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第40話 絶望の女勇者①

 ──ボクはユウカ。

 選ばれた勇者。……選ばれてしまった勇者。

 目が覚めると、そこは見慣れた部屋の天井。……見慣れたままになる筈だった、天井だった。


「……ここ、は……ああ、カイトが、運んでくれたのか……」


 ボクは、彼が割り当ててくれた部屋のベットから起きて、そう呟く。

 ゆっくりと起き上がり、横に置いてあった鎧をルーティーンのように身につけていく。

 口の中が、苦味を感じる。はっきりとは覚えていないが、朦朧としている中吐いたような覚えがあった。

 不快に思ったそれを取り除くために、部屋を出て、階段を降りて洗面所と呼ばれる場所に向かっていった。


「ガラガラ……ッペ」


 ……もうこの洗面所も、何度使ったか分からない。

 この世界の生活で、大分彼の家の道具を使い慣れたように思える。

 こうして洗面所一つで、ボクの世界より遥かに生活水準が高い事が窺える。

 ずっとここの生活を続けていれば、堕落を感じていてもおかしくない程だった。


「……堕落」


 ……現に、そうだったんだろう。

 “ワタシ”は彼の家の生活に、依存し始めていた。女神に言われた、逃避。あれは図星だった。


 ──“ワタシ”は、セーブする箇所を失敗した。


 その現実を認めたくなくて、ずっとカイトの家にいたのだ。

 それでいて、彼の家がとても居心地が良かったから、ずっとこの環境に浸っていたくて……


「……けれど、もうそれは出来ない」


 “ワタシ”は、自分に言い聞かせるように声を出す。

 女神ソラリス直々に、釘を刺されてしまったのだ。

 もう無意味に、この家に居続ける事は出来ない。さもなければ、この僅かな憩いの時間すら無くなってしまうだろう。……それだけは、嫌だった。


「…………ふう」


 顔も洗って、一息付いた“ワタシ”は、洗面所から出て廊下を歩く。

 行き先は、玄関前。

 “ワタシ”の世界に続く扉へと──


「──あ、れ……?」


 “ワタシ”は、ペタン、と両膝を付いてしまう。

 すぐに立ち上がろうとしても……立ち上がれない。力が、入らない。

 いつの間にか、涙がポロポロと両目から流れ落ちてしまっていた。


「──あ、ああ、あ……っ!!」


 怖、い。

 怖い、怖い、怖い。

 また死ぬのが、怖い。殺されるのが、怖い。“アイツ”に殺されるのが、怖い。

 オークに殺された時以来の恐怖。けれど、あの時と違って一切攻略法が見えない。


 “ワタシ”は後悔した。──なんて相手に、手を出してしまったんだろう。


「か、いと……ソ、ラ、様……っ」


 “ワタシ”はついリビングの扉に向かって、ズリズリと床を這いながら近づいてしまっていた。

 あそこにいるだろう、彼らに思わず助けの手を求めて。


 そこで、開いている扉の隙間から、声が聞こえて来て。


『ユウカちゃんの世界を救えるのは、ユウカちゃんだけ……他の世界、メタルマンも、マホちゃんも、それぞれの世界は彼らしか救えないの。そう言う人材を選んだ……ううん、“見つけた”筈だから』


 ──その声に、伸ばした手が止まってしまって。


 その先の話が、自然と耳に入ってくる。

 “ワタシ”に使命を押し付けているのは女神ではなく、“世界そのもの”が押し付けている状態だと。

 女神ソラリスは、ただそんな彼ら彼女をセーブポイントでサポートしているだけだと。


 他にも、色々な話を言っていた。

 女神にとっては、世界は平等に大切なものだったと。


『だから、いくつもあってもね。どれも、神様にとって大切な生き物……どれ一つ、見逃したく無いのが本音なのよ。出来る事なら、全て健やかに成長して欲しかった……』

『……だから、諦めようとしているユウカを許せなかったのか? 大切にしている世界の一つが、そのまま滅びるから』


 ……ああ。それは、確かに許せないか。

 “ワタシ”は心の中にストンと入って来た。

 女神は、世界を愛す。その世界が崩れるような行為は、許しがたい。なるほど、納得の理由だ。

 ……そっか。じゃあ、頑張らないと/逆らえない。


 “ワタシ”は……“ボク”は、伸ばした手を戻して、逆に軽くなった/諦めが付いた足を動かして、玄関の扉を開いた……


 ☆★☆


 ……それは、数週間前の出来事だった。


 ──“ロビーホ要塞”。


 カイトと初めて出会った時にいた“ローダスト村”と、“カンセダリー王国”の間に位置する要塞。

 そして、“魔王四天王”らしきものがいると言う噂があり。……実際に、魔王軍の存在が占領しているのが確認された場所。


 ボクがそう王国に報告して、大規模な討伐隊が編成されるようになった。

 そこに勇者として、ボクも組み込まれた。


 決行日、作戦は順調だった。

 王国の軍隊が、魔王軍に対して先制攻撃を行えた。

 十分な準備も相まって、王国の軍は軽度な被害で討伐速度を上げていた。


 その順調さを確認したボクは、王国軍の隊長から、要塞の奥の調査を頼まれた。

 例の、“魔王四天王”に関してだ。その存在がいるのか、今の内に確認して欲しいと。

 ボクは単独行動でも十分動ける自信があったから、それに了承して向かって行った。


 ……いくつかの魔物を切り伏せて、大きめの扉の前に到着した。

 ──そしてその扉の裏から、明らかに強者のオーラが湧き出ているように見えたのだ。

 嫌な予感がしたボクは、適当な近くの別の扉にマーカーを設置して、カイトの家に向かった。

 そこでセーブクリスタルを起動し、セーブを実行したのだ。何があってもいいように。


 ──これが、取り返しの付かない事になるとは知らずに。


 セーブを実行した後、ボクは要塞に戻り、例の大きな扉の前に向かい合った。

 ゆっくりと扉を開いていくと……大きな部屋の奥に、一つの存在が見えた。


「──ああ? お前が要塞内をチョコマカ動いていたやつだったか」


 ……それは、“炎”だった。

 火が人の形を司り、玉座に座っているように見える。

 まるで、火で出来た生き物のように。


「──お前は──?」

「ああ? 侵入者に名乗らなきゃいけねえ理由でもあるのか? ……まあいい、そっちからやって来た褒美に、名乗ってやろう」


 その“炎”が、玉座からゆっくり立ち上がる。

 掲げた右手の先から、新たな炎を湧き出しながら。


「──俺様は魔王軍四天王、“イフリート”。その名を心に刻んでおけ」


 魔王軍四天王、“イフリート”。

 それが目の前の炎の生命体の名前だった。


「ボクは……」

「ああ、いい。名乗らんでいい」


 え? と、聞き返す暇も無く──


「──たった今、消し済みになったんだからな」


 ──その言葉を聞く前に、炎に包まれる自分の体。


「────────」


 髪が焼け、皮膚が焼け。

 肺が焼き付き、目の水分が蒸発し。

 自分の口から、言葉にならない悲鳴の声が流されていた。


 立ったままでいられず、倒れ込み、力尽きる。

 これが、最初の邂逅。


 ──そして、何度も味わう地獄の始まりだった。




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