先ほどの大笑いからしばらく経ち、ようやく落ち着いたのかDr.ケミカはハアー……っと大きく息を吐いて、ようやく落ち着き始めていた。
「いやあー、愉快、愉快過ぎる話だねえ。これでこのセーブポイントは本物だと証明出来たわけだ。いやはや、人智を超えた凄い物体、まさに女神様の贈り物と言っても信じられる代物だ」
「それを確かめるために、目の前に筋肉モリモリのマッチョに躊躇なくなったお前もこっちとしては信じられないけどな」
「いやあ、アッハッハ! 驚かせちゃったかねえ!」
そう言って、おかしいようにケラケラと笑い出すDr.ケミカ。
こいつ、自分の体とは言えよく躊躇なくあんな事出来たな……
いわゆる、マッドサイエンティスト、ってやつか?
異世界人だからかもしれないけど、倫理観が微妙に薄そうだ。
俺はそう、こいつに対して警戒心を少し上げた。
「ところで、セーブポイントが本当だという事は、その世界が平穏だということも本当かい? それなら、是非みてみたいねえ。というわけで、外を歩き回せてくれないかい?」
「えー……?」
こんなマッドサイエンティストを、外に連れ出すー……?
正直、めっちゃ気が進まない。
「どうしても、ダメかい?」
「うーん……まあ、監視し続ければいいか……」
「それでいいよ。うん、ありがとうだねえ!」
「カイト、大丈夫かい? 彼女を連れ回して? ちょっと話を聞いただけだけど、彼女ちょっと、側から見ると色々おかしいというか……」
そう言って、ユウカが気遣うような意見を言ってくれた。
気持ちはありがたいけど、正直まあ、これくらいの変人程度の相手なら慣れて来た。
確かにまあ、有形に比べればちょっと方向性が違うおかしさだけど……まあ、対応できないわけじゃない。
「大丈夫だよ。それに、俺の予想が正しければ、世界の種類というか、発展具合的には俺とコイツの世界は大差ない、と思う。そう変な事はしない……と、思いたい。うん……」
「本当に大丈夫かい? あんな目の前で筋肉モリモリになるような女性が? ねえ?」
そんなユウカの言葉に、俺はそっと目を逸らす。
そう、俺の予想だと、コイツの世界はゾンビだらけの世界。
逆に言えば、ゾンビ物という事はそれ以外は現代社会に近い生活基盤があった筈だ。
という事は、元々の社会常識なら殆ど俺の世界と変わらない世界の住人と言える。
ソラにそれとなく確認すると、そうだよ、と俺の予想は大体合ってると裏付けも取れた。
だから大丈夫……だと思いたい、うん。
……ごめん正直自信無くなって来た、うん
いざとなったら、本気でユウカに取り押さえを頼もう。俺はそう思った。
「それじゃあ、念のため一応準備しておくかねえ……」
そう言って、カバンを取り出してゴソゴソと探り出すDr.ケミカ。
ん? 準備って何?
「おい、準備って何を……」
「いやはや、君たちの言葉を信用しないわけでは無いけれど、一応襲われた時用の準備をね。今のうちにカバンの中を整理を……よっと」
そう言って、ゴトリと取り出したのはなんらかの液体が入った試験管セットだった。
見るからに、さっきのと同様になんらかの薬なのだろう。
「おいおい、今度は何を取り出した?」
「“ドーピング剤”さ。身体能力強化など、自己治癒促進など、様々な効果持ちがある。街中で襲われた場合、これを飲んで対処するつもりだよ。もしかして、興味あるかい?」
「なるほど……バフの効果のある液体か。さっきの筋肉もそうだけど、魔法使いでも無いのに、そんな効果が持っているものを貴方は作れるんだね? 凄いなあ」
「アッハッハ! 魔法使いと来たか! まあ、発達した化学は魔法と区別が付かない、と言われることもあるからねえ! 勇者に褒めて頂けるとは光栄だねえ!」
まあ確かに。あんな一瞬で筋肉モリモリに変身するのは魔法みたいだったからなあ。
そうだ、と。そう言って、何かに気づいたのかDr.ケミカはカバンをさらにゴソゴソと漁って、とある試験管を取り出した。
その一つを、俺の目の前にコトリと置いた。あ、なんだよ?
「お裾分けさ。普通な君に、ユニークな特徴を与えてあげようと思ってね」
「余計なお世話だという前に、一応確認だけど、これなんの薬?」
「“顔面矯正”のお薬だねえ。これを飲めば、あっという間に“イケメンハンサム君”さ!! さあ、地味な君から一転、女の子にモテモテな男に大変身しようじゃ無いか!!」
「お返ししまーす」
そう言って俺は薬の入った試験管をスーッとDr.ケミカの目の前にスライドして戻す。
顔面矯正って、普通手術が必要なそれをそんな薬で簡単に変えられるのかよ、こわ!?
すると、ああ!? っとショックを受けたような悲鳴を上げられた。
「そんな!? いらないって言うのかい!? せっかく君の手助けになるようなお薬を上げたというのに!」
「余計なお世話でーす」
「うう、折角どんな風に変わるのか、理論じゃなくて実際に実物を見て見たかったのに……」
「おい今なんつった? まさか確かめてねーのか? 臨床実験まだの薬を勧めたのか? 人を実験台にしようとしてたわけじゃねーだろうなぁ!?」
聞き逃せない言葉が聞こえたような気がして、俺はつい追求する。
まさかモテるって謳い文句で、人を唆して実験台にしようとしてたのかコイツは!?
すると、Dr.ケミカはあっけらかんと。
「いやあ。異世界人にも私の薬が通用するかどうか確認したくてね? ほら、人体の構造とか一緒なのか一応確認したくて。……ふうむ、可能ならこの世界の人間で人体解剖などをしてみたいところなのだが……」
「絶対やめろよ、絶対やめろよ!? そこらの通りすがりの人間、攫って解剖とかするんじゃねーぞ!?」
「嫌だなあ、常識的に考えてそんなことするつもりはないじゃ無いか。……希望者がいるなら別だけど」
ボソッと放たれた言葉を聞き逃さす、俺は目の前の女の警戒心を跳ね上げた。
やっぱコイツ、生粋のマッドサイエンティストだ!? 思った以上だ!!
おい、こいつこの世界にいさせて本当に大丈夫か?!
俺は正直、Dr.ケミカに対しての扱いをどうすればいいかちょっと自信が無くなっていた……