──その言葉を聞いた時、ユウカの表情に浮かんだのは絶望だった。
まるで、唯一の希望を断たれたように。
「ちょ、ちょっと本体!?」
「残念ながら、あなたのここ最近の活動は非意欲的です。セーブポイントは、その為に使わせてるわけでは無いのです。現実逃避しかしないなら、無理矢理この場所から出て行って……」
「──おい、クソ女神」
俺は、クソ女神の背後から声を掛ける。
自分でも驚くほどの、低い声で。
「……何か?」
「ユウカの様子がおかしいんだが。見て分からないのか? お前の言葉に酷く傷ついてるようなんだが、本当に分からないのか?」
「……生憎、そんなことは考慮する必要はありませんので」
「“考慮する必要ない”、だと?」
俺は、その言葉を聞いて金塊を握る力がギュッと強まったのを感じた。
これが空き缶だったなら、簡単に潰れていた事だろう。
「……もう一つ言おうか。“この家は俺の家だ”。出入りする権利は俺が決める。お前なんかに出禁する権利なんかねえよ」
「……世界を繋げるのは、私の意思です。あなたがどう言おうと、私が拒否したら出入りする事は出来なくなります」
「テメエ……」
「い、良いんだカイト! これは、ボクの……ボクの、問題だから……!!」
俺がクソ女神に殴りかかろうとすると、ユウカが震えた声でそう口出してきた。
そのままユウカは、ソラリスに縋るように質問をする。
「……め、女神ソラリス様。どうしても……どうしても、ダメなのですか? もう少しだけ、この家の日常の中に……」
「──ダメです。これ以上の逃避は許しません。勇者よ、あなたの使命は何ですか?」
「……魔王を、討伐する事」
そうユウカは、ポツリと答えた。
その事にクソ女神はコクリと頷き……
「そう。それが使命。……これは、あなたの世界の人間だけの問題ではないのです。“あなたの世界の存続が、あなたに掛かっているのです”」
「──ッ!?」
「もはや、あなたの想像する以上に、その方には世界の運命が握られています」
クソ女神は、淡々と、そう事実を述べるように話していく。
まるで感情がないかのように、人の心が無いかのように。
「……仮に、ですが。このままあなたが、元の世界の攻略をしなかった場合、どうなると思いますか?」
「それ、は……また、セーブポイントに戻れば、全て元通りに……」
「──“セーブポイントは、無限ではありません”」
『ッ?!!』
その事実に、俺とユウカは酷く驚いた。
無限じゃ無い、だって? 使用回数とかがあるのか? そう思っていると……
「──“期限”です」
女神は、淡々とそう言った。
「具体的には、この家にカイトがいられるまで──最大でも、“カイトの寿命まで”です」
「っ!?」
「もし、彼が寿命を迎えたら、セーブポイントの管理人はいなくなるでしょう。そうなれば、セーブポイントはもはや貴方達には使用出来ません」
そう言って、女神はユウカに向き直り……
「つまり……“今の貴方のように、彼の寿命までこの家に一緒に居ようとする”のは、実質放棄と同義なのです」
「そん、な……そこまで、いるつもりは……」
「無い。とは、言えないでしょう?」
……その言葉に、ユウカは言葉に詰まっていた。
「そう慣れば、貴方の世界を救う手立てはなくなるでしょう」
続けて放たれた言葉に、大きくショックを受けていた。
目を大きく見開いて、口元を手で抑えている。
そんな彼女に対して、クソ女神は──
「──“あなたのゆるやかな自殺に、貴方の世界を巻き込まないで下さい”」
「────っぁ」
「本体ぃッ!!」
その言葉に、ユウカは崩れ落ち。
ソラは叫び。
──“次の瞬間、女神の頬に金塊が減り込んだ”。
「っは!?」
ソラの驚く声が聞こえる中、ソラリスは吹っ飛んでテーブルにぶつかっていた。
──俺が金塊を、クソ女神の顔面に全力で投げつけたからだった。
「……良い加減にしろよ、クソ女神」
「────」
「さっきから黙って聞いていれば、人の心が無い事を散々言いやがって……」
俺は倒れた女神に対して、ゆっくりと近づきながらそう言った。
「何が、貴方の世界を巻き込まないで下さい、だ……“ユウカに全部押し付けてるだけだろうが”」
クソ女神の服を掴みながら、こいつを無理やり起こす。
クソ女神は、目を俺に合わさずに横を向いていた。
「こいつは、ただの女なんだぞ……? 勇者とか言われてるけど、普通に喜んだり、怖がったり、悲しんだりするただの人なんだぞ……?」
「…………」
「前から、気に入らなかったんだよなあ……そう言うの」
俺は、クソ女神を両手で持ち上げて、言い放つ。
俺の、心からの叫びを。
「──“たかが一人の人間に、使命だの何だの押し付けるんじゃねーよ!!”」
「…………」
「おら、反論して見ろよクソ女神……そんなエセ女神口調なんかやめて、お前の本当の気楽そうな口調でよお。その頬の怪我だって簡単に治せるんだろ……クイックロードとか何とかで? さっさと傷直せば良いじゃねーか、何で黙ったままなんだよ……?」
「…………」
「──何とか言えよ、クソ女神ぃッ!!!」
「────……っ」
……ここまで言っても、クソ女神は何も言わないままだった。
目をそらして、ただ俺の言葉を黙って聞いたままだった。
「……カイ、ト」
そんな時に、ユウカの小さな声が聞こえてきた。
「もう、良い」
ただ、シンプルに。
「もう、良いんだ……」
全てを、諦めたような表情で。
「────ッ」
俺は。苛立ちながらも。クソ女神を、離した。
「──忠告は、しました」
そう言って、クソ女神は口調を崩さず。こっちを見ないまま、立ち上がった。
「……もう、そんな金塊いらねえ。お前からの施しなんて、いらねえ」
「……はい。いらないなら、持って帰りましょう」
そう言って、クソ女神は金塊を懐にしまっていた。
もう、そんなものに頼りたくも無い。
「──ユウカ」
「……っ」
「貴方の世界を救えるのは、貴方だけなのです。放っておけば、全ての滅びが確定します。……それだけは、理解して下さい」
「……はい」
「──ッ!」
「──本体!!」
再度、俺はクソ女神に殴りかかろうとした時。
幼女女神の、ソラの声が聞こえてきた。
「本当に、こんなやり方しか出来なかったの!? こんな無理やり従わせるような、こんなやり方しか出来ないの!? ユウカちゃん、悲しんでるでしょ!?」
「……貴方は、貴方の使命を果たしなさい」
「──っ! 私に教えてよ! 私、記憶が無いから分からないよ! 貴方がわざと、記憶に欠落が出るように作ったから! 貴方が私に求めている事が、本当は分からない!!」
そう言ったソラの表情は、嘘を言ってる素振りがなく。
ただただ、本心を言ってるように、そう思えた。
そんなソラの悲痛な叫びに応える事なく、クソ女神は顔をこっちに見せず。
「……それでは。さようなら」
──そう言って、クソ女神、ソラリスは去って行ったのだった。
後にどうすれば良いのか分からない、俺達を残したままで。
「…………」
「…………」
「───っ」
……俺達は、誰も声を出せなかった。
しばらくずっと、声を出せないままだった。
「──ゆ、ユウカちゃん! 気にする事ないわ! 本体の戯言よ戯言!」
そんな空気を無理やり吹き飛ばすように、ソラが明るく声を出していた。
「全く本体ったら、私以上に人の心が無いんだから! 休暇は大事よ大事! 休めるときは思う存分休まないと! 終わらない夏休み最高ーっ!! だから貴方も、思う存分休んじゃって良いんだからねー!」
そう言って、ソラはユウカの目の前に座り込んで……
「だから……ッ!」
「……ソラ、様」
その、ソラの言葉は。
「もう、良いんです……」
ユウカには、届かなかった。
「……武器と、鎧を回収しないとね。クローゼットの中を使わせて貰ってたから、引っ張り出さないとな」
「……ユウカ、ちゃん……」
そう言って、ユウカは部屋を出ていこうとする。
ふらついた、足取りのままで。
「ユウカ……ッ」
「……カイト」
俺は、声を掛けようとするが……
その前に、ユウカがゆっくり振り向いて。
「──“君達と出会えて、本当に良かった。ありがとう、今まで本当に楽しかった”」
……そう、寂しそうな笑顔を浮かべて。
ユウカはゆっくり──扉を、閉めたのだった。