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第35話 大きく変わった日常

 あの大喧嘩から一週間。

 我が家では……


「カイト、このショートケーキと呼ばれる物、食べて良いかい? 冷蔵庫にいつの間にか入ってた物だけど」

「カイト、そろそろ電動カッターが欲しくなってくる。至急買って来るべきだ」

「お兄さーん、今度は動物園って所に行きたいです。どうですかー?」


「いや、くつろぎ過ぎだろおおおお?!!」


 俺は勝手来ままに振る舞い過ぎる異世界人共に対し、大きくシャウトした。

 ちなみのソラはこの場にいない。あいつもう昼なのにまだ寝てやがる。


「か、カイト!? どうしたんだい!?」

「何だ、急に騒ぎ出して。いつもの事だが」

「お兄さん、大丈夫ですかー? 甘い物食べます?」

「何だじゃねえよ!? お前ら全員ウチでくつろぎすぎだろ!? もうあの喧嘩以来、全員ずっと家にいるじゃねーか!?」


 なんだこいつら、最早我が家のようにくつろいでるじゃねーか!?

 全員初めて会った時の鎧やら戦闘服から、いつの間にか私服になってるし!!

 特にメタルマン、お前あの警戒心の高さ何処行った!? 完全に装備脱いでるんだけど!


「安心しろ。ステルスモードの応用で着ていないように見えるだけだ。最低限の装備は今もしている」

「ああ、だから君が部屋の中を歩くと、時々何か固い物がぶつかったような音がしたんだね?」

「床のフローリングも、所々凹みのような傷跡がありますしねー」


 メタルマンが自信満々に胸を張る中、ユウカが気づいたようにポンっと手を叩き、マホが床を覗き込むようにしてそう呟く。

 なーんだ、俺の勘違いか。やっぱりメタルマンはメタルマンかー。

 ……なんて言うとでも思ったか!? 脱げ、その装備脱げぇッ!? せめて足だけでも外せや!!

 そう言うとメタルマンは、今度はちょっと浮いた状態で移動するようになった。チィ! 悪知恵だけ働かしやがって!!


 そう思っていると、ユウカが振り返って俺に対して答え出す。


「まあ、話を戻すんだけど。ほら、あの喧嘩である程度互いに納得はしたけど、それでも相手がカイトの家で迷惑かけるんじゃないかと心配になってね」

「ふん。まあなんだ。本当に大丈夫かどうか互いに見極めてやろうと思ってな」

「それで全員、元の世界に帰るのを遅らせて、お兄さんの家にずっといて様子を見てたんです。けど……」


 けど?

 そう言って、3人とも少し目を逸らしながら……


「……えっと。なんか、普通にこっちの世界の方が生活便利だなと思って」

「ふん。まあなんだ。食事の種類に関してはこっちの世界の方が豊かだと言っておこう」

「のんびりするのに最適なんですー」


「全員目的見失ってるじゃねーか!?」


 おおい!? 互いの監視はどうした!? もう普通にゴロゴロしてるだけになってるだろーが!?


「いや、カイト! 申し訳ないとは思ってるんだ! けれど……」

「ふん、よく考えろカイト。こうして油断させて、暴れだす作戦かもしれないだろう」

「そう! いざと言う時のために、お兄さんの身辺警護をしているのです!」

「悪い、ソファーの上で寝転がってる状態で言われても、説得力ねーんだわ」


 カッと目を見開きながらマホがそう宣言するが、思いっきりグテーっとだらけてる状態で言われても全然説得力ねーよ。

 もう建前を使った、だらける理由にしか聞こえねーんだよ。

 おかげで食費とかがガンガン減っていってるんだよ今。


 しかもこの間、スタングレネードなんかネット注文したから、更に財布が寂しくなったし。

 正直あれ用意するのどうかと思ったけど、今後異世界人共が更に増えてトラブルに巻き込まれる可能性を考えると、自衛の手段として念の為用意する事を選んだのだ。

 そしたら案の定、早速この間のこいつらの喧嘩の時に活躍してくれたからな。また新しく補充する事を考えるべきだな……


「畜生、出費だけが増えていく……」

「何だカイト、貴様金が欲しいのか? そんな物大して役に立たんだろう、娯楽品の交換くらいしか。必需品は全部支給されるものだろう?」

「は? ……ああー。そっかメタルマン世界だと、お金殆ど使い道がねーんだな? この世界だとそんな支給品なんてねーんだよ、普通は」

「……何?」


 そう言うとメタルマンは、意外そうな表情で眉を顰めていた。

 なるほど、そこから認識がずれていたんだな?

 そう言うと、メタルマンは口元に手を当て始める。


「……そうか。てっきり必需品として支給されるものだと思って、貴様に色々頼んでしまっていた。それは申し訳なかったな」

「分かってくれたか、メタルマン……!!」

「それはそれとして、どの道電動カッターは必要になるから、用意はして欲しいのだが」

「メタルマン……!?」


 こいつ、分かったようで分かっていなかった。

 根本的に人様のお金というものを理解していねえ、コイツ。


「か、カイト! それじゃあ、“ナイフ”をもう一本あげるかい? それを売れば、十分な資金に……」

「いやユウカ!! 気持ちはありがたいけどそれはもう良い! 一本で十分だし、売れないから!! いろんな意味で!」

「そ、そっか……そっか……」


 そう言うと、明らかにユウカが落ち込んだような表情に変わっていた。

 悪い……けど、真面目にあれ二本目貰うのは憚れるんだわ。


「……ナイフ?」

「何のことですか?」

「ああ、それは……」


 カクカク、シカジカ。

 そうして俺は、ユウカに以前お礼としてすごいナイフを貰った事を二人にも説明した。


「……なるほどな。ならば、私たちからも何かを譲るべきか。それならこの家にいても文句はあるまい?」

「そうですねー。お世話になってますし、確かにお礼の品をあげた方がいいですねー」


 そう言って、二人は何やらゴソゴソとやり始めた。

 いやまあ、気持ちは嬉しいけど、どうせ二人の物も換金不可なものでしょ?

 今貰っても、正直大して嬉しくない……


「カイト。この“エア・フロートシューズ”で良いか? 少しの間なら“空を飛べる”ぞ?」

「チックショー。ふっつーにワクワクするもの出して来やがって」


 俺は一瞬で掌返しそうになって、なんか悔しい思いを感じていた。

 だって空だぞ? メカで空で、少年の夢だぞ? ちっくしょう、確かに金に変えられねえ物出して来やがった……!!


「じゃあ、私は“マジックシールド・メダル”を上げますねー。かざすと魔力の盾になりまーす。身を守るのに便利ですよー」


 そうしてマホからは、小さな盾のようなメダルをサラッと渡された。

 実際かざして見ると、確かにマホが使ってるような魔力の盾が目の前に展開された。

 うーん、これも十分役に立ちそう。特に異世界人同士の揉め事の際を考えると、避難に便利かも……


「……まあ。今までの食事代、道具代、修理代とかはこれで手打ちという事で……」

「「よし! これで大丈夫だな!/ですね!」」


 そうして、二人は喜び……


「それはそれとして、今後の分は入ってないから。これ以降は別で考えるからな」

「むう」

「えー」


 そう付け足したら、ブー垂れたのだった。

 仕方ねーだろ、真面目にこっちも死活問題なんだよ……!!

 横目で見える範囲で、ユウカがナイフを持ってピョンピョン飛んでるのが見えるけど、見なかった事にする。


「悪いけど、もっと軽い物とか無いのか? この際換金の事は考えないから、普段使いの生活で役立ちそうな物とか、食糧とか……」


 正直、真面目に金の問題が死活問題になって来ている。

 この際直接金を望むことは諦めるから、間接的に何か役立つものが欲しい。生活雑貨とか、食糧とか。


 それを聞くと、ユウカ達がハッと思いつく。


「それならカイト、食材はどうだい? 私の世界の露店とかに売ってる物だけど」

「おー、助かるな」

「ふむ。生活雑貨というと……掃除機とかか? 他にもあの程度の機械、ちょっと弄れば簡単にパワーアップするぞ」

「へー、それはありがたいな」

「あ、そうだ。トイレットペーパーとかティッシュとか入りますかー? 私の世界で買って、こっちに持って来ますけど」

「めっちゃありがてえ!!」


 そうそう、これこれ! こういうのが欲しかったんだよ!!

 俺はようやく生活が多少マシになる予感がして来て、嬉しさを感じていた。


「なら、早速買いに行くよ。まだ王国にいる状態だから、すぐ買いに行けるよ」

「掃除機を借りるぞ。ガレージで、早速改造して来る」

「私も、元の世界で買って来まーす。魔法少女としての活動で、お金はたんまりあるのです!」

「おお、行ってらっしゃーい!」


 俺は、過去1番のさわやかな気持ちで3人を見送って、ふうっと一息吐いていた。

 これで、しばらくは何とかなりそうか……新しいアルバイトと合わせれば、大分持ち直すだろう。

 今後の展開を思い描いて、俺はようやく落ち着くことが出来た。


「全く、今まで本当に面倒なことさせてくれちゃって……」


 実際俺がお人好しとか色々言われてるけど、それはそれとして金が掛かるのは普通に迷惑だと思ってたんだからな。まあ、俺が使わなきゃ良い話だったと言われたら、その通りだが。


 けど……


「──“ようやく、あの3人表情が落ち着いて来たな”」


 俺はあの3人に対して、こっそり思っていた事をその場でそう吐露する。

 ……気づいていないとでも思ったか。

 あいつら3人とも、来たばかりの頃は俯いた表情ばかりをしていた。


 ユウカは、初めての死を経験して深い恐怖を感じていた。

 メタルマンは、直接は言わなかったが元の世界の事で精神が参っていたようだ。

 マホは、一見何もなかったように見えるが、態度の節々から何処か諦めのような感情を感じていた。


 けれど、この家の生活を通して、3人とも大分持ち直したようだ。

 今では自然な笑顔を見せるようになっている。


「……たく。しみったれた顔を見せるなってーの」


 俺は呆れたように、けれど何処かちょっと笑いながらそう呟いた。

 ま、これでしばらくは大丈夫だろ。さーてと、さっさと家の家事を済ませ……


「ふわあ〜……。あ、カイト。おふぁよ〜……」


 寝坊助幼女女神の登場だった。

 ……ふう。落ち着こう。俺は穏やかな気持ちで、ソラに声を掛ける。


「おはよう。穀潰し」

「ひっどい!?」


 いっけね、本音が出ちまった。反省反省。


「朝から罵倒!? おかげで眠気が一瞬にして冴えちゃったわよ!?」

「悪い、我が家の貢献度ランキングでお前がブッチギリの最下位になりそうな予定になったから、つい」

「何よ!! 十分私は貢献してるじゃない!!」

「ほう、何が?」


 そう言って、ソラは一瞬溜めて……


「私の可愛さとか!!」

「ッハ」


 失笑した。


「それじゃあ、ご飯食った後家事手伝いよろしくなー」

「あー!? 鼻で笑ったー!!」


 俺は、ソラの言葉を軽く聞き流しながら、一緒に家事の作業に入っていくのだった。

 ようやく、非日常なりの中で、落ち着く日常がやって来た。


 ……この時は、そう思っていた。


 先に言おう。この後三日後から二週間。



 ──ユウカが、元の世界に帰らなくなった。



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