使え――


 え? 誰?


 封印は解かれた、時は来たれり。次代の魔女よ、さぁ、妾を手に取るがよい――


 わたしの奥底に眠る血を呼び覚ますような。声はお姉さまが座っていた場所。特別席付近から聞こえる。そこには台座があり、魔導師のような人物が横に立ち、守っている物があった。そう……大魔女メーテルの杖だ。そうか、杖が呼んでいるのね。


『レイのお母様……メーテル様……わたしのような未熟者が杖を使ってもよいのですか?』


 何を言う、既に其方には充分素質があるではないか? 其方は、魔女だ――


 わたしは……魔女―― 


 次の瞬間、双眸ひとみが燃えるような熱を帯び、思わず両手で覆い蹲る。全身の血が滾っているのが分かる。熱が、声が、誰かの意思が、記憶が。わたしを呼んでいる。わたしは魔女……そう、次代の魔女、アンリエッタ。最初のにえとなる相手は……そうだ、アイツだ。


 双眸ひとみの熱が収まり、ふらふらっと立ち上がる。もう〝透過〟は必要ない。〝透過〟を解いた瞬間、突如現れたわたしに観客がどよめき、逃げようとする。


「ふふ。危ないから、みんな、少し眠っていてね♡」

「あ……」


 周囲の観客は〝魅了〟魔法で全員眠らせておく。反対側の客席の人達は異変に気づいていない。実況のピーチは対峙するレイとエルフィンへ再び注目している。お姉さまはまだ七色鳥を治療して……え? 今、一瞬こっちを見たような。お姉さまへ自然と足が向きかけるも、全身から溢れ出す朱い魔力が杖を呼んでいる。少し、待っていて。お姉さま。


「おいで♡」


 大魔女メーテルの杖が突如宙に浮き、お姉さまの割った結界の穴から、高速でわたしの下へと向かう。わたしはそれを手で掴む。長年使っていた杖の重み。でも溢れ出す魔力が杖へと流れ込み、再びわたしへと流れ込んでいくのが分かる。凄い。杖が身体に馴染んでいく。生命力に溢れる感覚。ははは……すごいすごい……これが魔女の力!


「なななな、ぬわんだとぉおおお!」


 飛んでいく杖を掴みかけてキャッチし損ね、そのまま特別席から下へ落下した魔導師さん。えっとジズさん情報だと……ハーディ? ランディ? ルンディ? 忘れちゃったわ。そうだ、そんな事はどうでもいい。今は邪魔な結界よ。


「燃えてっと」


 熱線を圧縮させて結界へ円を描くと簡単に穴が開いてくれた。そのまま脚を風魔法による風で包み、飛躍し、舞台へ降り立つ。えっと、今は任務中でクレイ……あ、もうレイの素性はバレてるし、いいのか。


「レイ♡ 杖、取り返したよ!」

「待て、ミルフィーユ。お前の怒りは分かるが、こいつは俺が止める。下がっていろ」

「嫌だわ。あんな下衆。わたしが地獄へ突き落してやるんだから!」


「ああーーっと、大魔女の杖を~~謎の女性が持っている! レイス王子と親しげなあの女性は一体何者なのか?」

「ごめんなさい、優勝賞品なので先に頂きました。わたしの名前はミルフィーユと言います。レイの妹、ミルフィー王女へ弟子入りした魔女の卵です。〝投影水晶板プロジェ=クリスタル〟さーん、こっち映して~!」


 〝投影水晶板プロジェ=クリスタル〟に映るわたしの姿。小麦色の肌は更に黒く染まり、双眸ひとみの色は朱と蒼。臙脂色の髪が魔力によって揺れており、朱い魔力が全身から蒸気のように溢れ出ていた。わたしの声が〝投影水晶板プロジェ=クリスタル〟へ反響する状態にしたところで、わたしはひと言。


「みんな、ちょっと眠ってて♡」


 会場に居る耐性のない者が皆、わたしの魅了魔法で眠りに落ちた。



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