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第58話 一体何が起きているの!? 

◆<聖女クレアside ~三人称視点~>


 一体何が起きているの!?


 クレアは眼前で次々に起こる出来事へ思考が追いつかない状況だった。が、思考よりも身体が先に動いていた。


 七色鳥レインボーバードが突然急降下して来た。そして、その七色鳥から懐かしい魔力を感じていたクレアは、その聖なる鳥は自身へ向かって来ているのだとすぐに悟った。そして直後、眼前で七色鳥へ落ちる蒼い雷。


 クレアが全身を防御結界の魔力で覆い、結界を打ち破る事は容易だった。特別席に残るラーディは杖を護衛しつつその場で狼狽し、七色鳥が落ちた時点で王様と王妃は警護の者が安全な場所へと避難させたようだった。


「嗚呼……なんて事を……今すぐ回復させてあげますわ」


 黒く焦げてしまった七色鳥の胸へ耳を当てる。僅かだが、息はある。だが、時間はない。クレアはそのまま両手を当て〝治療〟の魔法を施していく。瀕死状態の七色鳥、一命を取り留めたとしても、暫くは黒く焦げてしまった羽根も戻らないだろう。


 針に糸を通すような繊細な作業。この時、自身の上空で雷と妹の魔力が爆ぜている事もクレアは気づいていなかった。ようやく七色鳥が息を吹き返したその時、クレアは近くの観客席より、禍々しさを凝縮させたかのような膨大な魔力を感じる事となる。


「これは……あの時感じた魔力……!」


 そして、あろう事か、その魔力に導かれるかのように〝大魔女〟の杖が飛行したではないか? それを手に取った者は、舞台を覆う最高密度の結界にいとも簡単に穴を空け、舞台上へと侵入する。姿は別人。ルーズ女魔導師と同じ臙脂色の髪を逆撫でたまま膨大な魔力を溢れさせる女性。その魔力の中に懐かしさを憶えたクレアは、七色鳥を回復させる手を止める事無く、視線は舞台上へと向け、双眸ひとみから雫を零していた。


(嗚呼……やはり無事だったのですね。魔女のような姿になってまで、あなたはわたしの下へ還って来てくれたの?)


 大魔女の杖を手に舞台へ突如舞い降りた魔女を止めるべく、ラーディが後を追う。実況のピーチが話しかけると、魔女はミルフィーユと名乗る。クレアは思う。追放した筈のアンリエッタが帰って来たと分かれば、死罪は免れないのだ。だからこそ、偽名で此処まで来たのではないか、と。


「え? 今、わたしへ手を振った?」


 アンリエッタも自身の存在に当然気づいているのかもしれない。そう感じたクレアは再び七色鳥を治療する手に一層力を籠める。七色鳥に感じるアンリエッタの魔力。黒く焦げた羽根から伝わる温もりに確かな希望を託して。


「こんなことをして……貴様ら、只じゃ済まないぞ?」

「俺の密偵・・が既に調査済だ。俺とお前が戦っていた時点で戦闘に乗じて会場内を爆発させ、それを魔国のせいにする。結果、魔国が王国へ宣戦布告したなどと適当に理由付けし、戦争を企てる算段だったんだろう? エルフィン王子」

「何を言っているのか分からないな? むしろこの襲撃こそ、魔国による宣戦布告ではないのかい? ……って、彼女は何をしている?」


 クレアの視線の先でアンリエッタが杖を持ったまま目を閉じ、何かを呟いていた。そして、蒼い左眼奥にハートのような紋様を浮かべたまま、彼女は王子へ向かって微笑んだ。


「残念ながら、もう叶わないわ。観客はわたしの手中に堕ちた。大魔女メーテル様が教えてくれたの。眠っている彼等はもう、あなたの言う事なんて信じないわよ?」

「観客へ……何をした?」

「あなたに教える訳がないでしょう? この下衆王子」


 杖先から王子へ向けて放つ熱線。しかし、その熱線を相殺したのは舞台上、大魔導師の衣装ローブを身に着けた男。大魔導師長ラーディだった。


「エルフィン王子殿には指一本触れさせませんぞぉ~~」

「へぇ~? 魔女に楯突くんだぁ~? あなた、どなた?」

「グリモワール王国魔導師団、大魔導師長ラーディ・ヘンダーウッド。あなた達にこれ以上悪事はさせません!」

「悪事を働いているのは果たしてどっちかしらねぇ~?」


 杖をクルクルと回転させ、アンリエッタは謳うようにわらう。丁度その時、目を閉じていた七色鳥がゆっくりと双眸ひとみを薄く開け、息を吹き返す。回復させてくれたであろう人物を認め、再び首を擡げる。


「キュウ……」

七色鳥レインボーバードさん、起きたのね。もう、大丈夫よ」

「……キュウ」


 そのまま眠りにつく七色鳥。七色鳥が一命を取り留めた事で、クレアは改めて舞台上へ集中する。そこで初めて気づく。観客席、ほぼ全ての人物が眠っているのだ。クレアは精神操作の類、全ての魔法を自動で弾く。治療に集中して気づいていなかった聖女の前に、頭を抱えながら傅く数名のエルフ、女刀剣士、魔導師の姿があった。


「聖女様、失礼ながら此処は離れた方が良いかと」

「聖女殿、恐れながら。あれは妖術の類か何かよ。魔女じゃ。魔女の仕業よ」

「我々を除き、観客は全て眠りに落ちました。早く手を打たなければ」


 傅くエルフは闘技大会に出場していたレヴィ、シルフィリア国幹部の者数名。女刀剣士はレイと準決勝で戦ったサザメ。そして、魔導師はランスのお兄さん、フォース・アルバート。強力な精神操作魔法を前に正気で居られる強さ。皆、手練れだった事の証明だ。


「わたくしは大丈夫です。今は何が真実か見極める必要があります。待ちましょう」 


「ですが……」

「いや、レヴィ。聖女殿にはお考えがあるのだろう、此処は待つのじゃ」

「だが、サザメ」


「そうですね。それにぼくは……クレイさんが悪い人には見えない」

「おぉ~其方。名をフォースじゃったの、其方はいい眼を持っているのぅ」


 クレアは舞台上へ張っていた結界の穴を自身の魔法結界で埋める。そして、舞台上へ張ってある魔法結界へ自身の魔力を乗せ、上書きする。これで観客へこれ以上の被害が広がる事はない。そして、その場の誰もが注目する程の声を上げる。


「ミルフィーユとやら! 観客を眠らせたのもお考えがあるのでしょう? 解呪はしませんよ?」

「おね……聖女様! ありがとうございます。うちは魔女ですが、いつか真実を暴き、聖女様も必ずお救いすると誓いましょう」

「成程、それは楽しみにしています。ミルフィーユとやら、魔女の姿、似合っていますよ」

「……!? 感謝致しますわ」


 この時、ラーディはミルフィーユアンリエッタを止めるべく、雷、風、炎、土とあらゆる魔法で交戦していたのだが、魔法結界で自身を覆ったミルフィーユは全くの無傷。ミルフィーユはクレアからの言葉に一瞬身震いさせたものの、ラーディへ隙を見せるような事はしなかった。


 そして同様に、レイもエルフィンと剣を交えており……。


「くっ……何故一国の聖女が賊に味方するような事を……雷刃――トパーズ!」

「無駄だ」


 エルフィンが雷を纏った剣をレイへ向けるも、レイの魔剣はあろうことかエルフィンの雷を吸収したのだ。二、三、剣戟を交錯させた後、両者は互いに後方へと距離を取る。


「漆黒の魔剣――カオスロード。思った以上に厄介だね」

「そろそろ頃合だ。ジズ!」


 レイが合図をした瞬間、彼の横にジズが移動する。そして、合図を待っていたのか、アンリエッタが杖先をラーディへ向ける。強力な魔法が来ると警戒するラーディ。が、そこからくるりと一回転したアンリエッタは、強力な熱線をラーディとは反対方向へと放った。


「――火精霊の熱宴マーズ=レイ


 熱線は舞台を覆う結界へと到達し、魔法結界は波打ち、揺れる。熱はだんだんと照射部分を溶かし、結界が溶け落ちる。やがて、溶けた熱が広がっていき、結界に巨大な穴が開いた。


「またね、楽しかったわ、下衆王子さん。――燃えて♡」

「貴様ら……!」


 アンリエッタが嗤うと同時、舞台上は紅蓮の豪火に包まれた。



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