──それから、ボクは何度も挑んだ。
部屋に入ってから、問答無用で切り掛かりに行ったり。
常に走り続けて、狙いを定めないようにしたり。
耐熱装備を整えて、防御を固めていったり。
魔法で炎上耐性を上げてみたりと。
……けれど、その全てが無駄だった。
ボクに考えられる対策方法は全てやった上で、あの魔王四天王には敵わなかった。
……何とか、一瞬で燃やされる現象については。あいつのかざした手の先で、狙った位置で炎上するらしいと言う仕組みだけは理解出来た。
けれど、ボク一人じゃそれだけ。
それが分かっただけで、あいつの狙い撃ちから逃げられる手段が無かった。
攻撃も、意味が……無い。
一度、あいつの腕を切り落とせた回はあった。……けれど、直ぐに再生して、くっついてしまっていた。
元が炎なんだ。実体なんてあってないようなものなんだろう。
この時点で、ボクの心には絶望が覆いかぶさっていた。
──こいつは、倒せない。
そう勇者として、判断するしかなかった。
だから別の回で、こいつの部屋に挑まずに、元の道を戻ろうとした選択肢もあった……
「──おいおい。せっかくそこまで来たのに、帰るのかよ」
背筋が、凍った。
真後ろに、あの四天王が立っていたのだ。
その直後、またボクは燃やされて終わった。
遅かった。
この部屋の前まで来た時点で、ボクはあの炎の四天王に認識されてしまっていたのだ。
次の回で、全力疾走で逃げ出してみた。
後ろを振り返らず、何か聞こえても振り返らずに。
──また燃やされた。
次の回で、隠れながら逃げてみた。
簡単には、見つからないように。
──また燃やされた。
次の回で、透明化の魔法を使用してみた。
これで見つからずに、元の道を帰ってみた。
──また燃やされた。
──恥も外聞もなく、全力の必殺技、“シャイニング・レイ”を要塞の壁に向かって放ってみた。
壁に穴が空いた。穴の先は、王国軍が戦っている最中だった。
ボクは、逃げ出す事に成功した。
すぐに王国軍のリーダーに伝えた。
魔王軍四天王がいたと。ボク一人では到底叶わないと。
援軍を要請し、その場にいる軍の過半数以上を、炎の四天王への戦力に割り当てた。
「──“薪役”ごくろーさん、っと……」
──全滅だった。
直接相対したものも、他の魔物を相手していたものも。全て、全て平等に燃やされた。
何度も。何度も。全軍率いて相対しても。
何度も。何度も。全軍率いて逃げ出しても。
──全てを投げ捨てて、“ワタシ”一人で逃げ出そうとしても。
──涙ながら、命乞いをしても。
──痛く無いように、先に自殺しようとしたとしても。
あの炎の四天王は、燃やしにくる。
“ワタシ”の全てを、燃やし尽くす。
戦いにならない。逃げることも許されない。全て、全て燃やしてくる。
魔王を倒すと言う意思も。
世界を救うと言う誓いも。
……子供達を守りたいと言う願いも。
全て、灰になっていく。
“ワタシ”には、勇者の勇気も燃やされて。
もう立ち向かう意思が残っていなかった。
全てを燃やし尽くされた“ワタシ”には、何も残っていなかった。
──ただひとつ、カイトの家の入り口を除いて。
☆★☆
……一つ、気づいた事がある。
“ワタシ”がカイトの家にいる間、あの炎の四天王はカイトの家にやって来なかった。
マーカーが向こうに置いてあるから、繋がってるはずなのに。
それとなくソラ様に確認してみると、“ワタシ”のように選ばれた人だけが、カイトの家に繋がる通路が見えて入れるらしい。
それを聞いて、“ワタシ”はとても安心した。
カイトの家は、絶対の安住の地になっていたのだ。
それからだ。“ワタシ”がカイトの家に居続けるようになったのは。
カイトの家から、元の世界に戻る事は無くなった。
カイトの家で、彼の事を手伝うようになった。──追い出されないように。
ソラ様と、一緒によく遊ぶようになった。──気に入られるように。
メタルマンとマホと呼ばれる彼、彼女を見送るようになった。──現実を見ないように。
この場所は。とても、居心地がいいから。
だから、ずっとこの場所に居たくて。
いつまでも、このままだとダメだと言う事は、分かっていたのに。
──だから、女神様に怒られたんだ。
その事は、仕方ない事だと思ってる。
役目を放棄しかけた、“ワタシ”が悪いのだから。
だから“ワタシ”は、ボクに戻り、また要塞に戻ったのだ。
そこで、燃やされて。燃やされて。燃やされて。燃やされて。
殺されて。殺されて。殺されて。殺されて。殺されて。
絶望して。絶望して。絶望して。絶望して。絶望して。
世界を恨んで、恨んで、恨んで、恨んで、恨んで。
また、今日も燃やされに行くんだ。
もはや、ただの自殺の繰り返しだった。
──女神様。女神、ソラリス様。
ボクに使命があったのはいい。それは女神様が選んだせいでは無かったから。
“ワタシ”にセーブポイントと言うサポートをしてくれたのはいい。彼女にとってそれは親切だと分かったから。
でも、でも。
──何故“ワタシ”に、温かい家庭など経験させたのです?
──何故“ワタシ”に、カイトと言う親切な彼を会わせたのです?
──何故“ワタシ”に、幸せな居場所というのを教えてしまったのです?
それがあったから、“ワタシ”は心が弱くなってしまった。
それがあったから、“ワタシ”は天国があると知ってしまった。
それがあったから、“ワタシ”は地獄がより地獄だと感じるようになってしまった。
──ああ。
何故“ワタシ”に幸せなど教え込んだんですか。何故その上で取り上げるような事をするのですか。
分からない。分からない。
──こんな事なら、彼の家など知らないままが良かったのに。
☆★☆
──こうして、“ワタシ”は今日も、自らの処刑台に上がる。
永遠と繰り返される、自分の死場所へと。
「──ああ? お前が要塞内をチョコマカ動いていたやつだったか」
何度聞いたか分からない、同じ言葉を聞き流す。
どうせ、今回も同じだから。
剣を構えて、戦う準備をする。──剣が、手から落ちてしまった。
ああ、立ち向かい直そうと思ったのに。力が入ってない。拾わなきゃ。拾わなきゃ。
「……何だこいつ。何しに来た? ……まあいい、さっさと死ね」
ああ、今回もダメだったか。
こうして“ワタシ”は、諦め/安心の中、また燃やされて────
「──そう何度も、燃やされてたまるかよ」
──誰かに、庇われた。
「え──?」
「何ぃっ?!」
……それは、誰かの背中だった。
それは、見知った背中だった。
そんな筈は無い。そんな事はあり得ない。
“彼”が、ここにいる筈がない。
“彼”が手をかざした物から、魔法の盾のようなものを展開して、それが炎を防いでくれていた。
見覚えがある。確か、“彼”が少女から貰っていた物だ。
そんな“彼”が、こちらを振り返って声を掛けてくる。
「──よう。今回“も”大丈夫だったか、ユウカ?」
“彼”──カイトが、そう声を掛けてきた。