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第37話 離れる日常

 ──その言葉を聞いた時、ユウカの表情に浮かんだのは絶望だった。


 まるで、唯一の希望を断たれたように。


「ちょ、ちょっと本体!?」

「残念ながら、あなたのここ最近の活動は非意欲的です。セーブポイントは、その為に使わせてるわけでは無いのです。現実逃避しかしないなら、無理矢理この場所から出て行って……」


「──おい、クソ女神」


 俺は、クソ女神の背後から声を掛ける。

 自分でも驚くほどの、低い声で。


「……何か?」

「ユウカの様子がおかしいんだが。見て分からないのか? お前の言葉に酷く傷ついてるようなんだが、本当に分からないのか?」

「……生憎、そんなことは考慮する必要はありませんので」

「“考慮する必要ない”、だと?」


 俺は、その言葉を聞いて金塊を握る力がギュッと強まったのを感じた。

 これが空き缶だったなら、簡単に潰れていた事だろう。


「……もう一つ言おうか。“この家は俺の家だ”。出入りする権利は俺が決める。お前なんかに出禁する権利なんかねえよ」

「……世界を繋げるのは、私の意思です。あなたがどう言おうと、私が拒否したら出入りする事は出来なくなります」

「テメエ……」

「い、良いんだカイト! これは、ボクの……ボクの、問題だから……!!」


 俺がクソ女神に殴りかかろうとすると、ユウカが震えた声でそう口出してきた。

 そのままユウカは、ソラリスに縋るように質問をする。


「……め、女神ソラリス様。どうしても……どうしても、ダメなのですか? もう少しだけ、この家の日常の中に……」

「──ダメです。これ以上の逃避は許しません。勇者よ、あなたの使命は何ですか?」

「……魔王を、討伐する事」


 そうユウカは、ポツリと答えた。

 その事にクソ女神はコクリと頷き……


「そう。それが使命。……これは、あなたの世界の人間だけの問題ではないのです。“あなたの世界の存続が、あなたに掛かっているのです”」

「──ッ!?」

「もはや、あなたの想像する以上に、その方には世界の運命が握られています」


 クソ女神は、淡々と、そう事実を述べるように話していく。

 まるで感情がないかのように、人の心が無いかのように。


「……仮に、ですが。このままあなたが、元の世界の攻略をしなかった場合、どうなると思いますか?」

「それ、は……また、セーブポイントに戻れば、全て元通りに……」


「──“セーブポイントは、無限ではありません”」

『ッ?!!』


 その事実に、俺とユウカは酷く驚いた。

 無限じゃ無い、だって? 使用回数とかがあるのか? そう思っていると……


「──“期限”です」


 女神は、淡々とそう言った。


「具体的には、この家にカイトがいられるまで──最大でも、“カイトの寿命まで”です」

「っ!?」

「もし、彼が寿命を迎えたら、セーブポイントの管理人はいなくなるでしょう。そうなれば、セーブポイントはもはや貴方達には使用出来ません」


 そう言って、女神はユウカに向き直り……


「つまり……“今の貴方のように、彼の寿命までこの家に一緒に居ようとする”のは、実質放棄と同義なのです」

「そん、な……そこまで、いるつもりは……」

「無い。とは、言えないでしょう?」


 ……その言葉に、ユウカは言葉に詰まっていた。


「そう慣れば、貴方の世界を救う手立てはなくなるでしょう」


 続けて放たれた言葉に、大きくショックを受けていた。

 目を大きく見開いて、口元を手で抑えている。


 そんな彼女に対して、クソ女神は──


「──“あなたのゆるやかな自殺に、貴方の世界を巻き込まないで下さい”」


「────っぁ」

「本体ぃッ!!」


 その言葉に、ユウカは崩れ落ち。

 ソラは叫び。


 ──“次の瞬間、女神の頬に金塊が減り込んだ”。


「っは!?」


 ソラの驚く声が聞こえる中、ソラリスは吹っ飛んでテーブルにぶつかっていた。


 ──俺が金塊を、クソ女神の顔面に全力で投げつけたからだった。


「……良い加減にしろよ、クソ女神」

「────」

「さっきから黙って聞いていれば、人の心が無い事を散々言いやがって……」


 俺は倒れた女神に対して、ゆっくりと近づきながらそう言った。


「何が、貴方の世界を巻き込まないで下さい、だ……“ユウカに全部押し付けてるだけだろうが”」


 クソ女神の服を掴みながら、こいつを無理やり起こす。

 クソ女神は、目を俺に合わさずに横を向いていた。


「こいつは、ただの女なんだぞ……? 勇者とか言われてるけど、普通に喜んだり、怖がったり、悲しんだりするただの人なんだぞ……?」

「…………」

「前から、気に入らなかったんだよなあ……そう言うの」


 俺は、クソ女神を両手で持ち上げて、言い放つ。

 俺の、心からの叫びを。


「──“たかが一人の人間に、使命だの何だの押し付けるんじゃねーよ!!”」

「…………」

「おら、反論して見ろよクソ女神……そんなエセ女神口調なんかやめて、お前の本当の気楽そうな口調でよお。その頬の怪我だって簡単に治せるんだろ……クイックロードとか何とかで? さっさと傷直せば良いじゃねーか、何で黙ったままなんだよ……?」

「…………」


「──何とか言えよ、クソ女神ぃッ!!!」


「────……っ」


 ……ここまで言っても、クソ女神は何も言わないままだった。

 目をそらして、ただ俺の言葉を黙って聞いたままだった。


「……カイ、ト」


 そんな時に、ユウカの小さな声が聞こえてきた。


「もう、良い」


 ただ、シンプルに。


「もう、良いんだ……」


 全てを、諦めたような表情で。


「────ッ」


 俺は。苛立ちながらも。クソ女神を、離した。


「──忠告は、しました」


 そう言って、クソ女神は口調を崩さず。こっちを見ないまま、立ち上がった。


「……もう、そんな金塊いらねえ。お前からの施しなんて、いらねえ」

「……はい。いらないなら、持って帰りましょう」


 そう言って、クソ女神は金塊を懐にしまっていた。

 もう、そんなものに頼りたくも無い。


「──ユウカ」

「……っ」

「貴方の世界を救えるのは、貴方だけなのです。放っておけば、全ての滅びが確定します。……それだけは、理解して下さい」

「……はい」

「──ッ!」


「──本体!!」


 再度、俺はクソ女神に殴りかかろうとした時。

 幼女女神の、ソラの声が聞こえてきた。


「本当に、こんなやり方しか出来なかったの!? こんな無理やり従わせるような、こんなやり方しか出来ないの!? ユウカちゃん、悲しんでるでしょ!?」

「……貴方は、貴方の使命を果たしなさい」

「──っ! 私に教えてよ! 私、記憶が無いから分からないよ! 貴方がわざと、記憶に欠落が出るように作ったから! 貴方が私に求めている事が、本当は分からない!!」


 そう言ったソラの表情は、嘘を言ってる素振りがなく。

 ただただ、本心を言ってるように、そう思えた。

 そんなソラの悲痛な叫びに応える事なく、クソ女神は顔をこっちに見せず。


「……それでは。さようなら」


 ──そう言って、クソ女神、ソラリスは去って行ったのだった。


 後にどうすれば良いのか分からない、俺達を残したままで。


「…………」

「…………」

「───っ」


 ……俺達は、誰も声を出せなかった。

 しばらくずっと、声を出せないままだった。


「──ゆ、ユウカちゃん! 気にする事ないわ! 本体の戯言よ戯言!」


 そんな空気を無理やり吹き飛ばすように、ソラが明るく声を出していた。


「全く本体ったら、私以上に人の心が無いんだから! 休暇は大事よ大事! 休めるときは思う存分休まないと! 終わらない夏休み最高ーっ!! だから貴方も、思う存分休んじゃって良いんだからねー!」


 そう言って、ソラはユウカの目の前に座り込んで……


「だから……ッ!」

「……ソラ、様」


 その、ソラの言葉は。


「もう、良いんです……」


 ユウカには、届かなかった。


「……武器と、鎧を回収しないとね。クローゼットの中を使わせて貰ってたから、引っ張り出さないとな」

「……ユウカ、ちゃん……」


 そう言って、ユウカは部屋を出ていこうとする。

 ふらついた、足取りのままで。


「ユウカ……ッ」

「……カイト」


 俺は、声を掛けようとするが……

 その前に、ユウカがゆっくり振り向いて。


「──“君達と出会えて、本当に良かった。ありがとう、今まで本当に楽しかった”」


 ……そう、寂しそうな笑顔を浮かべて。


 ユウカはゆっくり──扉を、閉めたのだった。




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