「よう! ユウカ、ちょっと失礼!」
そうして走って来たカイトは、“ワタシ”の近くにやって来て、キョロキョロと辺りを見渡す。
あった! と叫ぶと、例の赤い金属製の筒を持ち運ぼうとしていた。
「正直、どこまで効くか分からないけど、無いよりマシだろ!!」
「か、カイト……!」
「ん、どうしたユウカ? 何か気づいたことでもあるのか!?」
当たり前のように、再度あそこの戦いに向かおうとしているカイトを見て、“ワタシ”は思わず声を掛けていた。
「何で……何で、本当にここまでして、助けてくれるんだい……? あの人達も、ソラ様まで連れて来て……何で……?」
“ワタシ”は、震えた声でどうしても聞きたかったことを聞いてしまった。
今はもうそんな状況じゃないと言う事は分かっているのに……どうしても、気になってしまったのだ。
「言った筈だ。俺が、気に入らないからって」
「本当に、それだけで……それだけで、こんな、危険地帯にやって来たって言うのかい!? だって君は、そのせいで何十回も死んだんだろう!? 諦めてもいい筈だ! 見捨ててもいい筈だ!! だって君は、向こうの世界の無辜の民だ!! 誰も文句なんて言わない!! “ワタシ”だって、そうだよ!!」
……“ワタシ”の叫ぶような声に、カイトは黙って聞いてくれている。
だって君は、十二分に“ワタシ”の事を助けてくれた。
あの家で、十二分に癒しと、施しと、精神的支えをしてくれた。
この恩を到底返し切れていないほど、彼は必要以上に優しくしてくれた。
「これは勇者の使命なんだ! この世界の問題なんだ!! 君が、君自身が、君たちが!! この世界にやって来る必要は無かった!! なのに、何で……何、で……」
最後の言葉は、だんだんと声に出せず、言い切れないほどだった。
涙ぐみながら訴える“ワタシ”の声を聞いて、カイトはポンっと優しく肩を叩き……
「……ユウカ」
「う、うん……」
「──俺、最近のお前。スッゲー嫌い」
「──へ?」
──そんな、衝撃的な事を言い出した。
え、きら……え? きら、い……嫌い? 嫌い!?
「え、あ……え……!? な、何で……」
い、いや。冷静に考えると、仕方のない事なのかな……?
だって、“ワタシ”達は、結局のところカイトの家に凄く迷惑を掛けている存在。
女神様の導きがなかったら、元々世界レベルで関わる事のない存在だった。
それを、その平穏を見出した存在という意味では、彼にとって嫌われるのは十分だろう。
で、でも……分かりきった事と言えばそうだけど。
改めて面と向かって言われると、凄く──凄く、ショックを受けた……
あ、あれ? “ワタシ”、彼に嫌われてたの、思った以上にショック……?
「いや、ちょっと違うな。“お前だけじゃ無い”。ソラも、メタルマンも、マホも。みんな、今の状態は嫌いだ」
あ、一人だけじゃ無いんだ。良かった……
そんな事を、思わず思ってしまった。
で、でも、それなら……
「や、やっぱり、カイトの家に迷惑掛けているから……? ほ、本当に、ご、ゴメ……」
「そうだよ、大迷惑だよ!!」
「ッ?!」
そう言って、カイトは両手で“ワタシ”の顔を包み、無理やり顔を上げさせて来た。
正面には、カイトの顔が。
「──そんな、“俯いたような顔”で来られるのがなあッ!!」
……その言葉は、本気で、本気で心からの叫びのように聞こえた。
カイトは、そのまま言葉を続けて来る。
「本っ気でふざけんじゃねーぞ!! 人の一人暮らしに対して、お前含め、どいつもこいつも、人の家にズカズカ入り込んで好き勝手やっていく!!」
「そ、それは本当にごめ……」
「その上ぇッ!!」
……謝ろうとしたら、それを遮るような大声で続けられる。
「──そんな奴らに限って、どいつもこいつも、“俯いたような表情ばかりしてやがる!!”」
「──!」
俯いた表情。
それを言ったカイトの顔には、隠そうとするつもりの無い怒りの表情が浮き上がっていた。
「お前も、メタルマンも、マホも……“ソラですら”も!! テメエら実は“落ち込んでいます、悲しんでいます”オーラがスッゲーんだよ普段から!! ふっざけんじゃねーぞ!! 何でわざわざ我が家にやって来てまで、そんな表情見せに来てんだよ!? 見せられるこっちの方が気分悪くなるっつーの!! 」
「……え、えと。その……」
……カイトは、もう……それはもう、凄く、怒っていた。
その言葉に対して、心当たりのある“ワタシ”は、思わず目を逸らしてしまいそうになっていた。
「──だから、俺、もう決めた」
……先ほどまでのテンションを抑え、ゆっくり静かに話し出した。
ゆらり、とその顔を上げて……
「もう、テメエらのそんな顔には飽き飽きだ……つーわけで、もう決めた事がある」
「な、何を……?」
──そう言って、カイトは“ワタシ”におでこ同士をガッとぶつけて、至近距離で……!!
「──テメエらの俯いているその原因!! それをひとっつ残らず解消してやる!! お前らの世界の問題、それらに俺自身から全部突っ込んで行ってやる!! そんで持って、全てハッピーエンドで終わらせてやるよ!! 俺の家に来る際、せめてその俯いた表情なんて2度と出来なくさせてやるためになあぁぁぁ!!」
────。
おでこ越しに。耳越しに。その言葉は、脳に、響いた。
カイトは、本気だ。
本気で、その言葉を実行しようとしている。
まるで今までの不満を、それで爆発して解消してやるとでも言うように。
「その為だったら、何だってやってやるよ!! 自腹でも何でも払ってやる!! 頭だって下げてやる!! 土下座だってやってやる!! 俺一人じゃそんな絵空事、無理だって分かり切ってるからな!! テメエら、俺の家で今まで散々好き勝手やってんだ! 俺の金で遊びまくってんだ!! だったら少しくらい、全員協力しやがれ!! せめて俺の望んだ未来くらい、たどり着かせるの手伝えや!! ただ飯ぐらいなんてもう許さねえぞバッキャロおおおおおぉぉぉッ!!!!」
──それが。彼の。心からの叫びだった。
今まで我慢し続けた、彼なりのワガママ。
……どこまでも優しすぎる、お人好しの、ワガママだった……