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第45話 染み入る心

 ──聞こえて来たその大声が、フルフェイスヘルメット越しに、やけに耳に残っていた。


 この炎の轟音が響く中、聞こえづらい筈なのに。

 彼の声は、よく響き渡っていた。


「……全く。何がハッピーエンドだ。馬鹿馬鹿しい」


 そんな気軽に言ってくれるな。だからやはり、あいつは戦いを知らないんだ。

 それがどれだけ難しいことか分かっていない。


 ならば、私の世界のインベーダーを全て消し去ることが出来るのか?

 全てを犠牲ゼロで救う事が出来るのか?

 それを彼の目の前で言い放ってやりたい。


 全く、耳障りのいい言葉を言いおって……


 …………だが。まあ。


『──頼む、メタルマン! ユウカを救いたいんだ!! 力を貸してくれ!!』


 思い出すのは、彼の家でカイトが土下座して来た姿。

 余裕ゼロで、本気で真剣に頼みに来ているのが伝わった。

 あの女を、救いたいと言うその願い。彼にとって、大してメリットは無い筈なのに。


 そのために、ちょうど私の悩みだった新武装の開発に手伝いまでする始末。

 おかげで私の手が無理矢理開けられてしまっていた。


 ──だからまあ、これは気分が向いただけ。


 決して、彼に感化されたわけでは無い。

 あの信念を、肯定した訳じゃ、無い。

 それに、何だ。まあ、普段から迷惑かけてる自覚はあったからな。

 まあ、その分の借りを返すためと考えれば気安い事だ。


「……さて。炎の四天王だったか?」


 私の世界でも滅多に見られないであろう、全身炎の化け物。

 インベーダーの中に、全身火炎放射のやつがいればあるいは……というレベルだが、それはまあ今回は関係無い。

 新武装の兵器のデータ取り相手として、十分だろう。


「──貴様はただの実験相手だ。思う存分、試し打ちさせて貰おうか」


 決して、彼を助けるのが主目的では無い。

 私はそう、自分に言い聞かせながら準備を続けていた──


 ☆★☆


 ──聞こえて来たその大声が、魔法の盾を構えながら、やけに耳に響いていた。


 目の前でまさに炎の轟音が響く中、聞こえづらい筈なのに。

 お兄さんの声は、よく響き渡っていた。


「……えへへ。お兄さんもやっぱり、ハッピーエンドが好きなんだ」


 ハッピーエンド。幸せの終わり。

 訪れたらとても嬉しい、その未来。


 ……けれど、私の世界じゃとても難しく、遥かに遠い夢物語。


 悪の組織との戦いが、終わらない。

 永遠と戦い続ける、魔法少女達。

 その世界を、お兄さんは知らないで言ってるんだろう。


 でも、その夢物語は心地良い言葉だ。


 それに……


『──頼む、マホ! ユウカを救いたいんだ!! 力を貸してくれ!!』


 思い出すのは、彼の家でお兄さんが土下座して来た姿。

 心の底から、必死で助けたいって思いが伝わって来た。

 彼女も異世界人で、お兄さんの世界にとって関係ない筈なのに。


 そのために、ちょうど私の悩みだった敵の組織の撃退に協力してくれた。

 お兄さんの世界のスタングレネード、クマ撃退スプレー、その他もろもろの道具を譲ってくれたのだ。

 そのおかげで、何とかその時の悪の組織は撃退して、一息つけるようになったんだ。


 ──だからこれは、私のお礼。


 あの人に、お願いされたから。

 あの優しい夢物語を、少しでも叶えてみたくなったから。

 普段から、あちこち遊びに行かせて貰ってるんだもん。

 これくらいのお手伝い、いつでもやってあげます!


「……もう、その炎は通しません」


 私の世界だとたまにいる、幹部の操って来るモンスターでいるような全身炎の化け物。

 もちろん、並の雑魚的より遥かに強大だけど……私の魔法の盾は、この程度じゃ通さない。

 私の前で、友達を傷つける事は許さない。


「──守り切って見せます。みんなも、お兄さんの願いも……!!」


 この心地いい気分に身を任せて。

 私はそう、気分が乗った状態で魔法を展開し続けていた──


 ☆★☆


 ──聞こえて来たその大声が、やけに耳に響いて来る。


 見ると、後ろの方でカイトが叫んでいた声だった。

 その内容が、とても胸が暖かくなって……耳が痛い話だった。


「あー……やっぱり不満は溜まってたか……そりゃそうよねー……」


 私は冷や汗を垂らしながら、そう思わず溢す。

 そりゃそうだ。大学生の一人生活を台無しにしたんだもの。

 その癖お金を使いまくり。もし訴えられたら負けね、と自嘲していた。

 女神が人の法で裁けるかは別問題として。


「……に、しても……」


 相変わらず、お人好しに染まった言い分だった。

 どこまでも優しさの塊で、どこまでも他人のための叫びだった。


 ねえ、気づいてる?

 例え、あなたのいう通りにハッピーエンドになったとしても、元の生活には戻り切れない可能性が高いよ?

 そりゃあ、彼自身が本気で拒絶すれば、取り戻せるかもしれない。

 けれど、あのお人好しの彼のことだ。何やかんやで、誰一人見捨てずこのまま突き進むのだろう。


「……ひょっとして、これが狙いだった? 本体……」


 私は胸に手を当てながら、そう呟く。

 私が見聞きした内容は、本体にも伝わっている。

 ……本来一方方向のそれが、繋がりの先から、胸がポカポカする感覚が伝わって来ていた。

 彼の、カイトの叫ぶような誓いの言葉を聞いてからだ。


「……だとしたら、やっぱり邪神ね。我ながら。彼のお人好しを利用するなんて……」


 おそらく、ここまでが本体の狙い通りだったんだろう。

 極端にユウカちゃんを追い詰めていた事が、妙にずっと気になっていた。

 今になって思うと、あれはおそらく、カイトを無理矢理動かさせるため。

 カイト自身に、彼女を救って貰おうと行動してもらうため。


 全く、いい性格をしている。

 クソ女神と言われても仕方ないと、分神である私自身が思っても仕方ない程の事だった。


「……でも。それを除いても……」


 ねえ、カイト。前から気になっていた事があるの。

 何であなたはそこまで助けてくれてるの? 何で突然押しかけた相手にまで、親切にしてくれてるの?


 私知ってるよ、人間はそこまで自分にメリットのない行為に親切になれないって。

 なのにあなたは必要以上に優しくしてる。必要以上に施している。

 知ってるよ、ただより高いものは無いって。


 ──あなたは、“私たちに何を求めているの?”


 さっきの誓い。あれが叶えられたとしても、マイナスからゼロに戻るだけ。

 いや、むしろ元の生活に戻れないなら、まだマイナスよりかも?

 本当はあなた、何を求めているの? それとも、本体ならその理由を知ってるの?


 ……出来る事なら、いつか、聞かせて欲しいな。


 それを知れば、私はもっと、人間らしくなれると思うから。




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