「カイト、食器はこの棚で良いかい?」
「ああ、ありがとう」
「これくらいお安い御用さ。ボクの衣食住を保証してくれてるんだからね」
「……そうか」
俺は、ユウカと一緒に並んでキッチンで食器を洗っていた。
ユウカは丁寧に作業をしてくれて、俺の家の家事が大助かりだ。
「さ、カイト。次は何をすれば良い? 何でもするよ、ボクは」
「いや、今は丁度やることはなくなったな。ソラと一緒にテレビでも見てれば良いよ」
「そうかい? それなら、お言葉に甘えて。テレビって、ボクの世界には無いから新鮮なんだよね」
それじゃ、ありがとう。そう言って、ユウカはソファーに座っているソラの隣に向かって行った。
「ユウカちゃーん、一緒に見ましょう? 何見るー?」
「そうだね。天気のニュースとか良いな。天候の移り変わりが分かるなんて、魔法を使ってるわけでも無いのに凄いなって」
「……いや、確かにあなたの世界からしてみれば凄いかもしれないけど。もっとこう……ない? 別の。ほら、ドラマとか……あなた大分こっちの世界に慣れて来てるじゃない? ねえ?」
そんな事を会話しながら、テレビを見ている様子が聞こえて来た。
俺はそれをチラッと流し見しながら、ふうっと呼吸をつく。
──いつからか、ユウカは全然元の世界に帰らなくなった。
メタルマンや、マホでさえ、時々は元の世界に帰っているというのに。
ユウカはいつの間にか、全く元の世界に帰る様子が無くなった。
元々、ユウカの部屋は用意していたのもあって泊まる事自体は問題は無い。
食糧の定期搬入が無くなったのは痛いが、代わりにユウカは家事手伝いを可能な限り手伝おうとしてくれる。ぶっちゃけめんどくさがりなソラに比べたらめっちゃ役に立つ。
……けれど、ユウカは自分の世界の事を一切話さなくなった。
思うと、家事に熱中してるのも、何らかの現実逃避のように思えてくる。
もしくは、俺の家の中で居場所を守ろうとしているような……そんな気さえしてくる。
こんな状態のユウカは珍しい。……いや、見覚えがある。
それは、ユウカが2回目にこの家に訪れたときのような……
「……ユウカ」
「なんだい、カイト? あ、やっぱり何か仕事があるのかい? 任せてよ、何でも……」
「──何があったかは知らねえけどな。悩み事があるなら言えよ」
「────っ」
……俺がそう言うと、ユウカは分かりやすく固まっていた。
視線をうろうろと、ところなさげに彷徨わせている。
「……ま、すぐには聞かねえよ。落ち着いてからで良い」
「……ありがとう、カイト。すごく、助かるよ……」
俺がそう付け足すと、明らかにユウカはホッとしたような表情になって、落ち着いて行った。
それを見て、ソラも何か察したようだ。
「ユウカちゃん……っほら! せっかくだし、何処かお出かけしましょう! またショッピングセンターでも言って、お洋服買うの!!」
「お前、また俺の金……まあ良い、どうせこの際だ。パーっと行くか!」
オー! っと、ソラと一緒になって無理やりテンションを上げていく。
「……うん。ありがとう」
それを見て、ユウカは小さく笑い出した。
よし、今はこのまま……
「──勇者、ユーカ・ラ・スティアーラよ」
──そう思っていると。
リビングの天井に光の穴が開き始めた。
そこから、見覚えのある女がゆっくりと舞い降りてくる。
「あなたは……!?」
「嘘でしょ!? 本体が何で!?」
その女の姿を認識して、ユウカとソラは立ち上がる。
こいつは……!!
「私は女神。女神ソラリス。こうして出会うのも久しぶりですね」
「ソラリス様……!! でも、こちらのソラ様は……!?」
「私は分神よ! でも、私を通さず本体が何でここに!?」
ユウカとソラは、女神が二人いるこの状況に混乱しているようだ。
俺はと言えば……
「……今日はあなたに、忠告しに来ました」
「っ! ……忠告、ですか?」
「はい。このままでは、あなたは……」
「ッドッセイぃぃッ!!」
その無防備な女神の背中に対して、全力のドロップキックを喰らわしたのだった。
「へびゅうッ?!!」
「ソラリス様ぁ!?」
「本体ぃ!?」
「おう、このクソ女神。厄介な事押し付けまくってくれたじゃねーか、ええ?」
俺は倒れているクソ女神の背中をグリグリ踏みながら、そう言い放っていた。
俺の行動に二人は驚いてる中、俺はグリグリ踏むのを止め無い。
ふはは、気分がスッキリしてくるわ。
「な、何すんのよカイトぉ!? 私今、めっちゃ決めてる所だったの!? 何邪魔してくれてるのよ!?」
「そ、ソラリス様……?」
すると、デカイ女神の方が立ち直り、ソラを思わせる口調になって俺に詰め寄って来た。
やっぱりこいつ、ソラの元なんだなとよく分かる。
ユウカはそれを見て、なんかイメージが崩れたようなショックを受けている。
「邪魔だとぉ? お前がよこして来た幼女女神と、異世界人共!! あれを俺に押し付けてる時点でそっちが俺の生活邪魔してんだろーが!? 俺の財布にダイレクトに迷惑掛かってるわ!! せめて養育費寄越しやがれソラとしての分!!」
ふはは、10歳の幼女姿のソラに対しては、絵面が酷すぎてあんまりお仕置きしてやれなかったが、こっちのデカい方なら遠慮無くぶん殴れるわ!
どんだけソラに迷惑かけられたと思ってる!! 分神と言うからには、お前ある意味保護者枠だろ!? 保護者責任果たせや!!
「全く、背中痛めたわ。クイックロード、クイックロード、っと……」
「おい、俺の訴えに対しての答えは?」
「はいはい、お金でしょー? はい、金塊」
そう言って、ソラリスはデカイ金塊を懐から取り出して、その場でごとりと落とした。
ッは!?
「……え? お前、マジで?」
「何よ、あんたが要求した物でしょー?」
「い、いや。まさか、マジで支払ってくれるとは思っていなくて……」
「あんた、私のことを何だと思ってるわけ……」
「トラブルだけ押し付けてくる、人の心の無いクソ駄女神」
「OK。一度私たち、話し合いましょう?」
そう言って、ソラリスが肩をポンっと叩いてくるが、無視して金塊を拾っていく。
うっわ、マジの金だ……換金の手間が掛かるけど、確かに十分金になるな……
「全く。私だって、ソラを通してあなたが文句を言ってたのは見てたのよ? 事前の準備が疎かだったのは謝るわ」
「お、おう。素直に謝れると、なんかどう受け止めたら良いか分からねえな……」
「だから、この世界でちゃーんと金目の物になる物を持ってきたわ。やろうと思えば、この世界のお金大量に刷れるけど、そこまではどうせあなた、気が引けるでしょ?」
そう言って女神は、両手を腰に当ててふふん、と胸を張っていた。
なるほど、ちゃんとこいつなりに気遣っていると。
確かにお金を現生は助かるが、実質偽造通貨になりそうで怖い。
その恐怖を理解してくれてると言うことは、大分人の心が分かってきた、と言うことだろうか?
「なるほど、ちょっと見直したぜ。お前のこと」
「ふふん♪ 私は反省出来る女神なのです。これからもソラちゃんをよろしくね」
「ちょ、ちょっと本体! 話が逸れちゃったけど、何の為に来たの!? 私に伝えたいこと転送すれば済む話じゃ無いの!?」
そうソラリスと話していると、分神のソラが話を修正してきた。
そうだ、こいつ一体何しに来た? 確かユウカに忠告をしに来たって言ってたような……
「あ、そうだった。本題を忘れるところだったわ」
コホン、とソラリスが咳払いをすると、態度をさっきの神様モードにして。
「……勇者、ユーカ・ラ・スティアーラよ」
「は、はい……!」
「──至急、元の世界に戻り。魔王討伐を再開しなさい。さも無くば、あなたの“セーブポイントの使用権利”、並びにこの家へ入る“マーカー”機能を失わせます」