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第38話 詰みセーブ

 ──意外にも。ユウカとの再会は早かった。


 それは、セーブポイントの前に現れた、と言う意味でだが。


「──ッゲッホ、ゴホッ!!」


 ユウカは、あれから毎日のようにセーブポイントの前に戻って来ていた。

 玄関から入ってくる訳じゃなく、セーブポイント前に転移する形で。


 それはつまり、ロードをしたか……“死亡した”かのどちらかだ。


「うっぷ、オエエェェ────ッ」


 ユウカは、戻ってくるたびに吐いていた。

 吐くものの無い、ただ胃酸だけしかないものが、用意していたビニール袋の中に吐き出される。


「ご、ごめん……カイト、ごめん……」

「良い。気にすんな」


 俺はユウカの背中を摩りながら、そうシンプルに答えていた。

 ユウカは涙を溢しながら、空っぽの胃の中のものを吐き出し続ける。


「ごめ、ん……な、さ……」


 ……そうして、ユウカは気絶する。

 最近はいつもこうだ。戻ってくる度に、気絶する。

 気絶しなくても、またすぐ元の世界に向かっていく。そんな生活を繰り返していた。


 せめて、気絶した今だけでも。少しでも精神を休めるように。

 そう思って、俺は彼女をゆっくりと抱きかかえて、ユウカの部屋に彼女を寝かせに行った……


 ☆★☆


「……どう? ユウカちゃんは」

「……いつもどおり、気絶してる」


 俺は、リビングにいるソラと一対一になって、向かい合って話し合っていた。


「……カイト」

「何だ」

「……ごめん、なさい。私の、せいなの」


 そう、ソラはゆっくりと言い出した。

 まるで懺悔するように。


「私が、もっと本体の事を知っていて、抑えられたら……」

「──もう。お前とあのクソ女神は別人として扱う」


 俺はきっぱりと、そう言った。


「お前はまだ、ユウカの心に寄り添おうとしていた。それだけでも、あの人の心の無い女神より十分マシだ」

「……カイト」


 俺の中の、ソラに対するスタンスははっきりした。

 ソラリスと名乗るあいつは、金輪際信用しない。

 このふざけているようで、まだ人の事を考えているクソガキの方がよっぽどマシだった。

 ただ、それはそれとして、ソラがまだ知ってる事もあるだろう。


「その上で聞く。──一体ユウカに、何があったんだ?」


 俺はソラに、1番に疑問に思った事をそう問いかける。

 ソラは迷ったように視線をあちこちに向けながら……観念したように話始める。


「──多分、“詰みセーブ”をしちゃったんだと思う」


 ──詰みセーブ。

 たまに聞く言葉とも言える。

 後戻り出来ない箇所でセーブしてしまったせいで、レベルが足りず攻略出来ない状況に陥る事。

 または、バグなどで壁の中などにいる場合にセーブしてしまい、一切身動きが取れなくなってしまう事。

 パッと思いつくだけで、こんな意味がある言葉だ。


「それを、ユウカはやっちまったって事か?」

「状況から見て、十中八九……」


 口元を押さえながら話すソラを見て、俺はようやく納得が言った。

 似たような状況で言えば、メタルマンと初遭遇の時の状況に近い。

 あの時は、メタルマンが何度も何度も挑んでも、すぐセーブポイントの前に現れていたからだ。

 あれと似たような事が、ユウカにも起こっているんだと思う。


「だとしたら、メタルマンの時みたいにユウカの装備を強化すれば良いのか? それなら手伝って……」

「メタルマンみたいに電子装備で、ドライバーちょっとネジ止めすれば強化出来るような装備をユウカちゃんは持ってないわよ。どちらかと言うと、加護とか魔法とかそっち方面。カイトそっちは全然分からないでしょ」


 それに……と、ソラは続ける。


「……多分、“ユウカちゃん自身の心が折れちゃってる”と思う。装備の問題じゃ無いわ」

「心……」


 ……まあ、あのユウカの様子を見れば誰だって分かる。

 完全に希望が見えず、絶望の中にいるような状態だ。


 ふと、俺は気づく。


「なあ、ソラ。直前のセーブデータじゃなくて、“それ以前のセーブデータでロード”って出来ないのか? なんかそれっぽい事以前言ってただろ? データの管理が大変だとかで……」

「ごめん、それ本当に最終手段にした方がいい。……実を言うと、今のセーブポイントの使用方法って、“本来の使い方じゃない”せいでね。あんまり特別な事したくないの」

「本来の使い方じゃない?」


 どう言う事だと聞いても、あんまり言いたくないとの事だった。

 ふむ、つまり何らかの想定外の使い方をしていると。


「そんな無理矢理な状態で、セーブデータ複数ある状態で、直前じゃないデータでのロードは“まだやった事がない”の。推奨もされていなくて、“セーブ機能のバグ取りがまだ終わっていない”」


 ソラは、過去1番の真剣な表情で首を横に振っていた。

 バグ取りが終わっていない? つまり……?


「下手すると、セーブデータ破損……よくて、記憶の時系列のごちゃ混ぜによる精神崩壊、とかが今は考えられそう……」

「こっわ!?」


 何そんな危険なものを普通に使わせてんだよてめえ!?

 だから直前のセーブデータだけ使うようオート設定してんでしょうが!!

 そんな言い争いが発生する。

 とりあえず、詰みセーブデータを無視するような事は現状出来ないらしい。


「だから今ユウカちゃんに必要なのは、心の癒しだったんだけど……本体が、それを禁止するような事をしちゃったから……」

「ガチで何考えてんだ、あのアマ……セーブポイント貸して手助けしてるかと思いきや、心折れてるのに無理やり攻略に行かせようとしやがって」


 手伝いたいのか、無理やり働かせたいのかもう良く分からねえぞ……

 俺の家にセーブポイント置いた事といい、本気で何考えてるか分かんねえよ。


「……ただ。本体の言う事も、理解出来ないかと言われれば嘘になるの」


 ぽつり、とソラはそう切り出した。

 とても言いづらそうだが、彼女の言葉にも一理あると……



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