──聞こえて来たその大声が、フルフェイスヘルメット越しに、やけに耳に残っていた。
この炎の轟音が響く中、聞こえづらい筈なのに。
彼の声は、よく響き渡っていた。
「……全く。何がハッピーエンドだ。馬鹿馬鹿しい」
そんな気軽に言ってくれるな。だからやはり、あいつは戦いを知らないんだ。
それがどれだけ難しいことか分かっていない。
ならば、私の世界のインベーダーを全て消し去ることが出来るのか?
全てを犠牲ゼロで救う事が出来るのか?
それを彼の目の前で言い放ってやりたい。
全く、耳障りのいい言葉を言いおって……
…………だが。まあ。
『──頼む、メタルマン! ユウカを救いたいんだ!! 力を貸してくれ!!』
思い出すのは、彼の家でカイトが土下座して来た姿。
余裕ゼロで、本気で真剣に頼みに来ているのが伝わった。
あの女を、救いたいと言うその願い。彼にとって、大してメリットは無い筈なのに。
そのために、ちょうど私の悩みだった新武装の開発に手伝いまでする始末。
おかげで私の手が無理矢理開けられてしまっていた。
──だからまあ、これは気分が向いただけ。
決して、彼に感化されたわけでは無い。
あの信念を、肯定した訳じゃ、無い。
それに、何だ。まあ、普段から迷惑かけてる自覚はあったからな。
まあ、その分の借りを返すためと考えれば気安い事だ。
「……さて。炎の四天王だったか?」
私の世界でも滅多に見られないであろう、全身炎の化け物。
インベーダーの中に、全身火炎放射のやつがいればあるいは……というレベルだが、それはまあ今回は関係無い。
新武装の兵器のデータ取り相手として、十分だろう。
「──貴様はただの実験相手だ。思う存分、試し打ちさせて貰おうか」
決して、彼を助けるのが主目的では無い。
私はそう、自分に言い聞かせながら準備を続けていた──
☆★☆
──聞こえて来たその大声が、魔法の盾を構えながら、やけに耳に響いていた。
目の前でまさに炎の轟音が響く中、聞こえづらい筈なのに。
お兄さんの声は、よく響き渡っていた。
「……えへへ。お兄さんもやっぱり、ハッピーエンドが好きなんだ」
ハッピーエンド。幸せの終わり。
訪れたらとても嬉しい、その未来。
……けれど、私の世界じゃとても難しく、遥かに遠い夢物語。
悪の組織との戦いが、終わらない。
永遠と戦い続ける、魔法少女達。
その世界を、お兄さんは知らないで言ってるんだろう。
でも、その夢物語は心地良い言葉だ。
それに……
『──頼む、マホ! ユウカを救いたいんだ!! 力を貸してくれ!!』
思い出すのは、彼の家でお兄さんが土下座して来た姿。
心の底から、必死で助けたいって思いが伝わって来た。
彼女も異世界人で、お兄さんの世界にとって関係ない筈なのに。
そのために、ちょうど私の悩みだった敵の組織の撃退に協力してくれた。
お兄さんの世界のスタングレネード、クマ撃退スプレー、その他もろもろの道具を譲ってくれたのだ。
そのおかげで、何とかその時の悪の組織は撃退して、一息つけるようになったんだ。
──だからこれは、私のお礼。
あの人に、お願いされたから。
あの優しい夢物語を、少しでも叶えてみたくなったから。
普段から、あちこち遊びに行かせて貰ってるんだもん。
これくらいのお手伝い、いつでもやってあげます!
「……もう、その炎は通しません」
私の世界だとたまにいる、幹部の操って来るモンスターでいるような全身炎の化け物。
もちろん、並の雑魚的より遥かに強大だけど……私の魔法の盾は、この程度じゃ通さない。
私の前で、友達を傷つける事は許さない。
「──守り切って見せます。みんなも、お兄さんの願いも……!!」
この心地いい気分に身を任せて。
私はそう、気分が乗った状態で魔法を展開し続けていた──
☆★☆
──聞こえて来たその大声が、やけに耳に響いて来る。
見ると、後ろの方でカイトが叫んでいた声だった。
その内容が、とても胸が暖かくなって……耳が痛い話だった。
「あー……やっぱり不満は溜まってたか……そりゃそうよねー……」
私は冷や汗を垂らしながら、そう思わず溢す。
そりゃそうだ。大学生の一人生活を台無しにしたんだもの。
その癖お金を使いまくり。もし訴えられたら負けね、と自嘲していた。
女神が人の法で裁けるかは別問題として。
「……に、しても……」
相変わらず、お人好しに染まった言い分だった。
どこまでも優しさの塊で、どこまでも他人のための叫びだった。
ねえ、気づいてる?
例え、あなたのいう通りにハッピーエンドになったとしても、元の生活には戻り切れない可能性が高いよ?
そりゃあ、彼自身が本気で拒絶すれば、取り戻せるかもしれない。
けれど、あのお人好しの彼のことだ。何やかんやで、誰一人見捨てずこのまま突き進むのだろう。
「……ひょっとして、これが狙いだった? 本体……」
私は胸に手を当てながら、そう呟く。
私が見聞きした内容は、本体にも伝わっている。
……本来一方方向のそれが、繋がりの先から、胸がポカポカする感覚が伝わって来ていた。
彼の、カイトの叫ぶような誓いの言葉を聞いてからだ。
「……だとしたら、やっぱり邪神ね。我ながら。彼のお人好しを利用するなんて……」
おそらく、ここまでが本体の狙い通りだったんだろう。
極端にユウカちゃんを追い詰めていた事が、妙にずっと気になっていた。
今になって思うと、あれはおそらく、カイトを無理矢理動かさせるため。
カイト自身に、彼女を救って貰おうと行動してもらうため。
全く、いい性格をしている。
クソ女神と言われても仕方ないと、分神である私自身が思っても仕方ない程の事だった。
「……でも。それを除いても……」
ねえ、カイト。前から気になっていた事があるの。
何であなたはそこまで助けてくれてるの? 何で突然押しかけた相手にまで、親切にしてくれてるの?
私知ってるよ、人間はそこまで自分にメリットのない行為に親切になれないって。
なのにあなたは必要以上に優しくしてる。必要以上に施している。
知ってるよ、ただより高いものは無いって。
──あなたは、“私たちに何を求めているの?”
さっきの誓い。あれが叶えられたとしても、マイナスからゼロに戻るだけ。
いや、むしろ元の生活に戻れないなら、まだマイナスよりかも?
本当はあなた、何を求めているの? それとも、本体ならその理由を知ってるの?
……出来る事なら、いつか、聞かせて欲しいな。
それを知れば、私はもっと、人間らしくなれると思うから。