──みんな。ありがとう。
わざわざボクの世界までやって来て、助けてくれて。
「──土の精霊よ。我が問い掛けに答えよ。我が身、人の敵に相対する。貴殿よ、その硬さを示したまえ」
──カイト。ありがとう。
そんなみんなを、連れて来てくれて。
君たちがいなかったら、私は絶望のままだった。
永遠と殺され続け、体はともかく心は朽ち果てる所だっただろう。
「──闇の精霊よ。我が問い掛けに答えよ。我が身、人の敵に相対する。貴殿よ、その深淵を示したまえ」
──そして、ソラリス様。
改めて。ボクにセーブポイントを使わせてくれて、ありがとうございます。
おかげでここまで来れました。カイトに出会えました。みんなが助けてくれました。
一人っきりだった勇者に、横に並んでくれるものを教えてくれてありがとうございます。
「──聖剣よ。我が問い掛けに答えよ。我が身、人の敵に相対する。貴殿よ、その力を示したまえ──!」
聖剣が、光を放ち始める。
自分でも見たことが無いほどの、過去最高の輝きを持って。
「──光、火、水、風、土、闇。……六大精霊よ。そして、精霊を身に宿す聖剣よ!」
炎の四天王達が、こちらに注目する。
みんなの相手をしていた筈なのに、全員が突撃、または攻撃を放ち始める。
プライドを捨てて、妨害を選んだらしい。
まだ、詠唱は終わっていない。
これを止められたら、今度こそ逆転の目は無くなる。
──みんなが、ボクの目の前に戻って来た。
「──我が名は、ユウカ・ラ・スティアーラ!!」
四天王の、炎の壁が何重にもやって来た。
マホが盾の魔法を貼って、防いだ。
防ぎきれなかった残った衝撃で、彼女が背後に吹っ飛んだ。
「──誓う! 我は人類の敵、並びに、貴殿らを脅かす敵! それらを打ち滅ぼし、世界に平和をもたらす事を!」
四天王達が、突撃して来た。
メタルマンのレーザーで、一掃した。
彼の両腕の装備が煙を上げ、爆発した。
「──その契約に従い、我が身はその先頭に立とう! 引き換えに、貴殿らの気高き力を貸したまえ──!!」
四天王の、炎の玉が飛んでくる。
──ソラ様が、その身で庇って防いでくれた。
カイトが、彼女に駆け寄って叫んでいる。
「──ここに、全てを討ち滅ぼさん!!」
ソラ様が、回復魔法を──“カイトに、唱えた”。
炎の壁が、炎の弾が、炎の身体が、迫ってくる。
カイトは、叫びながら振り返り……メダルを、掲げた。
──“マジックシールド・メダル!!”
回復したおかげで。盾の魔法を、再起動していた。
間に合った。
カイトはソラ様を抱えて、ボクの背後に退避する。
眼前には、大量に増えた炎の四天王達。
「──完全詠唱!! “ギガ・シャイニング・レイィ──ッ!!!!!”」
ボクは、溢れる輝きの聖剣を、振り下ろす。
直後、最高の眩い輝きと、激しい破壊の衝撃が、目前の全てを包んで行った──
☆★☆
「──やった、のか……?」
……メタルマンが、目の前の光景を見ながら、そう呟く。
ボク達の目の前には、何もなかった。
壁も、床も、天井も。……この部屋の一室が、ボクから先が、丸々無くなっていた。
全て、完全詠唱の聖剣で、消し飛ばしたのだ。
部屋も、炎の四天王も……そのコアの、宝石ごと。
これなら、相性が悪かったとしても、宝石も無事じゃすまないだろう。
──今度こそ、勝つことが出来たのだ。
「す……凄い威力ですね〜……私たちと戦った時より、遥かに強い威力と範囲です……」
「貴様、こんな力を隠し持っていたのか!? 私達との戦いで一切見せずに!」
驚きの声と、追求の声が同時に湧き上がる。
ボクはそれに対して、首を横に振って否定した。
「完全詠唱、“ギガ・シャイニング・レイ”……これを実戦で使ったのは、初めてだよ。あんな長い詠唱、君たちと戦ってる時に悠長に唱えている隙なんて無いし。──そもそも、放てたとしても人に向けられないよ、こんなの」
そう、先ほども思ったが、この技は実戦には向かない。
一人で戦う際は、真っ先に使用を諦める技だった。
「……君たちが、居てくれたから。守ってくれたから、放つことが出来たんだ。だから……ありがとう」
「えへへ……」
「ふん……」
そう言うと、二人は照れ臭そうな表情に変わっていた。
そうだ、カイト達にもお礼を言わないと……
「──おい。おい、ソラ! しっかりしろ!!」
「っ!!」
カイトの、焦るような声が聞こえて来た。
振り返ると、カイトはソラ様を抱えて彼女に呼びかけていた。
ソラ様は、ぐったりしていた。
そうだ、詠唱に集中してたからよく見えていなかったけど、確かソラ様がボクを庇って──!?
「っ、ぁ──……あっつい、わね……いや、寧ろ痛い、のかしら……? もうどっちか感覚、分かんない……」
「なんで、最後の回復を俺に掛けた!? お前自身が使っていいはずのダメージだったろ!?」
「何、言ってるのよ……あそこで防御魔法使えるの近くにカイトだけだったんだから、そっちを優先すべきでしょ? あんたもそれくらい、分かってたでしょ……」
「……ッチ!! ああそうだよ、ナイスの判断過ぎたよ畜生!!」
そう、あの時はそれが最善の判断だった。ボクもそう思ってしまう。
けれど、その判断を女神様が……ソラ様自身が、選んだのだ。自分の身を、文字通り犠牲にして。
そう言うと、カイトはソラ様を抱えて立ち上がって、ボク達に振り向いた。
「……悪いが、勝利を喜ぶのは後だ。一旦俺の家に帰るぞ。そうしたら、確かコイツの“クイック・ロード”の残弾数が回復する筈だ」
「そうですねー。もう防御バフもとっくに切れてますし、魔力も無いので私も疲れましたー」
「もうここに用は無い。さっさと帰るのには賛成だ」
ボク達も、カイトの言葉の異論はなかった。
幸い、カイトの家の“ワープマーカー”の設置場所は、吹き飛ばした方と完全に反対側だ。
おそらく、王国の軍隊が何があった!? と慌てているだろうけど……今はそっちの説明より、ソラ様が大事だ。
「ボクも大丈夫。それじゃあ、急いでカイトの家に──」
そうして、ボクら全員、この部屋の入り口だった場所に向かおうと振り返ると──
「────貴様らアアアアァアアアアアアアッ!!!??」
『ッ?!!』
──炎の四天王が、背後の瓦礫の下から、飛び出して来た。
嘘でしょ、生き残り!? 全部倒したと思ったのに!
宝石の破片だけになっていて、隠れていた個体がいたのか!?
「しま──ッ」
完全に、油断した。
もう全員、戦える力は残っていない。
マホが盾の魔法を、メタルマンが両腕をとっさに向けようとしたけど、二人とも魔力も武装も切れている。
ボクも、あれだけの威力を放った反動で、腕が痺れていてとっさに振れない!!
そうして、ボクに対して炎の四天王の、火の腕がその高熱を持ってボクを貫こうとして──
ドンッ、とボクは誰かに押された。
「っ?! カイ──」
……彼の名前を言い切る前に。
肉が、焼ける音がする。
ドロっとした赤黒い液体が、地面に垂れる前に蒸発する。
「────ト、──?」
「ご、ぷ──ッ」
炎だけで構成された腕が、“人肉”を貫通している。
彼の口から吐き出した筈の血が、すぐに乾いて顎に張り付いている。
──カイトが、そのお腹を貫かれていた。
「カイ、と……カイトぉぉぉおおおぉぉおッ!!!??」
「お兄さん!?」
「カイト!? チイッ!!」
ボク達の悲痛の声が辺りに響く。
カイトが、モロに四天王の攻撃を喰らってしまった。
お腹を背中まで貫通するほどのダメージだ。
「ぐえッ、グゥう……?!」
ソラ様は、カイトがとっさに放り投げたせいで、地面に転がっていた。
痛みが強いのか、起き上がれていない。
ソラ様も、回復魔法を使い切ってしまっている!!
「きっさまああ!!? 邪魔を、よくも俺様の邪魔をおおおおお!!! 殺す、全員殺してやるううぅううぅう!!!
それは、渾身の叫びだった。渾身の恨みだった。
今までで一番の、憎しみを込めた最上の憤怒の声。
もはや、炎の四天王に上位存在としての余裕は無く、ただただ全てを燃やし尽くす意思だけが感じられた。
絶望だ。ここまで来たのに、カイトがやられた。
もうこの場に回復手段は無い。
このままでは、彼が死ぬ────
ボクは、“セーブポイントがあるから、彼がやり直すだけ”と言う事も思い至らず、頭を真っ白にしていた。
それほど、衝撃的だったのだ。
急いで聖剣を構えなおし、炎の四天王にトドメを──
「──悪、い、な……」
──それは、喋れるはずの無い彼の。小さな声だった。
お腹に文字通り穴が開き、常時焼き付けられているような状況で、悲鳴すら出せる程がない程の致命傷だった。
……それなのに、カイトは言葉を紡ぎ始めた。謝罪の言葉を。
その事に、ボクは大いに動揺した。彼が罪悪感を感じてるという事に。
その対象が、恐らくボク達に向けられたモノだというものに。
悪いって、何が……君がここまでやってくれて、何が悪かったって言うんだ!!
ボク達に向けられただろう言葉に、ボクは内心否定して──
「……いふ、リート、だったっけ……? 悪かった、な……」
────は?
……けれど。少しだけ、違った。
謝ったのは……ボク達じゃ、無い?
炎の四天王に、謝った?
よく見たら、カイトが見つめているのは炎の四天王だった。
それは、今まさに殺されようとしている事を恨むでも無く、憎むでも無く。
ただ、ただ。憐れみのような目線を、炎の四天王に向けていたのだ。
「は……はあ? 何を、言ってやがる……?」
その事に、炎の四天王自身も大きく戸惑っていた。
向けられた目線があまりにも予想外過ぎて、先ほどまでの渾身の怒りが一瞬途切れるほどだ。
カイトを貫きながらも、アイツは内心混乱の最中にあった。
そんな彼に対して、カイトは言葉を続ける。
「お前にも、負けられない理由があったんだろう……何度も繰り返す俺達に対して、お前にとっては不条理だったろう……」
「何を……何を、言ってやがる!??」
それを聞いて、ボク達はようやく理解し、驚いた。
それは、炎の四天王に対しての同情だった。
カイトは、彼は炎の四天王に何度も、何十回も殺されながらも、炎の四天王に対しても同情心を感じていたのだ。
「けど、悪いな────」
「──俺は、知り合い、優先なんだ」
そう言って、カイトは苦しそうながらも……ニッと笑った。
それは、彼がボクを助けた理由。
自身が気に入らないから。身の回りのボク達を笑顔にさせたいから助けに来てくれた彼。
──その為に、ボク達以外の邪魔をした事を、謝ったのだ。
何度も殺された、相手に対しても。
「じゃあ、な。炎の、四天王──」
そう言って、カイトはポケットから何かを取り出して……地面に落とした。
あたりに、白い粉状の何かが飛び散らかす!
あれは、詠唱途中で一瞬だけ見えた、炎を消す玉!?
「ぐ、ぎゃあああァアアアアアアアッ??!!!」
先ほどまでの怒りの声に負けないくらい、炎の四天王の苦しそうな悲鳴が響き渡る。
そうして、炎の四天王の炎が消えて、カイトのお腹からも腕が消えた。
残ったのは、小さな、本当に小さくなった宝石の欠片。
「じゃあ、な……!!」
ボクが手を出す前に。カイトは、ボクが譲ったナイフで、宝石を斬り落とした。
宝石は、さらに小さくなって、地面に落下し。
禍々しい魔力を出そうとして震えて──力無く、宝石が消滅した。
……分裂の限界、だったんだろう。
「──あー……い、ってえ……」
「っ!? カイト!!」
炎の四天王が消えて、カイトは力無く膝を地面に付いた。
それを、ボクは急いで駆け寄って、彼が倒れないように支えた。
血は──流れていない。ある意味当然だ、傷跡を直接焼きごてしてたようなものなのだから!!
大穴の傷跡は焼きついて、それで血が流れるのを抑えてはいる。応急処置の必要は逆に無かった。
けれど、どのみち酷い致命傷なのは変わらない!!
「カイト、死んじゃだめだ! カイト!!」
「わーってるよ……今俺が死んだら、最初からやり直しだもんな……ここまで来て、ぜってー死んでたまるか……」
そうして、ボクはカイトをお姫様抱っこで抱え込んだ。
勇者として鍛えて来た経験があるからか、彼くらいの体重なら楽勝だった。
ソラさまは、メタルマンが米俵のように担いでいた。
いや、持ち方……いや、今はそんな事どうでもいい!
「急いで戻ろう!! 早くソラさまの回復魔法の補充を!!」
「うん!!」
「おい、本当にもうあの炎の化け物はいないんだろうな!! まだ隠れていないよな!?」
「分からない!! 仮に隠れていたとしても、今はもう無視だ!!」
そうして、ボク達は急いで“マーカー”に向かって駆けて行った。
カイトの命を、救う為に。
ここまで助けてくれた彼を、みすみす死なせてなるものか!
ボクは、その一心で走って行った……