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第55話 ユウカ、解き放つ


 ──みんな。ありがとう。


 わざわざボクの世界までやって来て、助けてくれて。


「──土の精霊よ。我が問い掛けに答えよ。我が身、人の敵に相対する。貴殿よ、その硬さを示したまえ」


 ──カイト。ありがとう。


 そんなみんなを、連れて来てくれて。

 君たちがいなかったら、私は絶望のままだった。

 永遠と殺され続け、体はともかく心は朽ち果てる所だっただろう。


「──闇の精霊よ。我が問い掛けに答えよ。我が身、人の敵に相対する。貴殿よ、その深淵を示したまえ」


 ──そして、ソラリス様。

 改めて。ボクにセーブポイントを使わせてくれて、ありがとうございます。

 おかげでここまで来れました。カイトに出会えました。みんなが助けてくれました。


 一人っきりだった勇者に、横に並んでくれるものを教えてくれてありがとうございます。


「──聖剣よ。我が問い掛けに答えよ。我が身、人の敵に相対する。貴殿よ、その力を示したまえ──!」


 聖剣が、光を放ち始める。

 自分でも見たことが無いほどの、過去最高の輝きを持って。


「──光、火、水、風、土、闇。……六大精霊よ。そして、精霊を身に宿す聖剣よ!」


 炎の四天王達が、こちらに注目する。

 みんなの相手をしていた筈なのに、全員が突撃、または攻撃を放ち始める。

 プライドを捨てて、妨害を選んだらしい。


 まだ、詠唱は終わっていない。

 これを止められたら、今度こそ逆転の目は無くなる。


 ──みんなが、ボクの目の前に戻って来た。


「──我が名は、ユウカ・ラ・スティアーラ!!」


 四天王の、炎の壁が何重にもやって来た。

 マホが盾の魔法を貼って、防いだ。

 防ぎきれなかった残った衝撃で、彼女が背後に吹っ飛んだ。


「──誓う! 我は人類の敵、並びに、貴殿らを脅かす敵! それらを打ち滅ぼし、世界に平和をもたらす事を!」


 四天王達が、突撃して来た。

 メタルマンのレーザーで、一掃した。

 彼の両腕の装備が煙を上げ、爆発した。


「──その契約に従い、我が身はその先頭に立とう! 引き換えに、貴殿らの気高き力を貸したまえ──!!」


 四天王の、炎の玉が飛んでくる。


 ──ソラ様が、その身で庇って防いでくれた。


 カイトが、彼女に駆け寄って叫んでいる。


「──ここに、全てを討ち滅ぼさん!!」


 ソラ様が、回復魔法を──“カイトに、唱えた”。

 炎の壁が、炎の弾が、炎の身体が、迫ってくる。

 カイトは、叫びながら振り返り……メダルを、掲げた。


 ──“マジックシールド・メダル!!”


 回復したおかげで。盾の魔法を、再起動していた。


 間に合った。


 カイトはソラ様を抱えて、ボクの背後に退避する。

 眼前には、大量に増えた炎の四天王達。



「──完全詠唱!! “ギガ・シャイニング・レイィ──ッ!!!!!”」



 ボクは、溢れる輝きの聖剣を、振り下ろす。


 直後、最高の眩い輝きと、激しい破壊の衝撃が、目前の全てを包んで行った──


 ☆★☆


「──やった、のか……?」


 ……メタルマンが、目の前の光景を見ながら、そう呟く。


 ボク達の目の前には、何もなかった。

 壁も、床も、天井も。……この部屋の一室が、ボクから先が、丸々無くなっていた。

 全て、完全詠唱の聖剣で、消し飛ばしたのだ。


 部屋も、炎の四天王も……そのコアの、宝石ごと。

 これなら、相性が悪かったとしても、宝石も無事じゃすまないだろう。


 ──今度こそ、勝つことが出来たのだ。


「す……凄い威力ですね〜……私たちと戦った時より、遥かに強い威力と範囲です……」

「貴様、こんな力を隠し持っていたのか!? 私達との戦いで一切見せずに!」


 驚きの声と、追求の声が同時に湧き上がる。

 ボクはそれに対して、首を横に振って否定した。


「完全詠唱、“ギガ・シャイニング・レイ”……これを実戦で使ったのは、初めてだよ。あんな長い詠唱、君たちと戦ってる時に悠長に唱えている隙なんて無いし。──そもそも、放てたとしても人に向けられないよ、こんなの」


 そう、先ほども思ったが、この技は実戦には向かない。

 一人で戦う際は、真っ先に使用を諦める技だった。


「……君たちが、居てくれたから。守ってくれたから、放つことが出来たんだ。だから……ありがとう」

「えへへ……」

「ふん……」


 そう言うと、二人は照れ臭そうな表情に変わっていた。

 そうだ、カイト達にもお礼を言わないと……


「──おい。おい、ソラ! しっかりしろ!!」

「っ!!」


 カイトの、焦るような声が聞こえて来た。

 振り返ると、カイトはソラ様を抱えて彼女に呼びかけていた。

 ソラ様は、ぐったりしていた。


 そうだ、詠唱に集中してたからよく見えていなかったけど、確かソラ様がボクを庇って──!?


「っ、ぁ──……あっつい、わね……いや、寧ろ痛い、のかしら……? もうどっちか感覚、分かんない……」

「なんで、最後の回復を俺に掛けた!? お前自身が使っていいはずのダメージだったろ!?」

「何、言ってるのよ……あそこで防御魔法使えるの近くにカイトだけだったんだから、そっちを優先すべきでしょ? あんたもそれくらい、分かってたでしょ……」

「……ッチ!! ああそうだよ、ナイスの判断過ぎたよ畜生!!」


 そう、あの時はそれが最善の判断だった。ボクもそう思ってしまう。

 けれど、その判断を女神様が……ソラ様自身が、選んだのだ。自分の身を、文字通り犠牲にして。

 そう言うと、カイトはソラ様を抱えて立ち上がって、ボク達に振り向いた。


「……悪いが、勝利を喜ぶのは後だ。一旦俺の家に帰るぞ。そうしたら、確かコイツの“クイック・ロード”の残弾数が回復する筈だ」

「そうですねー。もう防御バフもとっくに切れてますし、魔力も無いので私も疲れましたー」

「もうここに用は無い。さっさと帰るのには賛成だ」


 ボク達も、カイトの言葉の異論はなかった。

 幸い、カイトの家の“ワープマーカー”の設置場所は、吹き飛ばした方と完全に反対側だ。


 おそらく、王国の軍隊が何があった!? と慌てているだろうけど……今はそっちの説明より、ソラ様が大事だ。


「ボクも大丈夫。それじゃあ、急いでカイトの家に──」


 そうして、ボクら全員、この部屋の入り口だった場所に向かおうと振り返ると──



「────貴様らアアアアァアアアアアアアッ!!!??」


『ッ?!!』


 ──炎の四天王が、背後の瓦礫の下から、飛び出して来た。

 嘘でしょ、生き残り!? 全部倒したと思ったのに!

 宝石の破片だけになっていて、隠れていた個体がいたのか!?


「しま──ッ」


 完全に、油断した。

 もう全員、戦える力は残っていない。


 マホが盾の魔法を、メタルマンが両腕をとっさに向けようとしたけど、二人とも魔力も武装も切れている。

 ボクも、あれだけの威力を放った反動で、腕が痺れていてとっさに振れない!!


 そうして、ボクに対して炎の四天王の、火の腕がその高熱を持ってボクを貫こうとして──


 ドンッ、とボクは誰かに押された。


「っ?! カイ──」


 ……彼の名前を言い切る前に。


 肉が、焼ける音がする。

 ドロっとした赤黒い液体が、地面に垂れる前に蒸発する。


「────ト、──?」

「ご、ぷ──ッ」


 炎だけで構成された腕が、“人肉”を貫通している。

 彼の口から吐き出した筈の血が、すぐに乾いて顎に張り付いている。


 ──カイトが、そのお腹を貫かれていた。


「カイ、と……カイトぉぉぉおおおぉぉおッ!!!??」

「お兄さん!?」

「カイト!? チイッ!!」


 ボク達の悲痛の声が辺りに響く。

 カイトが、モロに四天王の攻撃を喰らってしまった。

 お腹を背中まで貫通するほどのダメージだ。


「ぐえッ、グゥう……?!」


 ソラ様は、カイトがとっさに放り投げたせいで、地面に転がっていた。

 痛みが強いのか、起き上がれていない。

 ソラ様も、回復魔法を使い切ってしまっている!!


「きっさまああ!!? 邪魔を、よくも俺様の邪魔をおおおおお!!! 殺す、全員殺してやるううぅううぅう!!!


 それは、渾身の叫びだった。渾身の恨みだった。

 今までで一番の、憎しみを込めた最上の憤怒の声。

 もはや、炎の四天王に上位存在としての余裕は無く、ただただ全てを燃やし尽くす意思だけが感じられた。


 絶望だ。ここまで来たのに、カイトがやられた。

 もうこの場に回復手段は無い。

 このままでは、彼が死ぬ────


 ボクは、“セーブポイントがあるから、彼がやり直すだけ”と言う事も思い至らず、頭を真っ白にしていた。

 それほど、衝撃的だったのだ。


 急いで聖剣を構えなおし、炎の四天王にトドメを──



「──悪、い、な……」


 ──それは、喋れるはずの無い彼の。小さな声だった。

 お腹に文字通り穴が開き、常時焼き付けられているような状況で、悲鳴すら出せる程がない程の致命傷だった。

 ……それなのに、カイトは言葉を紡ぎ始めた。謝罪の言葉を。


 その事に、ボクは大いに動揺した。彼が罪悪感を感じてるという事に。

 その対象が、恐らくボク達に向けられたモノだというものに。

 悪いって、何が……君がここまでやってくれて、何が悪かったって言うんだ!!

 ボク達に向けられただろう言葉に、ボクは内心否定して──


「……いふ、リート、だったっけ……? 悪かった、な……」


 ────は?


 ……けれど。少しだけ、違った。

 謝ったのは……ボク達じゃ、無い?

 炎の四天王に、謝った?

 よく見たら、カイトが見つめているのは炎の四天王だった。

 それは、今まさに殺されようとしている事を恨むでも無く、憎むでも無く。

 ただ、ただ。憐れみのような目線を、炎の四天王に向けていたのだ。 


「は……はあ? 何を、言ってやがる……?」


 その事に、炎の四天王自身も大きく戸惑っていた。

 向けられた目線があまりにも予想外過ぎて、先ほどまでの渾身の怒りが一瞬途切れるほどだ。

カイトを貫きながらも、アイツは内心混乱の最中にあった。

 そんな彼に対して、カイトは言葉を続ける。


「お前にも、負けられない理由があったんだろう……何度も繰り返す俺達に対して、お前にとっては不条理だったろう……」

「何を……何を、言ってやがる!??」


 それを聞いて、ボク達はようやく理解し、驚いた。

 それは、炎の四天王に対しての同情だった。

 カイトは、彼は炎の四天王に何度も、何十回も殺されながらも、炎の四天王に対しても同情心を感じていたのだ。


「けど、悪いな────」



「──俺は、知り合い、優先なんだ」



 そう言って、カイトは苦しそうながらも……ニッと笑った。

 それは、彼がボクを助けた理由。

 自身が気に入らないから。身の回りのボク達を笑顔にさせたいから助けに来てくれた彼。


 ──その為に、ボク達以外の邪魔をした事を、謝ったのだ。


 何度も殺された、相手に対しても。


「じゃあ、な。炎の、四天王──」


 そう言って、カイトはポケットから何かを取り出して……地面に落とした。

 あたりに、白い粉状の何かが飛び散らかす!

 あれは、詠唱途中で一瞬だけ見えた、炎を消す玉!?


「ぐ、ぎゃあああァアアアアアアアッ??!!!」


 先ほどまでの怒りの声に負けないくらい、炎の四天王の苦しそうな悲鳴が響き渡る。

 そうして、炎の四天王の炎が消えて、カイトのお腹からも腕が消えた。

 残ったのは、小さな、本当に小さくなった宝石の欠片。


「じゃあ、な……!!」


 ボクが手を出す前に。カイトは、ボクが譲ったナイフで、宝石を斬り落とした。

 宝石は、さらに小さくなって、地面に落下し。


 禍々しい魔力を出そうとして震えて──力無く、宝石が消滅した。

 ……分裂の限界、だったんだろう。


「──あー……い、ってえ……」

「っ!? カイト!!」


 炎の四天王が消えて、カイトは力無く膝を地面に付いた。

 それを、ボクは急いで駆け寄って、彼が倒れないように支えた。


 血は──流れていない。ある意味当然だ、傷跡を直接焼きごてしてたようなものなのだから!!

 大穴の傷跡は焼きついて、それで血が流れるのを抑えてはいる。応急処置の必要は逆に無かった。

 けれど、どのみち酷い致命傷なのは変わらない!!


「カイト、死んじゃだめだ! カイト!!」

「わーってるよ……今俺が死んだら、最初からやり直しだもんな……ここまで来て、ぜってー死んでたまるか……」


 そうして、ボクはカイトをお姫様抱っこで抱え込んだ。

 勇者として鍛えて来た経験があるからか、彼くらいの体重なら楽勝だった。


 ソラさまは、メタルマンが米俵のように担いでいた。

 いや、持ち方……いや、今はそんな事どうでもいい!


「急いで戻ろう!! 早くソラさまの回復魔法の補充を!!」

「うん!!」

「おい、本当にもうあの炎の化け物はいないんだろうな!! まだ隠れていないよな!?」

「分からない!! 仮に隠れていたとしても、今はもう無視だ!!」


 そうして、ボク達は急いで“マーカー”に向かって駆けて行った。

 カイトの命を、救う為に。


 ここまで助けてくれた彼を、みすみす死なせてなるものか!

 ボクは、その一心で走って行った……


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