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第85話 望まぬ再会

 火精霊マーズ様の祭壇は再び閉ざされ、わたし達は洞窟の入口へと向かう。入口の扉も賊が入らぬよう、わたし達が外へ出た瞬間、滝壺と共に塞がれるらしい。


『我は其方らを見ておる。其方らが望んだ時は力を貸そうぞ』


 有難いお言葉をいただいた。これで、王国へ対抗する大きな力を得る事が出来たと言える。レイ、ミルフィー、ルーズも無事に精霊の恩寵を受けている頃だろうか? そんな事を脳裏に浮かべながら、わたし達は洞窟の入口まで戻って来た。


「この戦いが終わったら、精霊の村をまた復活させたいですね」

「いいね、アーレス! きっと火精霊マーズ様もお喜びになるわ」


 わたし達が外へ出ると、既に雨はあがっていた。水溜まりが空からの陽光によって反射している。滝壺は閉じていき、洞窟は再び閉ざされていく。アーレスの言う通り、未来永劫火精霊マーズ様を祀っていけるよう、この地を復興させていこう。


 洞窟の扉が閉まった事で、洞窟周辺を覆っていた結界が自然に消滅した。そこで初めて気づいた。途轍もなく禍々しい妖氣エナジーが眼前に迫っている事に。


「どうやら火精霊マーズとやらの力、手に入れたみてーだな。アンリエッタさんよ」


 耳にこびりつくような声。もう二度と聞きたくなかった。お父たちが眠る小屋の上に誰かが立っている。嫌、誰かなんてすぐに分かる。忘れもしない、わたしのよく知っている声だったから。


「お久しぶりです。どうして此処に?」

「嗚呼? 全部聞いたんだよ。あの時はよくもやってくれたナァ? お陰で火傷は消えず、皮膚は爛れたまま。これじゃあ一生、仮面被った生活だ」


 白金の鎧プラチナアーマーとは真逆の全身黒塗りの鎧に仮面。そして何より腰に携えた剣からあの魔竜を彷彿とさせる重々しい妖氣エナジーを感じる。仮面を取った男の顔は、最早原型を保っておらず。焼け爛れた皮膚に張り付いた歪んだ口と血走った双眸が、こちらを見下ろしわらっていた。


「何を言っているのか分かりません。わたしはあなたとエルフィン王子に追放された後、こうして魔国で生活しています」

「もう全部バレてんだよ! 欲に呑まれた魔国の莫迦貴族・・・・と、王子に腰振ってるエルフが全部教えてくれた。アンリエッタ、お前なんだろう? あんとき、俺様を燃やしたのは」


 小屋から飛び降りた復讐の鬼がわたし達の前へと降り立つ。わたしは少し下を向く。嗚呼、血が滾っている。大魔女メーテルの杖もわたしへ語り掛けてくれているみたい。火精霊マーズ様、力を得るという事はこういう事なんですね。大丈夫です。わたしはちゃんと制御・・してみせます。


「アーレス。後ろへ下がってて」

「ですが」


「新たな力を得たの。準備運動には丁度いいでしょう」

「分かりました。危険と判断したらすぐに応戦します」

「ありがと♡」


 レイからの譲渡を受けていないのに、大量の魔力を得てしまったわたしは少し酩酊しているのかもしれない。でも、今のわたしは冷静。ええ、冷静に、眼前に対峙するにえを見据えているわ♡


「ねぇ? ソルファ・ゴールドパークさん? 逢えて嬉しいわぁ♡ あなた、またわたしに焼かれに来たのね?」

「正体を現したな魔女め! だが、残念だったな? お前のその力、暴食の魔剣グラトニクスで全部奪ってやるよ」


 刀身まで漆黒のその魔剣は、カオスロードよりも禍々しく、束の部分でギョロギョロとした目玉が蠢いていた。


「いけない! 大悪魔ベルゼビアの力を持った魔剣です! 何故そいつが!」

「おっと、邪魔はさせねーぜ。あんたは後で俺様が殺す。だが、まずはこの魔女だ」


 魔剣から黒い稲妻がアーレスへ向け放たれるも、わたしは杖先を稲妻へ向け、熱線で相殺する。ケルちゃんを召喚しようとしていたアーレスを制止するわたし。今はアーレスを巻き込んではいけない。こいつは前回のソルファとは違う。眼前のこいつは恐らく復讐の力を得た悪魔の化身。


「ソルファさん♡ あんたも夜な夜な腰振ってたじゃない。ダンスは二人で踊るものでしょう? あっちでりあいましょうよ?」

「へっ、いいぜ。俺様も初めからそのつもりだったからな」


 わたしとソルファは村の外れにあった古戦場跡へと移動する。王国の兵と守り手達がかつて戦った場所かもしれない。


「さて、今からいてももう遅いゼ? それか、今から土下座するんなら、脚くらいは舐めさせてやるゾ?」

「あなたこそ、下半身が燃えて完全に溶けても耐えられたら、わたしの胸くらいは揉ませてあげてもいいわよ?」


「お、いいねぇ~。楽しみだ。行くぜ、グラトニクス」

大魔女の杖メーテル様、行きます」


 漆黒の稲妻と熱線が戦場をはしる。前奏曲は朱と黒の序曲プレリュード。互いにステップを踏み、距離を保ったまま、舞台中央で踊り始める炎と稲妻。


 熱線を何度放っても魔力を消費している気配がない。これが恩寵による恩恵。たぶんだけど、周囲の精氣スピリッツが無意識下に集まる事で、自身の魔力として還元されているんだ。


 一方のソルファも、恐らく妖氣エナジーを媒介にしているようで、準備運動をしているかのよう。やがて、軽やかなステップを踏んでいたソルファが魔剣を両手に持ち、わたしへ向けて真っ直ぐに振り下ろす!


漆黒断ブラックアウト

陽火柱ソル=トゥルリス


 真っ直ぐ大地を奔る黒い斬撃が、大地を抉りながらわたしへ向かってやって来るも、灼熱の火柱で斬撃ごと受け止める。高熱を超える灼熱の柱を前にし、斬撃すら溶ける。そろそろ前奏は終わるわ。今までお姉さまとわたしが王国にされて来た仕打ちを熱へしたため、あなたへ返すわ。


「燃えろ」

「またそれか……な、なん、だと!?」


 わたしとソルファを中心にした舞台上、広範囲に炎の壁が顕現し、段々と中央へ集まって来る。以前彼を燃やした炎よりも、杖を奪還したあのとき放った炎よりも熱く、熱も魔力も凝縮させた炎。


「お前……自分ごと燃やす気か?」

「あれ、前に言わなかったっけ? 炎には耐性があるって」


 灼熱の炎がソルファの身体を包み込む。それは、復讐の怨嗟を昇華させる、哀しみの連鎖を終わらせる小歌曲アリア。しかし、全身を炎に包まれても尚微動だにしないソルファが、漆黒の魔剣を大地へ突き立てニヤリと嗤う。


「やめろぉおおーと、言うとでも思ったか?」


 渦を巻いていた灼熱の炎が魔剣へと吸い込まれていく。これは……レイの魔剣、カオスロードと同じ。炎を吸収しているんだ。舞台上を覆っていた炎がグラトニクスへ吸収され、刀身が喉を鳴らしたかのように蠢いた気がした。その瞬間、彼の腕の筋肉が隆起し、漆黒の小手が破裂した。


「行くぜ、魔女さんよ」


 ソルファが地面を蹴り、魔剣を振るう。わたしは朱を帯びた透明な結界で自身を覆う。結界に弾かれる魔剣。が、何度目かの斬撃で結界が消滅したため、熱線をソルファの鎧に向けて放ち、その勢いで距離を取った。


「へぇ~、魔力の結界は無効って事ね。その鎧も熱線で溶けない。ちゃんと熱対策・・・してるじゃない」 

「そうやって余裕ぶっこいているのも今のうちだぜ」


 まずはあの魔剣と鎧をどうにかしないと、わたしの魔力が奪われるだけだ。あの筋肉の隆起からして、奴は奪った魔力を自身の力へ還元している。でも、待てよ? 還元しているなら……そっか。ふふふ。そういう事ね。


「おいで。元婚約者のソルファ卿。わたしが一緒に踊ってあげる」

「いいぜ。アンリエッタ、復讐の剣、受けてみな」


 復讐の鬼へ向け、わたしは優雅に微笑んだ。さぁ、そろそろメインの円舞曲ワルツが始まるわ。



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